魂の彩をみつめて

   第一章


  
 受け持ち患者のバイタルサイン測定を一通り回り、ナースステーションに戻ってくると中ではコールが鳴り響いていた。ステーションの中には戻ってきた私を除いて誰一人と居ない。
 コールの場所を確認すると、受け持ちではない患者の部屋からだった。本来ならば、担当の看護師が対応しなければならない。けれども忙しいのか子機の携帯端末から出る事がなく、コールはずっと鳴り響いていた。
 今、対応出来るのはどうやら私だけらしい。こういった場合は受け持ちという括りは関係ない。私はコールの機械に近づくと手動で止めた。こうする事で受け持ち看護師の子機のコールも止まり、誰かが対応したという事が分かるだろう。
 コールを止めるとその部屋へと急いで、けれども走らずに向かう。歩きながら考えを巡らせる。あの部屋の患者さんは確か――。
 コールがあった部屋は個室。辿り着くと部屋の入口の上にあるランプが赤く光っていた。この部屋の患者がコールを押したサインだ。表札の名前を確認すると、やはり来る途中で思い浮かべた患者のA氏だった。
 A氏は癖の強い患者だ。受け持ち看護師が意図的にコールに出なかったのではないかと思えてしまうくらいに。
 私は表札の上にあるボタンを押して光っているランプを消すと一度深呼吸を行う。そしてナース服に大きな皺が無いか、長い髪をきちんと整えて結んであるのか身だしなみを確認すると入室した。
 小さく、けれどもハッキリと聞こえるように失礼しますと言って中へと入ったが、中から返事が返ってこない。でもコールが押されたから中に居る事は確かだ。構わず中へと進んでいく。
 部屋の中は一般的にありふれた病院の個室。色は白色で統一されていて、中央にベッドがあり、他には簡素な箪笥とベッドサイドにはテレビの付いた床頭台が置かれている。
 A氏はベッドの上で病棟着……簡素なパジャマなようなものを着て腰まで掛布団を掛けた状態で座っていた。私が来たにも関わらずに窓の外ばかり眺めている。一向に振り向く気配がない。窓から見えている景色は良く、奥の方にある高層ビル群が佇んでいた。それらを見ているのだろうか。
 苦しんでいる様子もなくA氏は黙って座っていた。コールで看護師を呼ぶような状況ではない。
「どうなさいましたか?」
 私はなるべく、なるべく心の奥底に控えているものを出さないようにして訊ねた。この後、受け持ち患者の記録をしなければならない事、残っている処置、意地悪な先輩の事――。そういったもの全て表へと出さないようにした。正直に言うと私は業務に追われていて焦っていた。けれど今、私とA氏にとって何も関係のない事柄なのでそれらは表には出さない。
 声を掛けてもA氏は窓から視線を外してこちらを向こうとはしない。再度もう一度声を掛けようとした時、A氏が小さい声でぼそりと呟いた。
「別に……」
 それだけ言うとまた話さなくなり、そのまま沈黙がこの場を支配する事になる。気まずい雰囲気になってしまったが私は再度声掛けする事やその場を離れるのではなく、A氏が再び話し出すのを待つ事にした。このまま退室してはナースコールを押された理由も分からないし、私から話かけても先程と同じように返されるだけなのだ。この沈黙には意味がある。患者の気持ちの整理や話したい事をまとめる大切な時間。
 A氏が再び話を始めるのに、それ程時間を要さなかった。聞こえるかどうか分からないような小ささで呟いた。
「今の俺の気持ちなんて誰も分からないよ……」
 A氏は相変わらず、私の方を見ようとしないで、窓の外ばかり見ている。いや、もしかしたら窓の外の光景すら、認識していないのかも知れない。
 今のA氏の気持ち。それが何を示しているのか容易に想像出来た。A氏は末期癌で余命三カ月。その状況を悲観しているのだ。
 確かにその状況にならなければ心境なんて分からないだろう。A氏の悲しみの全てを分かるはずがない。
 けれども私は知っている。
 小さく微笑んだ。


 A氏は五十歳代男性。三十代で結婚して、二児の子供を授かる。友人にも恵まれ、また会社での活躍も順調だった。
