「ごめん、友達でいてほしい。」
初めて本気で好きになった人に振られた。
正直、振られると思っていなかった。誰から見ても、私達はお似合いだ、告ればいけると言われていたから。自分でも付き合えると思っている部分があったから告白した。でも振られた。
「そっか...わかった!」
そう元気に返事したものの、それ以外にどうすればいいのか。
泣く?いやでもそうしたら優しい彼の事だから、振ってしまった事に罪悪感を抱くだろう。振る方もかなり辛いはずだからそれ以上、辛い思いをしてほしくなかった。それにもう関わるなと言われなかっただけいいと思う。
これは私が本気で恋した一ヶ月間の物語。
「初めまして。今村(いまむら)奏斗(かなと)です。今日から入るバイトなんですけど、どこに行けばいいですか?」
その人...想い人との出会いは私が働いている時にそう尋ねてきたのがきっかけだった。
「初めまして!私は佐藤(さとう)涼花(すずか)です。とりあえず、店長が来るまでここ座って待っててください。これから立ち仕事で足が痛くなると思うんで、今の内にしっかり休んでで下さい!」
想い人...今村さんをお店の裏に通し、折りたたみ椅子を開いて指差した。
「あ、ありがとうございます。お忙しいのに申し訳ないです。」
「全然!それじゃあ、また後で!」
「はい、ありがとうございます。」
真面目で礼儀正しい方だなぁ。ガサツで適当な私とは大違い。ああいう人がこの仕事に向いているのだろうな。
私が働いているのはカフェだ。私の中ではカフェは静かで落ち着いているイメージだったが、実際はそうでもない。
次々にお客さんは入ってくるし、長居する人が多いから循環率が悪い。年齢層も高いからメニューの理解をしてもらえない事も多々ある。
カフェで働くのがこんなに大変だとは思っていなかった。大変だと知っていたら時給が高くて仕事内容がこことそんなに変わらないバイトを辞めてまでここで働こうとは思わなかった。やはり次が決まってもすぐ辞めず、最初の内はダブルワークをしといた方がいいなと学べたから、良しとしよう。
「あ、店長、今日からのバイトの方が来たので裏に通してます。」
「今行く!ホールお願いしてもいい?」
「いいですよ!任せてください。」
「ありがとう!すぐ終わらせてくるから頑張ってて!」
「全然大丈夫なんで、ゆっくり教えてあげて下さい!」
店長を見送り、ホールを見渡す。そこそこお客さんも入っているし、ウェイティングも居る。今日はシフトのメンバーが少ないから、店長が戻って来るまでは私一人でホールをまわす事になる。前に居た所でも似たような事があったからお店はまわせるだろうが、私のメンタルがもつかはわからない。
「いらっしゃいませー、こちらのお席どうぞー」
「はーい、お伺いします!」
「お待たせしましたー、ブレンドコーヒーです!」
待っているお客さんを席に案内して、オーダーを取って、料理が出たら運んで。それを一人でやっていると泣きたくなってきた。そろそろ自分自身の限界が近い合図だ。
「佐藤さんお待たせ!ありがとね!前は俺がまわすから、今村さんに仕事の入り方教えてあげて。」
半分泣きながら仕事をしていると、店長が戻って来てホールを代わってくれた。私の心が死ぬ前に代わってくれてほっとした。
「今村さん、店長にどこまで教えてもらいましたか?」
裏に居る今村さんに声を掛けた。
「えっと、制服の着替え方だけです。」
「おっけー。ならカードキー貰いに行く所からだね。...店長ー、教えてきますねー」
「はいよー、よろしく!」
「今村さん、行きましょう。こっちです。」
今村さんを連れて従業員専用の扉を開けて中に入り、エレベーターで一階まで下がった。
その間なにも話題を提供する事がなくて申し訳なかった。私にもっとコミ力があれば、相手にもこんな気まずい思いさせなかっただろなと心の中で相手に謝っといた。
「毎回、ここでカードキーを貰って、ロッカーで着替えてからバイト先に来てください。ここでカードキーを貰わないとさっきの扉の出入りが出来ないので。」
「わかりました。」
一階につき、自分が教わった通り今村さんにも教えた。こうやって人の言葉は繋がれていくのだなと思いながら。
「貰い方は簡単で、あそこの窓口に居る人に声掛けるだけです。行ってみましょう。あの、すみません。」
「はーい、こんにちはー」
窓口に居たのは優しいおじさんだった。どの人も基本優しいのだが、この人は特別優しい。
「カードキー貰いに来ました。あ、私ではなく、彼の方です。」
「はいはい、この番号でお願いしまーす」
優しいおじさんは男性用のカードキーを出して、こちらに見せてくれた。
「えっと...どうすれば...」
「この紙に書いてある通りに書けば大丈夫。」
「なるほど...!」
今村さんが紙に書き込んでいる姿を覗き込んでみた。男子中学生みたいな字を書く人だなとかなり失礼な事を思った。
「書きました。」
「はーい、大丈夫でーす。行ってらっしゃい!」
「はい!行ってきます!」
今村さんは元気に挨拶し、カードキーを受け取ると私に頭を下げた。
「お忙しいのに教えて下さりありがとうございます。助かりました。」
「全然いいんですよ!?」
頭を下げられる程の事なんてしていない。ただ店長に頼まれて教えているだけなのだから。その時間、ホールに出ていなくても無条件で怒られないのだから最高だとも思っていた。
