月曜日の4時間目が終わると、加賀と住吉が席を立ち教室を出て行った。学生食堂を利用することも多いため、二人が昼休憩にいなくなることは珍しくない。でも、この日は一人二人と徐々に人が減り、いつの間にか半数ほどのクラスメートがいなくなった。弁当箱のフタを開けているクラスメートたちに、この状況を気にした素振りはない。
佐々木が青崎に声を掛ける姿を確認し、僕もスルリと廊下に滑り出た。観客席である外付けの非常階段には、加賀たちが陣取っているはずだ。そこに行く訳にはいかない。そもそも、僕が見に行く必要さえない。とはいえ、やはり結果は気になってしまう。そこで悲劇が開幕することを知ってしまっているのだから。
青崎と佐々木よりも早く中央階段を駆け下り、非常階段の下が見える場所に移動して身を隠す。当然、2階の踊り場からは見えない位置だ。
身じろぎもせず息を潜めていると、校舎から出て来る二人の姿が見えた。いつもと同じように佐々木が先導し、その後ろを青崎がついてくる。青崎がぶら下げている2つの弁当袋を目にした瞬間、無意識に拳を握り締めていた。
非常階段からよく見えるステージ中央で、佐々木が立ち止まる。先を歩いていた佐々木が止まったため、同じように青崎の足も止めた。一瞬だけ非常階段を見上げた佐々木。笑みを浮かべた佐々木が振り返ると、青崎はやわらかい笑みを見せる。次の瞬間、わざとらしく左右に首を振った佐々木が、悪役専用の決めゼリフを吐いた。
「ああ、もう、ホントにもう限界」
「え?」とつぶやいた青崎の表情が驚愕に染まる。
「あれ、ウソ告だったんだよ。
オレがオマエなんか好きなわけないじゃん。
ただのイベントだよ、イベント。
最近面白いこともなかったし、教室の中も退屈だったろ。
え?
あれ?
信じてた?
もしかして、オレのこと好きだったりする?
ああ、でもゴメン。
オマエみたいな良い子ぶってる女って一番嫌いなんだよな。
でもまあ、短い時間だったけど夢が見れたろ?
良かったじゃん。
もうオレはウンザリだけどね。
だってさ、オマエ、キスしかさせてくれねえし」
佐々木の悪意ある言葉に、俯いた青崎の肩が小刻みに震えている。
僕は傍観者であるはずなのに、視界が真っ赤に染まる。
青崎の足元の乾いた地面に、ポツポツと黒い点ができていく。
その光景を目にし、思わず飛び出しそうになる。
でも、飛び出さない。飛び出して行けない。
そして、歓声の代わりに大勢の笑い声が響き渡った。
拍手の代わりにシャッター音が鳴った。
見上げると2階の非常階段の踊り場に、10人以上の生徒がひしめいていた。加賀がスマートフォンを向け、動画の撮影をしている。その横で岸田が何度もシャッター音を響かせる。その他大勢は、ゲラゲラと大笑いしながら青崎を指差す。
ずっと動かなかった青崎が顔を上げる。そして、全員を見渡して真っ赤な目のまま笑った。
「どっきり、大成功だね」
その笑顔を目にした瞬間、その場にいた全員が息を飲んで静まり返った。
青崎はもう佐々木を見ることもなく、そまま校舎の方へと走り去る。その後ろ姿を見送った僕の手のひらには、深い爪の後が残っていた。



