「え、やめる理由なんてないんじゃないのか?」
つい口をついて出た言葉に、桐島は首を振って否定する。
「自分の実力なんて知らず、自信満々に鮮烈なデビューを決めるつもりで意気揚々と出向いた先で、周囲とのレベル差を見せ付けられたお子様はさ、完全に心が折れたんだよね
何年も練習していたし、みんなが上手いって言ってくれていたから、「自分は天才だ」くらいに思ってた。だけど、現実は違った。自分では手が届かない演奏している人が大勢いて、それでも誰も聴いてくれなくて、この人たちでさえ大きい会場でライブできないのに、自分にできるはずがないって。何か、練習するのがアホらしくなって。やめちゃった」
それは、分かる気がした。
自分が評価していたよりも自分はずっとちっぽけで、自分が思っていたよりも世界はずっと広くて。世界の中で自分の位置が分かってしまったとき、もう何もする気が起きなくなる。自分の限界が見えて、自分がイヤになってしまう。
でも、それだとおかしくないか?
今、桐島はギターを弾いている。
毎日、アーケードの端っこで歌っている。
なぜ?
どうして?
また、ギターを抱えているんだ?
「やめて一週間もしないうちに、なんだかモヤモヤしてきた。ずっと弾いてきたギターを弾かなくなったことで、禁断症状でも出ているのかと思った。
でもね、違ったんだ。父に「ギターはやめたのか?」って聞かれたときに、不意に思い出した。あの日、父に連れて行かれたライブで聴いた音楽。それに、歌声に歓声を上げて、騒いで、泣いていた人たちのことを。私は、そうなりたかったんだって。私は、ひとの心を揺さぶる曲が歌いたかったんだってことに。だから、もう一度ギターを弾くことができた」
桐島は穏やかな表情で微笑むと、スカート巻き込むようにして膝を抱えた。そして、少し恥ずかしそうに、膝に顔を半分埋めて続ける。
「でも、そうは決めたものの、何をどうすればいいのか分からなかった。気持ちの整理ができていなかったの。ガムシャラに頑張っても、また同じことを繰り返してしまうのは目に見えていたし。
そんなとき、テレビを見ていたら、元短距離の選手が100メートル走についてコメントしていた。「理論上、人間は100メートルを9秒より速く走ることができません。だから、8秒台を狙ってもムダなんですよ」って、自己記録が10秒台の人が言い切っていた
言っていることは分かる。分かるけど、何か、どうしても納得できなかった。違うよね。それって絶対違う。8秒台でも走れるかも知れない。
でも、どんなにイヤだと思っても、自分を納得させるだけの理由が見付からなかった。ある意味、それは「駅前で路上ライブをしている人たちには、どんなに頑張っても勝てないからやめとけ」と言われているのと同じに思えた。確かにそうかも知れない。だけど、やっぱり何か違う。その違いをずっと考えた。考えて、考えて、ある瞬間、ごく当たり前のことに気付いたの。
そもそも、9秒で走ってもいないのに、いくら理論を重ねても仕方ないじゃない。
まだできることがあるんじゃないの?
シューズに改良の余地はないの?
今よりもスピードが出るフォームがあるかもよ?
ユニォームにもっと空気抵抗を減らせる素材が絶対にあるよ。
まだやれることはたくさんある。
それを全部やったあとで、ムリだって言えばいい。
私も同じだ。
まだまだ練習不足だ。
まだ技術的に拙くてミスもする。
使えないコードだってある。
歌だって、まだ練習不足で高音が伸びない。
場慣れしていないから緊張もする。
オリジナルも作りたい。
自分の思いを伝えたい。
確かに、私には限界があるのだろう。
駅前で演奏している人たちには届かないかも知れない。
それなら、それを認める。
どんなにツラくても、今の自分を受け止める。
もし自分に限界があるなら、そこまでたどり着いて、またそのときに悩めばいい。
また、泣けばいい。
まだ限界にも到達していないのに、限界を嘆いても意味がない。
今の実力を認めて、まず限界まで行ってみよう。
ってね、そう気付いたんだよ。
だから、今、私は路上でライブをしてる。まだ、駅前には行けてはいないけど、まだまだ私は、自分の限界に届いていない」
そこまで話して満足したのか、桐島は大きく息を吐き出して再び水筒を呷った。
僕は焦点が合わない目で、桐島の水筒を見詰める。桐島の話は十分すぎるほど納得できて、逆にモヤモヤが積み重なっていく。
浅いため息が漏れてしまったことを、僕は自分で気付かなかった。