「どんな事でも、みんな最初は誰かに教えてもらわないと出来ないじゃないですか。だから全然気にしないで下さいね。」
でもそんな事を言えないから。それらしき言葉を並べといた。心で思っている事でもある。
「わかりました...ありがとうございます。」
今村さんは緊張しながらも笑顔を見せてくれた。この人、見た目も幼いけど笑うともっと幼く感じる。実年齢はいくつぐらいなのだろうか。
「なら次は、カフェに戻って打刻の打ち方からやりましょう!」
「はい、よろしくお願いします!」
エレベーターでまた上まで上がり、四階で降りた。一階から上がる時は五階の自分のロッカーに行く時が多いから、間違えなかった自分は偉いと思う。
「あ、佐藤さんおかえり!ちょっとホール手伝って欲しいかも...」
カフェに戻ると、店長が少し焦りながら声を掛けてきた。席は満席で、ウェイティングも居る。これを一人でまわすのはきつかっただろう。
正直、料理を作る人やドリンクを作る人が手が空いたらホールを手伝えよとは思うが。
「はーい!今村さん、打刻の仕方は後で教えるからホール手伝ってもらってもいい?」
今村さんを放置する訳にもいかない。確か前のバイトも飲食店だと店長から聞いた気がする。だから片付けぐらいなら出来るだろう。
「わかりました。なにすればいいですか?」
「とりあえずお客さんが居ない席の上にある空のお皿を下げて、裏に持って行ってくれればいいよ。」
「了解です!」
「ありがとう!トレーと布巾はこれ使って。トレーの持ち方はこう。」
早く教えなければいけないと焦り、敬語を使わず話してしまった。でも私と歳、一つぐらいしか変わらないだろうからいっか。
「ありがとうございます!もしわからない事あったら聞きますね。」
「うん!そうしてー」
私も入ったばかりの時はあんなたどたどしい感じだったのかな。お世辞にも飲食店をやっていたようには見えない。
今村さんの背中を眺めながら、そんな失礼な事を考えた。
「佐藤さん、今ホール落ち着いてるから今村さんに打刻の仕方教えてあげて。そのまま佐藤さんは休憩入っちゃっていいよ。」
「はーい。今村さん、おいで。」
「あ、はい」
先程今村さんを座らせた所に行き、パソコンを起動させた。
「従業員番号ってわかりますか?」
「いや、聞いてないです。」
「あれま。どっかに書いてないかな。」
パソコンの近くに乱雑に置かれている書類の山を漁ったが、それらしき物は見当たらない。人に教えてと言うならそういうのも用意しといてほしい。もしくは口頭で伝えるとか。
「あの、佐藤さんってここで働いて長いんですか?」
パソコンで従業員番号が記載されていそうな所をクリックしまくっていると、今村さんに聞かれた。
「いや、全然?先月入ったばかりです。」
パソコンから目を離さず答えたが、見なくても反応はわかる。
「え、そうなんですか!?結構長い人だと思ってました...」
その言葉を私はよく言われる。飲食店経験があるからか入って二回目でハンディの使い方を教えられたし、レジは三回目で教えられた。私の前に早瀬結華さんという、一つ年下の可愛らしい子が入った時も早く教えられたと話しているのを聞いた事がある。その子はお友達の紹介で入って、やはり私みたいに飲食店経験があるから早く教えられたみたいだ。
「よく言われます...」
「俺も佐藤さんみたいにバリバリ働けるように頑張りますね!」
「私なんか参考にしない方がいいよ。仕事雑だし適当だから。...あった!」
見つからなくてイライラし始めた頃、従業員全員の番号が記載されているアプリを見つけた。そこに今村さんの番号もしっかりあった。
「はぁ、疲れた...」
「お疲れ様です。俺の事で申し訳ないです...」
「今村さんが悪い訳じゃないからいいんだよ。この番号、メモしてくれる?」
「はい、しました。」
「おっけー。そしたらこのパソコンで勤怠打つアプリがあるから探して、そこ開いて出勤...って、時間過ぎてんじゃん。」
出勤時間の二時間も過ぎている。先に打刻の仕方から教えれば良かった。
「ごめんね、時間過ぎてるから出勤時間は紙で書いてもらって、退勤は打とっか。今日何時まで?」
「今日は十七時までです。」
「あ、私と上がり一緒だ。良かった。」
「じゃあまたその時はよろしくお願いします。」
「おっけー。ならホールに戻って、その旨を店長に伝えといてほしい。」
「わかりました。佐藤さんは...」
「私休憩なんだよね。その間、店長に教えてもらってください。」
「あ、そうなんですね。ごゆっくりしてください。」
「うん、ありがとう!」
今村さんを見送り、休憩の勤怠を打って机に突っ伏した。疲れた。早く帰って寝たい。
ピロン。
休憩が終わるまで寝ようかなと思った矢先。メッセージを知らせる通知がきた。彼氏からかもと思い起き上がってすぐスマホを見たが、どうでもいい通知だったので再び机に突っ伏した。
「くるわけないよね...別れたんだから。」
そう、私はつい先日彼氏に振られたのだ。振られたと言っても、嫌いになったからという理由ではない。相手が親に高校を卒業するまでスマホを預けなければいけなくなって、連絡が取り合えなくなるから別れようと言われただけだ。ちなみに彼氏だった人の年齢は高校二年生だ。
自分で言葉にしてみたが泣きたくなってくる。別に連絡が取り合えなくても付き合っていたかった。けれどそれを言ったら重い女に思われてしまうから。我慢して別れを受け入れた。
「あー、彼氏ほしい...」
