立ち読みをしている学生が少なくなってきたことに気付き、ポケットからスマートフォンを取り出す。画面を確認すると、ちょうど19時になったところだった。そろそろ行かなければならない。
自動ドアを通り抜け、アーケード街を駅方面へと向かう。ガラガラという金属音が通りに響く。店仕舞いが早い店舗は、すでにシャッターを下ろし始めているようだ。
アーケード街は昼間の顔から、黄昏時の様相へと徐々に変化していく。
こうして通うようになって分かったが、通行人が減る時間帯からアーケード街は違う表情を見せる。歩きながら周囲を見渡すと、お互いに影響がない距離を開け、ところどころにギターを抱えた人が座っている。まるで、ミュージックフェスタの会場のようだ。もう少しすると、それぞれの場所からギターの音が流れ、個性的な歌声が聞こえ始める。
アーケードの端までたどり着くと、制服のままの桐島も準備を始めていた。僕はつものように反対側のシャッターにもたれかかり、まだ調整中の旋律を耳にしつつ周囲を見渡した。
多くなったな、と思う。ほんの少し前まで、桐島の歌を待っているは僕くらいだった。それが、今ではいつもの顔ぶれを含め、3、4人は待っている。少ないと思うかも知れないが、素人の、ただの女子高生の歌を、リアルで、日が暮れたアーケード街で待っているとか、ちょっと考えられない。
春先からは随分と長くなった夕暮れの中、桐島の路上ライブが始まった。
見ている人がいると、自然に足を止める人か増える。立ち止まっている人がいると、さらに人が増えていく。固定のファンができると、徐々にその輪は広がっていく。当然、本人の実力がなければ連鎖しないが、桐島には十分な魅力が備わっている。
熱量が感じられる演奏は、無性に感情を揺さぶる。
思いが込められた歌声は、心の奥底を震えさせる。
熱唱する桐島の姿を見ていると、少しずつ視線が落ちていく。
他人の成長してく過程を見せ付けられると、自分が小さな子どもに思えてくる。
1時間の演奏が終わったとき、周囲から拍手が起きた。まばらな音ではなく、紛れもない喝采だった。
ギターを片付け始める桐島に、数人の聴衆が声を掛けている。中には、開いたままのギターケースにお札を落とした人もいた。それくらいに、今日の演奏はいつも以上に熱が入っていた。それは、いつの間にか足が動いていた僕の行動でも分かるだろう。
「お疲れ、スゴイ良かったよ」と、気付けば声を掛けていた。
あ、いったい僕は何をしているんだ!?
一瞬にして頭が冷え、我に返った。
クラスメートとはいえ、認知されているかどうかさえ怪しい相手に、校外でいきなり声を掛けるなんて。下手すれば不審者扱いされかねない。それに、隠れて歌を聴いていたとか思われると、キモイヤツ認定間違いない。
「うん、北川君、いつもありがと」
気付いてらっしゃったらしい。しかも名前まで。
とはいえ、毎日同じ学校の制服を着たヤツが、視界に入る位置にいれば気付きもするだろう。ただ、僕を見てクラスメートだと、さらに名前まで覚えていたことに驚いた。どちらのルームにも入っていないし、同じように周囲に関心がないのかと思っていた。
「えっと、いつもより凄かったよ」
動揺しながらも、次の言葉を紡ぐ。すると、桐島は意外なことを口にした。
「うん、今日、学校でイヤなことがあったし、ちょっと感情的になってしまったから、かも」
今日起きた学校での「イヤなこと」、で思い浮かぶのはウソ告のことだ。でも正直なところ、桐島がそのことを気にしているとは思ってもいなかった。学校で起きていることには無頓着で、全く関心が無いものだと思い込んでいた。
顔に考えていることが出ていたのか、桐島が少しムッとした表情で続ける。
「クラスメートのことだし、私も女の子だから気になるよ。私は、本当にあのとき初めて知ったし、もし、知ってたとしても、何もできなかったかも知れない。それでも、あんなの許せることじゃない」
「本当にあのとき知った」、か。
その言葉にズキリと胸が痛む。
でも、僕はメインキャラクターではないから、イベントには参加しないんだ。
だから悪くない。
僕は、決して悪くない。
僕の存在など、誰も気にしていない。
「でも、北川君は知ってたんじゃない?」
僕は反射的に顔を上げ、正面から桐島の目を見詰めた。頭の中に響くほど鼓動が大きくなり、心拍数が跳ね上がる。桐島は、僕が2つのルームに参加していることを知っている。
言葉に窮していると、桐島が視線を逸らした。
「別に、責めているわけじゃないよ。私だって、知っていても何もできなかったかも知れないし」
いや、違うんだ。
僕は、「できなかった」わけではなくて、「しなかった」んだよ。
「僕は、僕は悪くない」
思わず口をついた言い訳の言葉。
桐島が受け止めて返してきた。
「うん、悪くないと思うよ。
でも、もし、知っていて何もしなかったとしたら、卑怯者のクズ、だとは思う」



