NPC(ノンプレイヤーキャラクター)


 ファーストフード店を出て駅方面へとアーケードの下を進む。談笑しながら歩く学生たちの間を、スーツ姿のサラリーマンが足早にすり抜けていく。早くも店仕舞いをする和菓子屋。アーケード街の夜は、ショッピングモールよりも早い。それでも、ゲームセンターの中には、制服姿の高校生で溢れていた。

 ネイビーブルーのブレザーにダークグレーのパンツ。ブルーとホワイトの線がストライプを描くネクタイ。アーケード街でもチラチラと目に入った叡成高校の制服。近くで見てしまうと目の奥が暗くなる。確かに、この場所は叡成高校から近い。いくら県内有数の進学校とはいえ、息抜きにゲームセンターくらいは来てもおかしくはない。

 クレーンゲームの懸賞品をグルリと確認して帰ろうと思っていたが、少しだけ高揚していた気持ちもスッカリ萎えてしまった。
 「ふう」と小さく息を吐き出し、出口に向かって振り返ったときだった。

「陽斗か?」

 不意に名前を呼ばれ、ビクリと肩が跳ねる。

「陽斗」

 違う声が再び僕の名前を呼ぶ。
 その声が耳に届いた瞬間、自動ドアから外に飛び出した。

「おい、陽斗!!」

 呼び止める声を置き去りにし、全力でアーケード街を駆け抜ける。
 声の主を確認することはしない。
 1本目の角を左に曲がって薄暗い路地を走り、壁にぶつかりそうになりながら右折。
 そこにあった自動販売機の陰に隠れ、荒い呼吸のままその場にしゃがみ込んだ。
 心拍数が上がった心臓よりも、その奥が苦しくて胸を押さえた。


 僕は高校受験に失敗した。

 親友4人で叡成高校に進学しようと約束し、一緒の学習塾に通い、一緒に自習もした。模試の成績は、4人の中でいつも僕が一番良かった。しかし、内申点が規準を満たしていなかったため、学校推薦を得ることができなかった。そんな状況の僕を尻目に、真二と湊の2人は推薦してもらい見事に合格。中学3年生の秋には叡成高校への進学が決まった。

 でも、不思議と焦りはなかった。
 2人が合格できるのであれば、模試の得点が高い自分が落ちるとは思えなかった。当然、4月から叡成高校に進学するのだと信じて疑わなかった。必要ないとは思ったものの、一応滑り止めとして第一高校を受験。もう1人、颯真も同じように第一高校を受験した。

 ポケットに入れているスマートフォンがうるさい。
 無視しても、何度も何度も、繰り返し鳴り響く。卒業式の後と同じように、何度も何度も。
 もう、やめてくれ。もう僕には、何の価値もないのだから。
 ポットに手を突っ込み、電源ボタンを押し続ける。やがて、呼び出し音が止まり、自動販売機の電気音が聞こえ始めた。

 合格発表の日、掲示板を呆然と見詰めた。
 試験問題は難しいとは思わなかった。たぶん、8割は取れたと思う。時間的に十分に余裕はあったし、2度も見直しもした。それなのに、そこに僕の番号は無かった。目の前が真っ暗になり、足元がガラガラと崩れていく気がした。一緒に来てくれた真二と湊、そして自分の結果を確認しに来た颯真を置き去りにし、僕はその場を後にした。3人が何か声を掛けてくれていたが、もう何も耳に入らなかった。何をどうやって帰宅したのかは分からないが、自室に閉じ篭り部屋の隅にうずくまった。

 電池が切れるまで鳴り響いたスマートフォン。
 慰めの言葉を並べる家族が鬱陶しい。
 落ちるはずがなかった。
 落ちる要素はなかった。
 自分は悪くない。
 環境が悪かったんだ。
 1階から聞こえるテレビの音が集中力を削いだ。
 塾講師の教え方が下手だった。
 参考書が使い難かった。
 直前の予想問題が当たっていなかった。
 推薦をくれなかった担任が悪い。
 内申点の計算方法が悪い。
 運が悪かった。
 そう、自分は何も悪くない。
 本気でそう思い、信じ込むことで自分を肯定し、どうにか自我を保った。
 颯真も同じように落ちていた。一人ではないことに安堵し、どうにかプライドを維持した。

 でも、抵抗も虚しく、現実は僕の心に、深く、奥底に突き刺さる。
 受験生の上位30人の特別進学コースに颯真は選ばれ、僕はその下、進学コースだった。その事実を知った瞬間、僕の中で何かが壊れた。そして、心から溢れ出た血だまりの中でハッキリと自覚した。

 自分は落伍者だと。
 何の価値もない存在だと。
 いてもいなくても同じ。
 メインキャラクターではないのだと。
 存在を消し、感情を無くし、メインストーリーに関わらない。
 自分の役割は、メインキャラクターを彩るオブジェになること。
 そうだ、定型分を繰り返すNPCになろう。
 RPGに登場するその他大勢。
 どこにでもいるけど重要ではない。

 誰もが通り過ぎるだけの存在―――NPCに。