それが元彼と別れてからの私の口癖になっていた。
別れてすぐその言葉が出てくるって事は、元彼に対してそこまで愛情があった訳ではないのだなと、自分の冷たい心に幻滅した。
自慢ではないが、学生時代...中学、高校と彼氏が居なかった事がない。だから人と付き合っていない今が変に感じてしまう。
「誰か付き合ってくれる人居ないかなぁ...」
ぽつりと零した言葉は一人きりの休憩室に響いた。なんだかそれがとても悲しかった。
「お先に失礼します、お疲れ様です。」
上がりの時間になり店長に声を掛けると、今日一の笑顔を見せた。
「お疲れ様!今日は色々ありがとね。」
「いえ全然!むしろ一人の時、お店を全然まわせなくて申し訳ないです...」
「そんな事ないよ。一人でまわしてくれてた時間の売上、かなりいいよ。」
「ほんとですか?それは良かったです!」
多分だが、私が一人の時にお会計の人が多かったから売上が良かったのだと思う。けれど褒められていい気分のまま帰りたいから言わなかった。
「今村さんも上がりですよね?一緒に上がっちゃいます。勤怠の打ち方教えたいんで。」
「おっけい!今村さーん、上がりなー」
「あ、はーい」
ちょうど空になったお皿を持ってきた今村さんに、店長が声を掛けた。そのお皿の持ち方が少し危ないなと思った。
トレーと手を上手く使ってお皿を持ってくるのはいい事だが、トレーにカップやらお冷のグラスやらを乗せすぎて真っ直ぐ持てず、斜めになっている。
「今村さん、それ持ちすぎ。そういう持ち方はもう少し慣れてからの方がいいと思う。」
裏に入って行った今村さんに言いに行ってしまった。
今村さんは本当に飲食店経験者なの?と思ってしまうほど仕事がオドオドしているし、ぎこちない。そんな人があんなに沢山お皿を持っていたら絶対割る。カフェで使っているお皿は馬鹿みたいに高いから割ったら本部の人に小言を言われる。みんなそれを避けたいから、沢山持たないようにしている。
「早く片付けた方がいいかなって思って持っちゃってました。次から気を付けますね。ご指導ありがとうございます!」
普通、自分と大して歴が変わらない人に指導されるなんて嫌だろう。けれど今村さんは嫌な顔せず、なんならお礼まで言ってきた。
一瞬、指摘された嫌味か?と思ったが、キラキラした表情で言われてそれはないだろうなと思い直すと同時に、大して仕事も出来ないくせに指摘してしまった自分を恥ずかしく思った。
「入った年月そんなに変わらないのに指摘しちゃってごめんね!じゃあ終わったらパソコンの所来てね!」
早口で捲し立て、相手の返答など聞かず自分はその場から逃げた。間違った事を言ったとは思っていないし後悔もしていないのだが、あんなキラキラした目で見られると自分の汚い心が浮き彫りにされる気がして逃げた。
「あー、疲れた。」
パソコンで自分の勤怠を打ち、休憩時間同様机に突っ伏した。私もまだ入って日が浅いのに、もう後輩が出来てしまった。後輩の見本になるようにこれから頑張っていかないと。今までみたいに誰も見てないからいいやと、いい加減な仕事はしないようにしよう。
「やっぱり彼氏ほしい...」
「佐藤さん、彼氏居ないんですか?」
「うわぁ!」
今村さんに声を掛けられて、冗談抜きで飛び跳ねた。
「そんなに驚きます?」
「驚くでしょ、普通。」
誰も居ないだろうと呟いた事に返事が返ってきたら、誰でも驚く。
「今度から静かに来ないで。もっと音立てて来て。」
「今も結構音立ててきましたよ。佐藤さんが気付かなかっただけです。」
「じゃあ私が気付くような音で来て。本気でびっくりしたんだから。」
「それは置いといて、佐藤さん彼氏居ないんですか?」
置いとかないでほしい。次は絶対心臓が止まる。
「居ませんけど?この間別れようって言われましたけどなにか文句あります?」
「なんで別れようって言われちゃったんですか?」
「その前にまず君は勤怠を打ちましょう。さっきの番号出して。」
「出してます。」
「それをこのパソコンの勤怠アプリで打って、退勤の所を押す。出勤なら出勤を押す、休憩なら休憩を押す。」
「わかりました、ありがとうございます!」
「よし、帰ろっか。今村さんは帰りなにで帰るの?」
「電車です。」
聞くと、私と同じ電車だった。私は三つ先の駅で、今村さんは五つ先の駅みたいだ。
「じゃあ、今までも一緒に乗ってたかもね。」
「そうですね。」
「てか今村さんっていくつなんですか?私と変わらなさそうだけど。」
「二十三です。」
「え!?私より全然年上じゃん!タメ口を聞いてしまい申し訳こざいませんでした...」
二十三という事は、私より四つも年上という事だ。この見た目で本当に二十三なの?と思ってしまったが、言わないでおいた。気にしてるかもしれないし。
「いいよ、タメ口で。バイトでは俺の方が年下なんだし。」
「大して変わんないじゃん。でもタメ口ではいこうかな。楽だし。」
「俺としてもその方がいいかも。てか佐藤さんはいくつなの?」
今村さんが聞いてきたタイミングで、上に行くエレベーターが来た。上に行くのは私だ。
「じゃあ、着替え終わったら下で待ってるね。」
「わかった、また後でね。」
手を小さく振ると、恥ずかしがりながらも振り返してくれた。初々しいなあ。彼女とか居た事あるのかな。
「お待たせ、寒かったよね。」
私の方が先に着替え終わり、カードキーも返し終わって外で待っていると今村さんがやってきた。