 ただ一つだけ問題があった。それはお酒が大好きで若い頃から沢山の飲酒をしていたのである。時には我を忘れてしまい、大声を上げたり物に当たったりして酒癖が悪かった。
 しかし、それが世間に知られるような事が無かった。とてつもなく隠す事が上手だったのである。A氏は自分自身がどのくらいお酒を飲むと自我を失い暴れてしまうかを知っていた。だから、会社の同僚や友人と一緒に飲む時にはあまりお酒を入れないようにしていたのである。
 ただ、それで満足出来るはずもなく、帰りにスーパーやコンビニでお酒や発泡酒を買って、家で再度仕切り直す事が常になっていた。
 記憶を失って暴れるのは誰も見ていない自宅でのみ。A氏はお酒を飲まなければ人当たりが良く、気の少し小さいだけの人物であった。酒癖を隠す事によって誰にも迷惑かける事がなく生活してきたのである。
 A氏の凶暴性は自宅でなければ分からない。独身の時には飲んだ後に自宅で大声を出した所までは覚えていたが、その後記憶を失い翌日に我に返って住んでいる部屋中を見渡すと壁に穴が空いていたり、食器や椅子が壊れている事もあったのだという。その為、ボロボロの壁や家具を見られない様に自宅には友人を招いたりは絶対にしなかった。
 そんな風に上手く隠していたA氏だったが、結婚すると隠すことが出来なくなっていく。
 同棲中は上手く誤魔化していた。いやお酒を我慢していたというのが正しい。飲まなければ暴れるような事はない。だから同棲生活は順調に進み、そのまま結婚まで至る。
 しかし結婚して数年するとA氏は飲酒を再開させた。ストレスの捌け口が元々アルコールを摂取する他なく、飲まなくなった事で徐々に蓄積されていたのである。それが限界に達してしまったのであった。他のストレス発散方法も探したが、結局見つからなかった。
 妻が友人とディナーに行ったタイミングでお酒を買って自宅で飲んだのが再熱の原因だった。飲むのは一度きりのつもりであった。しかし、久しぶりに飲んだお酒は何処までも美味しく身体に染みた。どうして今まで飲まずにいられたのか分からないくらいだった。
 それから少しずつ飲酒するようになっていく。始めのうちは自制内で嗜む程度であった。しかし次第に会社や家庭でのストレスが多くなるにつれて制御が効かなくなり、お酒の量が徐々に多くなっていった。そしてとうとう悪い酒癖が出現し始めてしまう。丁度一人目の子どもが生まれる時だった。
 会社で上司に強く怒られ、非難されて帰ってきた時であった。家に帰っていつもよりも多いお酒を飲んだ所でA氏の記憶は途切れて翌日になっていた。朝起きると隣に居た妻はA氏に対して怯えていた様子だった。
 どうやら子どもの鳴き声が癇癪に触ったA氏は妻に対して大声で怒鳴ったのだという。そして三十分程度説教と文句が続き、その後糸が切れたようにベッドに横になって動かなくなったのだという。その事を妻の口から聞いた。
 A氏は衝撃を受ける。全くもって記憶にない事だったからである。
 即座にA氏は妻に謝罪を行い、もうお酒を飲まない事を誓った。妻はA氏の変容ぶりに驚き怯えたが、お酒が抜けて冷静になり謝罪を受けた事、お酒を飲まないと誓った事で昨晩の事を許してしまったのである。
 しかし断酒は数カ月と持たなかった。他にストレスの捌け口を持たないA氏にとって、お酒だけが救いだったのである。
 再開して始めは罪悪感からか隠れてお酒を飲んでいたが、次第に自宅のリビングでも堂々と飲むようになる。
 そしてとうとう妻に対して暴力を振るうようになったのであった。始めは軽いビンタであったが、次第に拳を作って強く叩くようになっていった。丁度、二人目の子どもが生まれた時であった。
 しかしA氏の家庭内暴力が外部に漏れることがなかった。妻が誰にも相談しなかったのである。誰かに言えばA氏は非難の対象となるだろう。そうなればストレスからどんどんと飲酒量が増えて、理性を失い暴力対象が妻から子どもへと移行する可能性を恐れたのである。
 もう一つの理由として妻に中にまだA氏の愛情が残っていた。この人には私が居なければ成り立たない。そんな風に思ったのだろうか、離婚という行動も起こさなかった。
