この退会手続きは、日向との幼馴染という関係を終わらせるという意味もあった。全ての罪を認め、情けない自分を認め、日向への謝罪と絶縁宣言。日向が前を向いたように、あの日の凛とした後姿を自分も見せられるように。
日向は大きく息を吸い込んで、そまま数秒停止した後、肺に留めていた空気を一気に吐き出す。その表情は怒っているというよりは、諦観の境地に達した聖者のように見えた。
「この前も言ったけど、中学生になった頃から価値観が変わったんだ。どうすればもっと可愛くなれるかとか、どうやったら注目されるかとか。そんなことばかり考えてきた。背伸びもしたし、校則違反とかも普通にした。新しいものを手に入れるために、古いものを捨てたりもした。自分のためにウソも吐いたし、友達を裏切ったことだってある。悪い子なんだよ」
あの夜に見せたような、自嘲的な笑みを浮かべる。
「あれは今思い出しても涙が出そうになるけど、きっかけにはなった。
ずっと、違和感があったんだよね。たぶん、ずっと自分がイヤだったんだ。見た目だけのカラッポの自分が。何もない自分がさ。ちょっと他人より可愛いだけで、最新のメイクを知っているだけで、空気を読んで明るく振舞っているだけで、中身は何もない。
あの日から考えていたんだ。確かに佐々木君が好きだったけど、みんなと同じで私もアクセサリーくらいにしか考えていなかったんだなって。人間のクズみたいな人だけど、私はあの人と同じだなって。自分自身をそう扱っているように、他人も外見だけで、一緒にいるとどんなメリットがあるかを考えていた」
オレより10センチ以上低い日向は、コチラを見ると必然的に上目遣いになる。
「中学生になったとき、自分が他人より可愛いことを自覚して、チヤホヤされるのが嬉しくて人気者になるように努力した。そのポジションを維持するために頑張った。その頃にね、ときどき聞かれていたんだ『北川って青崎の何?』って。
ぶっちゃけ、陽斗君って見た目は普通だよね。背が高いスポーツマンでもないし、イケメンってこともない。だから、他人のフリをして、幼馴染だということも隠して、意識的に距離を取ったんだよ」
疎遠になった真相を明かされ、さすがに愕然とする。それでも、納得もした。その心境が理解できた。中学生になりたてのときなど、他人の目が気になり、男女の付き合い方も考え始める時期だ。せっかく人気があるのに、たまたま近所だった幼馴染に足を引っ張られたくはなかったのだろう。
「でも、もうやめたの。
佐々木君を見て、今の自分がハッキリから見えたから。他人の目ばかり気にして、自分自身を磨くことをしてこなかった。もう、見た目だけに惑わされたりはしないようにする。これからは、自分の価値観をしっかり持って、目標を目指して頑張る。っても、何になりたいのかなんて、まだ分からないけど。
ただ、この前、小学生以来かな?一緒に登校しているとき、ずっと忘れていた陽斗君の姿を思い出して。正義の味方になるって、大声で叫んでいた陽斗君を思い出して。小学校の卒業式の日、帰りながら陽斗君が私に言ったことを思い出したんだ。
『正義の味方にどうやったらなれるか分からないけど、困っている人を助けられるように今できることを頑張る。とりあえず、まだ勉強しかできることがないから、誰かの役に立てるように勉強を頑張る』
って、言ったことを。だから、私もできることから頑張る。まずはカーストだとか意味不明なグループは解消して、一人に戻って、人間関係を最初からやり直すよ」
日向はオレがしたようにスマートフォンの画面を見せてくる。そして、自分が作ったルームを表示すると、後任のリーダーに真鍋を指名して退会処理をした。そして、スマートフォンをポケットに入れると、こちらに顔を向ける。
「私もヒドイことをしたし、陽斗君を許すよ。キレイさっぱり水に流してあげる。
でもね、私は陽斗君に実害を与えてはないよね?
それに、私はホントに悲しかったんだよ?
だから、一発だけ殴らせて。それで許すから。ね?
ほら、少し膝を曲げて、で、歯を食いしばって―――」
言われるまま膝を曲げると、次の瞬間、左の頬に激痛が走った。反動で仰け反り、手をついて倒れないように耐える。
「平手打ちじゃなく、ぐーパンチかよ」
「ふふん、まあ、これで許してあげる」
日向はそう言って右拳にフゥと息を吹き掛け、満面の笑みを見せた。