「ううん、大丈夫だよ。カードキー返せた?」
「返せたよ。あ、自販機で飲み物買ってもいい?」
「どうぞどうぞ。」
近くにあった自販機で飲み物を買っている間、私は元彼のトーク履歴を見返していた。こんなにラブラブメッセージをしていたのに別れようなんて。もしかして私の他に好きな人が居て、私が邪魔になったのかな。
「それが元彼とのメッセージ?」
嫌な事ばかり考えてしまって目頭が熱くなってきた所で、今村さんがスマホを覗き込んできた。
「勝手に見ないでくださーい。プライバシーですー」
スマホを上に持ち上げた。良かった、泣く前で。泣いた顔なんて人に見せたくない。
「それはごめんね。でもちらっと見えた感じだと、その元彼クズだよ。」
「え?」
「だってさ、好きとか言ってる割には佐藤さんが会いたいって言っても会ってくれなかったんでしょ?」
「それは忙しいから...」
「そんなの断り文句だよ。本当に好きだったら会いたいって言われたらなんとしてでも会いに行くもん。俺は言われたらすぐ会いに行ったよ。」
「今村さんって彼女居た事あるんですか!?」
絶対驚く所が違うと思う。けれど本当に驚いてしまった。この見た目で人に尽くす姿は想像がつかない。むしろ尽くされる側に見える。
「そりゃあるでしょ。佐藤さんだってあるんだからさ。てかいくつなの?」
「十九!今村さんより四つ下!」
「だったら尚更付き合った経験は多いよ...」
「え?女好きなんですか?」
失礼だと思いながらも言葉に出ていた。これは今村さんの言い方が悪い。
「違うよ。年齢的に付き合った経験は多いでしょって事。」
「なるほど。じゃあ私の元彼は客観的に見てクズですか?」
「うん。と言っても、俺から見てだけど。」
「そっかぁ...」
元彼がクズと言われて、納得している自分が居た。私自身、心のどこかで元彼はもしかしたらクズなのかもしれないと思っていたのかも。
「だからそんなへこまないで。」
「うん、そうだね。ありがとう!なんか元気出た!!」
これが今村さんではない人に同じ事を言われても、素直に聞けなかっただろう。今村さんの言葉だから納得したのだ。
「それは良かったよ。そんな君にこれをあげよう。」
そう言いながら今村さんから渡されたのは、温かいココアだった。先程自販機で買ったばかりだからか、凄く温かい。
「え、なんで?」
「寒い中待たせちゃったからさ。お詫びです。」
「そんなのいいのに。お金払うよ、いくらだった?」
お財布を出してお金を出そうとしていると、手を掴まれた。
「いいって。お詫びが嫌なら、失恋して心が傷ついてる佐藤さんにプレゼントって事で。」
「...それじゃあお言葉に甘えようかな。ありがとう!」
本当はあまり人に借りを作りたくないのだが、ここでいざこざするのもなと思い直して素直に貰う事にした。
「あ、勝手に買っちゃったけどココア飲める?」
改札を抜けて歩いていると、今村さんが聞いてきた。
「飲めるよ。大好き。」
「それなら良かった。」
ホームに行くとちょうど電車が来ていた。二人で乗り込み、並んで座れる席が空いていたから座った。
「どう?今日働いてみて。続けられそう?」
何も話さないのも気まずいから話を振ってみた。
「大変だったけど続けられそうだよ。優しい佐藤さんも居るからね。」
「褒めても何も出ませんよ?」
「いやいや、そういうんじゃないって。今日佐藤さんと初めて会ったけど、こんな面倒見いい人居るんだって思ったよ。」
「えぇ?それは買い被りすぎだよ。これぐらい誰でもするって。」
自分で言ったが、私が入ったばかりの時の事を振り返ってみる。面倒見がいい人居たっけ。...居なかったな。強いて言えば店長が基本の事を教えてくれただけだ。
「自分で言ったけど、面倒見がいい人あのお店に居ないや。」
「そうなの?でも佐藤さん、入ったばかりなのにこんなに出来るって事は誰か見てくれた人が居たんじゃないの?」
「居なかったよ。私、元々飲食店経験者だからさ。これぐらい出来ないと。」
「俺も見習って頑張るね。あ、もうすぐ佐藤さんの最寄り駅だよ。」
いつもは長く感じる電車の時間が、今日はあっという間だった。やはり人と乗ると時の進みが早い。
「ほんとだ。それじゃあ、またね。気を付けて帰ってね。」
「佐藤さんこそ気を付けてね。またシフトが被った時はよろしくお願いします。」
「うん、よろしく。」
電車から降り、振り返って手を振る。振り返してくれた時の笑顔にきゅんとしてしまった。
この時はまだ、今村さんに対して恋心は抱いていなかった。抱く事になったきっかけは、今村さんが入ってから一ヶ月経った頃だ。
【こんばんは、今村です。インフルエンザにかかってしまった為、明日、明後日のシフトが出れなくなってしまいました。代わりに入れる方、連絡下さい。】
世の人達は夕飯を食べ終えた頃。カフェのグループメッセージにそう送られてきた。
明日、明後日は土、日だ。ただでさえ人件費カットで人員をぎりぎりでやっているのに、一人休まれたらたまったものではない。今現在、仕事の出来る榊さんという男性と、早瀬さんが休んでいるというのに。
【今村さん、こんばんは。佐藤です。もし良かったら私明日、明後日出るよ。】
今村さんとはたまにメッセージのやりとりをする仲になっていた。主なやりとりはバイトのわからない事を教えたり、常連さんの頼む物を教えたりとバイト関係のものばかりだが。
