NPC(ノンプレイヤーキャラクター)


「ちょっと、いいか?」

 放課後、クラスメートが教室を出て行く中、帰宅の準備をしている日向に声を掛けた。周囲にいたクラスメートに珍しいものを見る目で観察されたが、日向はごく自然に応じる。

「いいよ」

 日向を先導して廊下を歩く。この突き当たりにあるのは外に続く鉄の扉、その向こう側は非常階段の踊り場だ。チラリと振り向いて様子を窺うと、緊張した雰囲気で日向は少し目線を落としている。
 ギイと重い扉を押して外に出ると、初夏の風が吹き込んできた。目の前に校庭の新緑が広がり、遠くから生徒たちの喧騒が届く。そんな爽やかな光景からはほど遠い表情で、日向は階下を見下ろしてた。日向にとって、忘れることができない出来事だったに違いない。そんな日向を、オレはわざわざここに連れて来た。

 でも、いざ話し始めようとすると声が出ない。決意して来たはずなのに、口が開かない。最初の一言が喉に引っ掛かり、息ができない。それでも、あの場所を見詰めたまま動けなくなっている日向に、絶対に言わなければならない。震える足で踏ん張っている日向に、本当のことを話さなければならない。

「日向、オレには、どうしても伝えないといけないことがあるんだ」
 ようやく搾り出した声に力はなく、緊張した手は無意識にズボンを握っていた。

 そんなオレに、日向はイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「もしかして、告白?ごめんなさい!!」
「違うわ!!」
 大袈裟に頭を下げる日向に、オレもまたオーバーアクションで否定してみせる。

 ありがとう、緊張が解けたよ。
 たとえ幼馴染を失うことになろうと、後ろ指をさされようと、どうしても自分の口から伝えなければならない。
 ひとしきり笑ったあと居住まいを正す。真剣な様子を理解した日向も、オレに向き直った。


「オレはさ、存在感がないから誰からも注目されることがない。教室の端っこで息を潜めて、目立たないようにしている。だから、いてもいなくても、誰も気にしていない」

 何を話し始めたのか意味が分からず日向は、キョトンとした表情でコチラを見ている。

「だからオレは、日向のグループと加賀のグループ、両方のルームに参加している」

 その意味が分かったのか、日向の表情が一瞬にして驚愕に染まる。

「オレは佐々木がウソ告することを知っていた。
 オレは佐々木が日向を騙そうとしていること知っていた。
 オレは日向が傷付くことを知っていた。
 でも、オレは空気に徹してスルーした。
 関わりたくなくて、見ていないフリをした。
 だから、佐々木たちと何も変わりはしない。
 本当は、自覚していなかっただけで、日向がオレを無視するようになったことが気に入らなかったのかも知れない。
 いつかヒドイ目に遭えばいいと、そう思っていたのかも知れない。
 クラスの中心にいる日向に、気付かないうちに悪意を持っていたのかも知れない。
 自分可愛さに、日向を生贄として差し出した。
 自分の醜い部分を、自分勝手な屁理屈でごまかした。
 オレは、本当に卑怯者のクズだ。
 だから、正義の味方なんかにはなれない。
 悪の手先なんだ。

 ああ、勘違いしないで欲しい。
 許して欲しいわけじゃないんだ。ただ、もうこれ以上、薄暗い部分を引きずっていたくない。ああ、結局自分のためなのかな。だから、学校中にオレがやったことを公開して糾弾しても構わない。実際にそれだけのことをしたんだ。オレを恨んでも構わないし、ずっと許さないで欲しい」 

 一方的に告げ、オレはスマートフォンを取り出して画面を日向に向ける。画面上に表示されるグループAのルーム。日向の目の前で、ルームからの退会手続きを実行した。