その日の夜はなぜか寝苦しくて、頻繁に目が覚めた。本来であれば一度眠ってしまえば朝まで起きないはずなのに、「まだ1時過ぎか」「まだ2時半」「4時?」と、途切れ途切れの浅い睡眠だった。
それが原因だったのか、変な夢を見た。まだちびっ子の僕が、ジャングルジムのてっぺんに立って何かを叫んでいる。モノクロの世界はどこか曖昧で、それがどこなのか、架空の場所なのか分からない。いったい何を叫んでいるのか、それも分からない。ただ、右手に木の棒を持って天に掲げる姿は、ファンタジー世界の勇者誕生を想起させた。
いつも寝起きが良いはずぼ僕も、朝方まで寝付けなかったためか見事に寝過ごしてしまった。急いで支度をしても、いつも乗る電車には間に合いそうにない。それでも、遅刻する時間でもないため、嘆息して準備を進める。
いつもより20分遅い時刻に家を出て駅に向かう。自宅を出て5分ほど、駅前通りに出る直前に明るい声で挨拶が聞こえた。
「おはよう!!
って、え?ちょっと、何で無視するのよ!!」
バタバタと響く足音に振り向くと、そこには少しご立腹の日向が立っていた。もう記憶にないくらい昔から、この道で声を掛けられたことがなかったため、自分にされた挨拶だとは思いもしなかった。
「せっかく一緒になったんだし、一緒に行こうよ」
「いいのか?」
「え、何が?」
だって日向、オマエ、こんな冴えないヤツと並んで歩くとか、イメージダウンになるんじゃないのか?
という言葉は飲み込み、駅への道を一緒に歩く。電車に乗った後は違う車輌になるし、他の生徒に見られることはないけど。
日向は何だかご機嫌で、駅まで真っ直ぐに伸びた広い歩道を進む。
そう言えば、幼稚園の頃はこうして一緒に歩いたっけ。両端にお互いの母親がいて、挟まれる位置で手を繋いで毎日通った。
ちょうど道の反対側に幼稚園が見えたとき、日向が指を差して笑った。
「ほら、あのジャングルジム。
陽斗君が一番高いところで立ち上がって、園長先生に怒られてたヤツだよ。毎日毎日、何回怒られても登って、最終的にはジャングルジムに登ったらオヤツ抜きとか言われて、泣いちゃったよね。プププッ」
「それさ、そのとき、何か叫んでた?」
僕は震える声で、過去の自分を訊ねる。
「オレはみんなを助けるヒーローになる!!って言ってたよ。あの頃の陽斗君、かっこよかったなあ」
ああ、そうだ。そうだった。
僕はヒーローになりたかったんだ。
みんなを助けるヒーローになりたかった。
「イジめられている子がいたら、助けるために上級生ともケンカしたり。いつも負けて泣いていたけど。重い荷物を持っているお年寄りがいたら、手伝うって声を掛けたり。だいたい持ち上げられなかったけど。それでも、かっこよかったよ」
僕はなぜ忘れていたのだろう。
僕はいつ見失ってしまったのだろう。
いつの間にか駅に到着していて、日向に連れられて電車に乗り込んだ。
日向の友達が僕を見て、一様に驚いた表情を見せている。それはそうだ。これまで、僕と日向には何の接点もなかったのだから。その顔は許そう。そもそも、一緒の車輌に連れて来られた僕も、同じようにマヌケ顔をさらしいるだろうから。
「実は、私と陽斗君は幼馴染なんだ」と当たり前のように明かされ、名前呼びであったため一瞬にして受け入れられた。とはいえ、僕の立ち位置は変わらない。日向たちの集団の後ろを、少し離れて歩くだけだ。