今村さんいわく、お店でわからない事を他の人に聞くより私に聞いといた方が早いし安心だからみたいだ。そんな事を言われたら教えない訳にもいかない。そうでなくても教えないなんて事はしないが。
【いいんですか!?お願いしたいです...】
【こういう場合、店長に連絡した方がいいですかね...?】
すぐ既読がつき、返事が来た。
私は明日、明後日と休みを取っていた。バイトに入りすぎているからと店長に無理矢理入れられた休みだったから、特段と予定は無い。
【全然いいよ〜】
【店長には私から伝えとくから、今村さんはゆっくり休みな〜】
そう返し、今度は店長のメッセージを開いた。
【こんばんは、佐藤です。明日、明後日と今村さんの代わりに出ます。】
【了解です。ありがとうございます!】
店長から返事がきた直後、カフェのグループメッセージが入った。
【明日、明後日と佐藤さんに代わってもらえる事になりました。ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません。】
「よし、明日もバイトになった事だし寝るか。」
明日は休みだと思っていたから、夜更かしして漫画を読もうと思っていた。でもバイトが入ったから早く寝よ。早くお風呂に入っといて良かった。
「一人暮らしだと自由になんでも出来るから楽だよなぁ。」
私は親との折り合いが悪くて、高校生の時から一人暮らしをしている。
一人暮らしを始めた頃はやりくりが本当に大変で、高校を辞めようかまで考えた。けれどそれだと世間体がという両親の意見で私が卒業するまでの間、金銭の面倒は見るから卒業したら自分でやりくりしろと言われた。それで卒業した今はフリーターとしてカフェでバイトしている。
誰かに何かを指示される事なく生活出来るのって最高だ。この快適さを知ってしまうともう誰かと一緒に住む事が出来なくなってしまう。
でも人間というのは面倒臭い生き物で。こう言ってるくせに一人でいるのが寂しくなってしまう日があるのだ。
彼氏が居る時はメッセージのやりとりをして気を紛らわせていたが、彼氏が居ない今、寂しくなった時はどうしたら良いのだろうか。
「ま、そうなったらその時考えよっと。」
ピロン。
メッセージの通知音で目が覚めた。時刻は六時半。こんな朝早くから誰だよと眠い目を擦りながらメッセージアプリを開いた。
【おはようございます。今日はシフト代わってくださりありがとうございます。寒いみたいなのでお身体に気を付けて!】
今村さんからだった。体調悪いのになんでこんな時間に起きてるのだ。大人しく寝とけ。
【おはよ。私より自分の心配をしなさい】
そう返事を返して目覚ましが鳴るまで再び寝ようとしたが、すぐさま返事が返ってきた。
【俺、そこまで体調が酷い訳じゃないから大丈夫】
【代わってもらう佐藤さんに連絡しないのは申し訳ないからさ】
今村さんはかなり律儀な人だ。別にシフトを代わるぐらい、誰でもある事なのに。こんなに律儀で、生きづらく感じた事はないのだろうか。
【全然大丈夫だから気にしないで】
【私が体調崩したら助けてね】
【もちろんですよ!】
二度寝したかったが、すぐ返事が返ってきて返さないのも申し訳ないから起きる事にした。
【今度、今回のお礼しますね。なにがいいか考えといてください】
【おっけー。とにかく君はゆっくり休んで治す事を優先してね】
続けざまにそう送られてきて、本当にこの人は律儀だなぁと思った。でも形で言ってるだけかもしれないから、適当に返事しておこう。
「佐藤さん、おはようございます!この間は本当にありがとうございました。助かりました。」
今村さんの代わりにシフトを出た日から一週間後。今村さんは私を見つけると、お礼を言ってきた。
「全然いいよ。体調はどう?良くなった?」
「良くなりました!と言っても元々、そんなに酷かった訳じゃないんですよ。」
「メッセージでも言ってたね。それはそれで良かったよ。同じに罹るんだったら楽な方がいいからね。」
「ほんとに佐藤さんには助けられました。まじでお礼するんで考えといてくださいね!?」
「あ、あれ本気だったんだ。」
どうせ形だけで言っているのだろうと思っていたら、まさか本気だったとは。本気だとすれば断らないと。
「お礼するまでの事じゃないよ。だからしなくていいからね?」
「それだと俺の気が済まないから!させてください!」
「わかった、わかったからお仕事して。考えとくから。」
手を合わせてお願いしてくる姿に負けた。それにこのまま話していたら仕事も進まない。
「考えといてくださいよ?なんでもするんで!」
簡単に人になんでもすると言わない方がいい気もするが、ツッコム元気がなかった。連勤続きで正直疲れていた。
「はいはい。」
私が頷くと、今村さんは満足気に仕事に戻った。本当に私より年上なのか。
【お礼考えた?】
その日の夜。やっと連勤が終わったから夜更かしして漫画を読もうと本棚を漁っていたら、今村さんからメッセージが届いた。
【考えた。ご飯行こ】
お礼と言われて思いつくのがそれしかなかったのと、単純に人と食事をしたかった。
【いいよ、何食べたい?】
【食べられるならなんでもいい】
【なら俺、気になってる店あるんだよね】
その文と共に、お店の写真が送られてきた。
送られてきた写真はオシャレな喫茶店だった。あの見た目からして行きたい所は大人なんだな。
【めっちゃオシャレじゃん!】
【でしょ?ここでも大丈夫?】
【いいよ!むしろ行きたい!】