 いわゆる共依存である。
 しかし、ストレスだけは避けられない。妻はやつれ、笑わないだけでなく泣く事もなくなって感情消失し、そして夫への情も時間の経過と共にだんだんと無くなっていった。二人の子どもも大きくなるにつれて両親の関係がおかしい事に気が付き、父親と話さなくなっていった。
 妻のやつれと子供が話さなくなっていく事に対してA氏はさらに苛立ちを募らせる事になる。自分の飲酒が原因な事は明白だったが、断ち切る事が出来なかった。結局、妻の擁護も虚しく苛立ちからストレスの増加で日々の飲酒量は増えていく事になる。
 外から見たら円満にも見える家族関係だったが、ヒビが入っていて、それは時間と共に大きくなっていて、何かきっかけがあれば崩壊してしまいそうな程脆くなっていたのである。
 そんな生活を何十年と続けたある日、A氏の胃癌が発覚する。子どもは成人して家を出ていて、妻のA氏へと情が底を尽きそうになった時だった。
 癌の発見は遅かった。A氏はずっと前から腹部に違和感を覚えていたが、自分が欠ける事によって仕事の進行の滞りが生じる責任の重さから病院へと行こうとしなかったのである。それが発見の遅れの要因となった。
 しかし、痛みは日を追うごとにだんだんと強くなっていき、職場で痛みに耐えきれなくなって倒れて、どうにも動けなくなり、病院へと搬送されたのである。
 様々な検査を受けて、出た診断は先程述べたように胃癌。すでにかなり進行していてリンパ管を通じて全身に癌が回っていて即座に入院治療が必要な状態であった。
 しかしA氏は入院を拒む。仕事途中で倒れた事で、行わなければならない業務が沢山あったので入院するにしても引き継ぎをきちんと行いたかった。それともう一つ、入院でアルコールが絶たれてしまうのも嫌だった。
 腹部以外に痛みはなく、全身に癌が回っているという実感がない。医師の言っている事は半分デタラメで入院費を稼ぎたいのだと思った。何も急いで入院する事はないだろうと。勿論大きな間違いであるし、この思考にはA氏の現実逃避も含まれていた。
 しかし、後からやってきた妻が強く希望した事でA氏は入院する事になる。家に居たところで痛みの緩和や治療を行えるわけではないし、仕事だって痛みが増加すれば出来なくなっていくだろう。現に仕事中に痛みで倒れたのだから、業務が行えるような身体ではない。余裕があるうちに治療に専念して欲しいというのが妻の願いだった。
 妻の強い要望と説得により、A氏はしぶしぶ了承し搬送されたその日に入院する事になる。
 入院すると、妻は毎日のように見舞いにやってきた。始めは誰が見ても仲の良い夫婦であったのだという。しかし治療が進むにつれて、A氏は本性を出し始めたのであった。
 全身に回った癌を治すには摘出手術は行えず、点滴で抗癌剤を使う他ない。抗癌剤を使用し始めて、まずA氏を襲ったのは全身の倦怠感と今までで経験した事のない吐き気であった。
 食べた物を全て吐き出してしまう、新しく食事を胃袋の中に入れられないだけでなく、全て吐いたはずなのにまだ胃が何かを吐き出そうとするのである。この吐き気が抗癌剤の点滴をしている最中にずっと起こった。
 見た目も変化していく。髪がものすごい勢いで抜けていき、最終的に全て抜けてしまう。事前に説明を受けていたが、これ程までに見た目が変わってしまう事にショックを隠せなかった。
 そのような治療に関する事が全てA氏を苦しめて、ストレスを蓄積させていった。そんなストレスの捌け口は妻へと集中してしまう。
 ある日、面会にやってきた妻に対して、いきなり頭ごなしに怒鳴り散らした。
「馬鹿野郎!こんな所に入れやがって!早く出せ!」
 始まった罵倒は一言二言では済まされず、次々に発せられる。怒鳴り声が病棟に響き渡り、職員が介入する程までの騒ぎとなってしまった。
 介入してもA氏の怒りは収まらずに、数人が駆けつける事態となり、職員に囲まれてA氏はやっと落ち着きを見せたのであった。その頃にはアルコールの離脱症状も同時に発症して気持ちの制御が行えなくなっていたのである。
