NPC(ノンプレイヤーキャラクター)


 朝のルーティーンをこなし、毎日ほぼ同じ時刻に自宅を出る。この1年間で、一番ちょうど良い電車を選択することができるようになっていた。

「はあ」

 前方に目をやった僕は、反射的にため息を吐く。

 同じ学校の制服を着た女子生徒が前方を歩いていた。こんな遅い歩調では、いつも乗る電車に遅れてしまう。だからといって、その横を追い越していくのは本末転倒だ。「ちょうど良い電車」とは、始業ギリギリに到着するという意味ではなく、彼女に会うことがない電車という意味だ。

 仕方なく30メートル以上後ろをのんびり歩き、途中でいつも乗る電車を見送る。電車がホームに到着後、彼女が乗車する扉を確認し、隣の車輌に乗り込んだ。彼女は電車に乗った瞬間、数名の同じ制服に取り囲まれ笑顔を振りまく。もう僕には関係ない人ではあるが、それでも全く気にしないでいられるほど僕の心は死んでいない。僕は自身の役割を理解しただけで、無心になれているわけではない。

 15分ほどカタンカタンと走った電車が、3度目の減速を始める。すでに電車の中は、同じ高校の生徒でいっぱいになっている。この時間帯、この駅で降りる客は我が校の生徒比率が97パーセントだ。

 押し出されるように降車し、学生の波に飲み込まれて移動する。駅から学校に続く道に同じ制服が溢れている。特別進学コースが1クラスに進学コースが3クラス、普通科コースが5クラス。1学年300人程度、3学年いれば1000人ほどになる計算だ。その半数以上が電車通学ともなれば、同じ時間帯、同じ方向に500人前後が移動する。ゲンナリするが、それが好都合でもある。


 20分ほど歩き学校に到着すると、そこで生徒が左右に分かれていく。左側の本校舎には特別進学コースと進学コース。右側の第2校舎には普通科コースがある。左側にある本校舎に向かう。3階建ての本校舎の3階が特別進学コース、1、2階が進学コースになっている。

 2年生になって2階になった僕は、下駄箱で上靴に履き替え階段を上がる。自分の教室が目に入ったとき、かつて見慣れた後姿が階段を上がっていた。「ちょういい電車」の2つ目の理由に、逃げるように急いで教室に入った。

「おはよう」

 返ってくる声はないが、それでもNPCとしての仕事をこなす。

「おっはよ!!」

 僕の定型文を、すぐ後から明るい声が追い越していった。

「おはよう」
「おっす」
「おはよう、ねえ聞いてよ」

 やはり、メインキャラクターは違う。反応がある。数多くの返事がある。すぐにクラスメートの関心を集め、話題の中心になっていく。さすが2年3組カーストグループのひとつ、グループA中心人物のひとり、青崎 日向(あおさき ひなた)。
 小学生の頃まで毎日一緒に遊んでいた、近所に住む幼馴染。そして、同じ中学、高校に進学しても、僕の存在を無視するクラスメート。長い黒髪をオールシーズンポニーテールにした明るいキャラクター。パッチリとした大きな瞳を中心に整った顔つき。違うクラスだった1年生のときから、僕の耳にさえ名前が聞こえていた人気者。

 余談ではあるが、某48人のアイドルグループのような「グループA」というネーミングは、彼女の苗字からつけられていると聞いた。個人的には結構イタイ気がする。