【ならここにしよっか。いつ予定空いてる?】
【明日】
冗談で送ったつもりだった。けれど返ってきた返事は...。
【俺も明日空いてる。明日にしよっか。】
まさかのオッケーだった。私的には日にちいつにしようかとずるずるするよりも、すぐ決まってくれた方が楽だからいいのだけれど。
【いいよ】
【なら十三時にバイト先の駅で待ち合わせにしようか】
【おっけー】
「漫画読んでる場合じゃねーや」
急遽人と出かける用事が出来てしまった。服とかカバンとか用意しないと。どうして私は休みの日に毎回予定を入れてしまうのか。
バイトに行く時はバイトで着るブラウスの上にトレーナーを着て、バイトで着るズボンを履いて出勤している。ようするにオシャレなどしていないのだ。家に居る時も一人だからヨレヨレになったスウェットを着ているし。
「なんかいい服あったかなぁー」
数着しかないクローゼットの中を眺める。元彼とは一回も出かけた事なかった。身長ももう伸びないし、一人暮らしを始めてから服を買っていなかった。そのせいで苦しめられるとは思っていなかった。
「あ、これ...」
クローゼットを眺めていると、服屋の紙袋があった。確か親に買ってもらったけど着る機会がなくて、いつか着ようと思って今日まで忘れていた服だ。
「え、可愛い...」
中から出てきたのは白色で小花のワンピースだった。生地的にこの季節に着てもおかしくない。今、紙袋の中を見るまでどんな服かなんて忘れていた。こんなに可愛い服だったんだ。
「これにしよっと。」
可愛いからというのもあるけど、一番の理由は上下ともに選ばなくて済むからだ。これの上に白色のコートを着て、靴は白色のブーツがあったはず。
「え、ちょー可愛いじゃん。」
それらを組み合わせた物を着てみると、予想より似合っていた。
「なんて言ってくれるかな。」
一緒に出かけるのが楽しみになってきた。この楽しみさは元彼とメッセージをやりとりしていた時に似ている。
ピロン。
またメッセージの通知音で目が覚めた。もう相手はわかっている。だから無視しようとしたが、続けざまにメッセージが来て無視出来なかった。もし違う人だったら申し訳ないし。
【おはよう!起きてる?】
【今日、待ち合わせの時間少し過ぎる電車でも大丈夫そ?】
でも相手はやはり今村さんだった。時刻は六時四十分。この間メッセージしてきた時とさほど変わらない。なんでこんなに早起きなのだろう。
【おはよう。メッセージの通知の音で目が覚めました】
【いいよ、何時でも】
そう返し、ベットから出た。このままベットに居たら二度寝して、遅刻しかけない。一人暮らしを始めてから朝に急いでやる事がなくなった分、早く起きるという事が出来なくなってしまった。
【それはごめん...】
【時間ありがとう!それじゃあ、ゆっくり寝てください】
「寝れる訳ないだろ!!」
一人ツッコミが家に響いた。
「よし、行くか。」
朝起きて、のんびり家の事を終わらせてから家を出た。メイクも髪型も綺麗に出来た。気付いてくれるかな。
「あれ、佐藤さん?」
ドキドキしながら電車に乗り込むと、窓際に立っていた今村さんに声を掛けられた。
「今村さん。同じ電車だったんだね。」
「ね。あ、席空いたよ。座りな?」
「ありがとうございます。」
並んで座ると一気に緊張が押し寄せてきた。相手も私服で、いつもと印象が違うからだろう。
「佐藤さん、私服だと印象変わるね。可愛い。」
「へぇ!?」
まさかすぐ服の事を言われるとは思っていなかった。だから自分でも驚く程、変な声が出てしまった。
「なにその声。面白い。」
今村さんは電車の中だからか、控えめに笑った。
「だって急に服の事褒めるから...」
「バイトの服装とだいぶ違うから気付くよ。スカートの方が好きなの?」
「うん。楽だし。」
「でも足寒くないの?」
「若いから耐えられるのよ。」
「なるほど。ずっと気になっていた謎が解けたよ。ありがとう。」
そんな事気になっていたのかと言いかけたが、人それぞれ気になるものは違うから言わないでおいた。
「お役に立てて良かったよ。そう言う今村さんも私服だと印象変わるね。似合ってるよ。」
今日の今村さんのコーデは、紺色のフード付きパーカーに黒のズボンと簡素な服装だ。カフェの制服も似合っていない訳ではないのだが、私服の方が私好みだ。
「そう?だけど男性ってみんなこんなもんじゃない?」
「まあ確かに。あ、着いたね。」
バイト先の駅に着き、電車から降りて改札に向かう。いつもは一人で歩く所を、今日は二人で歩いている。それがなんだが青春だなと感じた。
「今日人多いね。」
目的地の喫茶店は、バイト先の最寄りから電車を乗り換えなければいけない。そこに向かって歩いている時にぽつりと今村さんが呟いた。
「ね。なにか近くでイベントでもあるのかな。」
「どうなんだろ。あ、危ないよ。」
慣れないブーツで人とぶつかりそうになっていると、今村さんが肩を抱き寄せて守ってくれた。そんな事初めてされたからドキっとした。
「あ、ありがとう...」
「ブーツで歩くの大変だったら、俺の服掴んでもいいよ。」
「やだ。小さい子供みたいじゃん。自分で歩けるもん。」
これ以上今村さんとくっついていたら、心臓がもたない。離れようとすると手を掴まれた。
「見てて危なっかしいんだって。服が嫌なら手繋ご。」
これ以上なにも言わせないとばかりに力強く手を握ってきた。