 妻には一度帰って頂き、それ以降面会するのを控えてもらうも、思っていたよりもA氏が落ち着いていた為、控える期間をあまり設け無かった。
 その所為か、A氏は再度面会にやってきた妻へ対して一言目に「二度と来るな」と怒鳴りつけてしまう。それから本当に妻の面会は途絶えてしまった。
 二度と来るなと怒鳴ったのはきっと本心ではない。八つ当たりだ。けれどもそんな事は妻には分からない。
 それからA氏の面会者は本当に途絶えた。同僚や友人達が見舞いにやってくるような事もなく、二人いる子ども達も一度として見舞いには来ていない。唯一来院者の妻が来なくなってしまったので、A氏は孤独となった。
 妻は世間の目に触れてしまう病院での罵倒でとうとう愛想尽きたのか。それとも自宅で誰も怒鳴らない静けさで目が醒めたのか。どちらにせよ、最後の一言が二人の仲を破綻させる決定打となってしまったのだろう。
 誰も面会に来なくなって当初、A氏は強がっていたのだという。俺は孤独な生き物なのだと。自分に酔っていたらしい。一人で癌の治療に立ち向かっている。ドラマとしてはよくあるシナリオなのかもしれない。けれど、それは長くは続かなかった。
 二週間誰も面会に来なくなると、A氏は誰が見ても分かるくらいに萎れていった。
 そんな中、A氏にとっての最悪の出来事がやってきてしまう。結局全身に回った癌を治療することが出来ず、緩和ケアへと切り替わる告知を受けたのである。それと同時に余命六か月と告げられた。
 A氏はこれでより廃れ、荒れていった。この診断を受けてからナースコールで職員を呼び出す頻度が多くなり、担当の看護師がやってくると、怒鳴り散らすようになっていった。
「遅い!どうして早く来ないんだ!身体が痛いのは知っているだろう!」
 知ってはいるが、すぐに行けるものではない。他に重症者はいる。彼だけに構っているわけにはいかない。それにどうしても疼痛が我慢出来ない場合はモルヒネ注射が床頭台に用意されていた。痛い時の対処は看護師を呼ばなくても出来るのである。要するに八つ当たりしているだけだった。意味のない要件のないコールで、ただ罵倒をするために看護師を呼んだのである。
 家族がやってこない為、ターゲットが医療重視者に移行したのであった。A氏の職員に対する罵倒と大声出しは徐々に酷くなっていった。
 病院側としては、何も行えない。気が強い年配の看護師がA氏を注意する事があったが、結局は言い返さない職員へとターゲットが絞られるだけで何も変わりなく続いた。
 A氏の職員への対応は末期癌だとしても、目に余るものであった。何度かケースカンファレンスを行い繰り返して討論したものの、結局は患者に寄り添って、苦痛を軽減させることが第一の緩和ケアという考えで、大声を出しても困らない個室へと移動しただけであった。
 A氏にはなるべく刺激を与えないようにして興奮を抑える。それがこの病棟が出した結論であった。
 個室になった事によってA氏の我儘はエスカレートしていく。ナースコールが頻回に押されるようになり、やってきた職員を理由もなく怒鳴りつけるようになっていく。
 次第にA氏からのナースコールも無視されるようになっていく。本当はいけない事だが他の重症患者を看なければならないし、A氏の呼び出しは全て無駄なものであったので、無視しても仕方がないという雰囲気になってしまったのである。
 そんな日々が数週間続き、コールの頻度が少なくなる。すると、今度は職員が訪室しても外を見ていて何も要件を言わなくなったのである。
 結局は意味の無いナースコールが続いていた。
 職員は五分程度A氏の側に居るものの要件を尋ねても何も答えない為に分からず、結局は何もせずに退室する。そうすると一時間しないうちにナースコールが鳴る。その繰り返しだった。
 それが最近のA氏の近況であった。


「どうせ俺の気持ちなんて分からないだろう?」
 A氏は言葉を繰り返した。やはり彼が感じているのは寂しさなのだろう。それは分かっていた。