ここでまた拒否をしてしまえば、相手は嫌われたと思うだろう。嫌っている訳ではないのだ。ただ私の心臓がもたないってだけの話。
「こんな事して彼女さん怒っちゃうんじゃないのー?」
普通に手を繋ぐのもなと思ってからかってみた。
「今俺、彼女居ないよ。だから大丈夫。」
「え、居ないの?」
私の元彼がクズとかの話をした時はいそうな口ぶりだったからからかったのに。
「ここ一年ぐらい居ないよ。」
「居たら私と出かけられないか。」
「んー、まあそうだね。やっぱり彼女が居たら不安にさせたくないし。」
「おぉ...」
本当にこういう男性居るんだ。私が付き合った元彼は全員、彼女が居ても友達だからと言って異性の人と出かける人ばかりだった。相手はお前の事友達とは思ってないよと思いながらも送り出していた。それで嫌われたくなかったから。でもどうせ別れるならもっとわがまま言っておけば良かった。
「今村さんと付き合える人は幸せだね。」
「そう?これぐらい普通だよ。」
「じゃあ私が今まで付き合った人がおかしかったのかな?」
「好きって人それぞれだからね。俺は付き合ったからにはその人の事を俺なりに大事にするつもりで付き合ってたよ。」
「元彼たちに爪の垢を煎じて飲ませたいから頂戴?」
「やめとけやめとけ。俺よりいい男は居るから。ほら、榊さんとかさ。」
榊さんとはあまりシフトが被らない。だからどういう人間なのかよくわからない。ただみんなは榊さんの事優しくて、男として出来ていると言っている。
「あの人よくわかんない。」
「そっか、あんまりシフト被ってないのか。今度被ったら話してみな。面白いよ。」
「んー」
榊さんの見た目が好きではない。カフェの店員ってより、バーテンダーをやっていそうだ。
「あの人いくつなんだろ。三十近い?」
「いや、俺より一つ下だよ。」
「え!?」
電車の中だが大きな声が出てしまった。幸い、周りに人が居なくて助かった。
「あの人そんなに若かったんだ...。まじで人を観察する力が無さすぎる。」
「榊さん、大人っぽいもんね。塾の講師だし。」
「あ、塾の講師なんだ。」
先程から新しい情報ばかりだ。私は基本、バイト先の人とそこまで仲良くしない。仲良くなって、遊びに行ったりするのが面倒臭いから。だから前に、私と関わりずらいって話しているのを聞いた事がある。仕方ないではないか、一人で居る方が楽なのだから。
「佐藤さんはさ、もっと人に興味もちな?」
「でも今村さんの事は興味もってるよ。」
「俺だけじゃなくて、他の人にも興味をもちなさい。」
「努力します...」
渋々頷くと、今村さんは満足そうに頷いた。
「ここみたいだね。」
電車から降り徒歩五分。目的地の喫茶店に着いた。周りの建物と比べると、レトロな感じだ。それはお店の中に入ってもそうだった。よく漫画とかで出てくる、昔ながらの喫茶店だ。
「オシャレなお店だよね。何食べよっかなー」
すぐ席に通されメニューを開く。ここ数日、ろくな物を食べていなかったから全部美味しそうに見える。
「ここさ、元カノと来たいねって言ってたんだよね。」
「来る前に別れたんだ?」
「それがさ、行く約束して駅で待ってたんだよ。そしたら時間になっても来なくて。連絡したら別れよって。」
「最低最悪の元カノじゃん。女見る目無さすぎ。」
「佐藤さんに言われたくないし。」
「その言葉そっくりそのまま返しますー」
「うざっ!」
内容はともかく、このやり取りを傍から見たらカップルに見えるのかな。
「俺決まったわ。佐藤さんは?」
メニューをパラパラ捲っていると今村さんが聞いてきた。
「オムライスにする!ちなみに今村さんは何にしたの?」
「俺はカツサンド。デザートは?」
「悩んだけどそんなに食べられないからやめた。」
「なら俺と半分こしよ。そしたら食べられそう?」
「それぐらいなら食べられるけど、今村さんそんなに食べられる?」
「いけるよ。どのデザートにするの?」
「チョコレートのパンケーキ!」
パンケーキだけだったら一人でも食べられる大きさなのだが、フードを食べるとなると厳しい大きさだ。こういうのがあるから誰かとご飯に行くのは好きだ。
「俺もそれにしようと思ってた。奇遇だね。」
「え、逆に足りる?」
「俺、この後友達と会う約束してて、そこでも多分ご飯食べるから大丈夫。」
「あ、そうなんだ。人気者だねぇ。」
「大学生ですからね。店員さん呼んでもいい?」
「いいよ。あ、私の分の注文もお願いしてもいいですか?」
「もちろん。」
呼び鈴を鳴らすとすぐ店員さんが来た。今村さんは私の分の注文も嫌な顔せずしてくれた。
「注文ありがとう。人と話すの苦手だからさ、一人だとタブレットのある店しか行かないんだよね。」
「苦手なの?てっきり得意なのかと思ってた。」
「仕事でお金貰ってるからきちんとするだけであって、そうじゃなかったら人と話すなんてしないよ。」
私は人と接するのが好きではない。やろうと思えば出来るし、彼氏とかも欲しいと思うから人間不信ではないと思う。ただ面倒臭いから接したくないだけ。
「じゃあ今、俺と居るのも嫌?」
今村さんが不安そうに聞いてきた。そういえば、このお出かけは今村さんがお礼をしたいからと言って始まった事だった。
「ううん、嫌じゃない。むしろ楽しいよ。」
「それは良かった。」
安心したのかいつもの笑顔に戻った。
その笑顔を、ずっと私だけに向けてくれたらいいのに。
...なにを考えているのだ、私は。ちょっと優しくされただけでチョロくないか?