 私は学生の頃、看護の勉強を沢山してきた。いや、沢山の記録データを脳へと流し込んだというのが正しい。それは働く上での基本的データやベテランのコミュニケーション術や思考の仕方に加えて、患者のデータも沢山あった。
 軽い病気から重く死に至るような病気のデータまで。体験した事がそのまま記憶メモリに保存されていて、その記録を閲覧したのである。閲覧と言っても直接脳へその人の記憶を送って再生させる為、とても鮮明だ。再生している最中はまるでその人になってしまったかのような感覚になる。その間は私という存在は無くなり、再生しているその人自身となってしまう。そのくらい、記憶メモリの記録は現実味があった。
 癌の患者の記憶メモリは沢山ある。家族に見守りながら最後を迎えたもの。あるいは先ある未来を絶たれて、悔いが残った状態のもの。そしてA氏のように家族に見捨てられて一人きりとなって最後を迎えるものも沢山。
 だから私は知ってしまっているのだ。より鮮明に。自分の記憶だと区別がつかないくらいに。
 残酷な事だけれども、A氏の気持ちは分かってしまっていた。
「ええ、私には分かりません」
 けれども、私はこう返答した。似たようなケースを沢山知っているとはいえ、詳細部分では個々で違うだろうから、ここで分かると答える方が嘘だ。人生はひとそれぞれで同じな人なんていない。
 それにデータを脳内再生してきたから末期癌の心境は分かりますと答えたらどうなるだろうか。A氏はより傷付いてしまうか、返って刺激してしまい興奮させるだけだ。彼にとって良い事はない。今、必要なものは現実を知ってもらう事ではなく、落ち着かせる事である。
 だから私はA氏の言った亊を肯定したのである。しかし、肯定するだけでは何も変わらない。だから私は言葉を続けた。 
「けれど、あなたに寄り添うことは出来ます。あなたの話を聞くことが出来ます。だから話してください。心の奥底で思う亊を。辛いと思う亊を。聞かなければ、分りません」
 A氏は私の言葉にはっとしてようやく私の方を振り向いて顔を見た。表情は無表情に近いが今にも崩れてしまいそうである。でもこれでようやく言葉を交わす亊出来るのだろう。
 そうだ、今のA氏に足りないもの。それはきっと言葉を多く交わす事だ。
 私は断りを入れた後、備え付けられている椅子にゆっくり座りA氏へ向き合った。すると彼は思っている近況を私へと話し、家族へと罪悪感と寂しさを一方的に話して最後には声を小さくして泣き始めのであった。
 私はA氏が泣き終わるまで寄り添って、落ち着いたタイミングを見計らって一礼して退室した。その時に彼からお礼を言われてしまった。
 大した事は行っていない。私は彼の言葉に頷き、寄り添っていただけである。
 ナースステーションへと帰る途中、残っている業務の亊を考えた。ただでさえ業務量がギリギリだったのに話を聞いた為、私の残業が確定してしまった。私はこの後、大急ぎで残った仕事を片付けていかなければならない。私はA氏の事を少し恨んだ。
 ナースステーションに戻ると、A氏の担当看護師が居た為、先程の状況を伝えて電子端末に脳を接続して急いで記録をした後、通常業務へと戻った。残っている仕事を慌ただしく、先輩達に遅いと罵られながら残りの業務を行っていく。先程の彼とのやり取りは微塵も私の心には残っていない。
 なんと偽善的なのだろう。相手の気持ちも分かったと言いつつ、片隅では違う業務の亊を考える。先程もA氏の話を聞きながら別の事を考えていた。
 これが看護師という聖職なのだろうか。私は分からなくなってしまう。
 想像していたきらきらとした看護師の仕事とは裏腹に日々の多忙の業務に追われながら、先輩たちからの悪口に耐えて、同期同士で先輩達の陰口を言う。
 これが看護師という生き物なのだろうか。私だけではない。何処までも偽善で、患者を騙し、欺いているのだと思うと、詐欺師を名乗った方がしっくりくると考えてしまう。これが憧れていた看護師というものなのだろうか。
 なんて冷たい仕事だ。
 私はこの偽善的なものに耐えられなくなってしまい、入職して数か月でこの職場を辞めてしまったのであった。