「そういえば佐藤さんって一人暮らしなんだっけ。」
「あ、うん、そうだよー」
恋心に気付いた今、今村さんの顔をまともに見れない。
「一人暮らしってやっぱ快適?」
そんな私を気にせず今村さんは会話を続けた。
「あれ、一人暮らししてるって話したっけ?」
「店長が教えてくれた。」
「なるほどね。お金の面では大変な部分もあるけど、基本的には快適だよ。」
「へぇー。いいね、一人暮らし。俺もしてみたい。」
「今は実家暮らし?」
「うん。親が大学卒業までは家に居てもいいよって。」
「そうなんだ、いいねぇ。私は親との折り合いが悪くて一人暮らししてる。」
「そうだったんだ。でもその歳で一人暮らししてなんとかなってるんだから凄いよね。頑張ってるよ。」
「え...」
初めて一人暮らしをしている事に対して褒められた。褒められて、不覚にも涙が出そうになった。
そっか、私は頑張ってるねって褒めてもらいたかったんだ。
「なんか俺、変な事言っちゃった?」
感情の整理と涙が出ないように必死に耐えていると、今村さんが聞いてきた。
「ううん、大丈夫だよ。初めて一人暮らししてる事で褒められたなって。」
「そうなの?みんな言わないだけで思ってるよ。」
「ありがとう。」
話のきりがいい所で料理が運ばれてきた。よく考えてみたらここ三日間、なにも食べていない。一人暮らしするとどうしても食の時間を削ってしまう。
「美味しそう...写真撮ろ。」
「撮ってあげるよ。」
「料理の写真だけだから大丈夫。それに私、自分の写真撮るのも撮られるのも好きじゃない。」
「その歳にしては珍しい。」
「写真のホルダーに自分が居ると嫌になるんだよね。あぁ、こんなブスが居るんだって思っちゃうから。」
「佐藤さん全然可愛いけどね。感じ方は人それぞれだからなぁ。」
「ちょっ、ちょっと?私の事可愛いって言った?」
「言った。」
「初めて言われた!」
冗談抜きで生まれて初めて可愛いと言われた。親には可愛くないと言われ、元彼にも可愛いと言われた事はなかった。
「えぇ?元彼に言われた事ないの?」
「うん。親にですらお前は可愛くない、ブスの分類だって言われてた。」
「どうして佐藤さんの周りは変な人しか居ないの...」
「そういうのを引き寄せるタイプなのかもね。写真も撮れたし、いただきます!...ん、美味しい!」
ここのオムライスは昔ならではの固めだ。ファミレスとかにあるトロトロのも好きだが、どちらかと言うと固めの方が好きだ。実家に居た時に作ってもらってたのが固めのやつだったからだろう。
「それは良かったよ。」
「カツサンドも美味しい?」
「美味しいよ。一切れ食べてみる?」
「デザート食べられなくなっちゃうから大丈夫。ありがとう。」
「わかった。」
ぼちぼち会話をしながら食事を進めた。人と会話をしながら食事をする事が最近なかったから、かなりお腹いっぱいになったがなんとか食べ切った。
「良かった、食べ切れた...」
「少食なの?」
「なのかも。それか三日間なにも食べてなかったから少しの量でもきつく感じるのかな。」
「え!?なんで食べないの!ちゃんと食べないとダメだよ。」
軽く怒られて、子供みたいに言い訳をした。
「食べるの面倒臭いし、ほら、私ってそんなに痩せてるって訳じゃないから大丈夫かなーって。」
「佐藤さんは痩せてるよ。そうじゃなくても食事はしないとダメだよ。いつか倒れるよ。」
「そしたら助けてね。」
「俺の近くに居たらもちろん助けるけど、いつも近くに居れる訳じゃないんだからしっかり食べて。」
「頑張ってはみる。」
「俺、これから毎日佐藤さんになに食べたか聞くね。」
曖昧な返事をしている事がバレたのかにこにこ笑顔で言われた。
「食べてない日があったらどうするの?」
「土下座で一時間説教かな。」
「やだから、食べてなくても食べたって嘘ついとくね。」
「画像送ってもらうし、怪しいと思ったら佐藤さん家に乗り込みに行くから大丈夫。」
「怖い!絶対住所教えないから!」
「店長に聞くから大丈夫。多分あの人なら教えてくれるよ。佐藤さんが危ないんでとか言えば。」
「プライバシーの欠片もないじゃん!」
「はは。それが嫌ならちゃんと食べなさい。そうじゃなかったらまじで乗り込みに行くからね。」
本気か嘘かわからないから怖い。もしそれで店長も私の家を教えたら色々とやばい。
「たった数ヶ月バイトが一緒なだけの人になんでそこまでしようとするの?」
ふと気になって聞いた。これが長年の友達とかだったらわかるけど、今村さんとは数ヶ月一緒に働いただけだ。
「佐藤さんには色々お世話になってるからさ。バイトでは恩返し出来ないから、こういう所でさせて。」
今村さんと出会った時から思っていたが、本当に律儀な人だ。バイトでお金が発生するからきちんとしているだけなのに。
「今村さんって生きるの大変そう。」
「そう?俺、今結構幸せだよ。」
持論だが、自分で幸せと言う人は大体幸せではない。そう言って自分を納得させようとしているだけだ。
「そっか。」
けれどそれは言わないでおいた。結局は持論だから。本当に幸せで口に出す人も居るかもしれないし。
「そろそろデザート頼んでも大丈夫そう?」
「あ、うん!食べられそう。」
「なら頼んじゃうね。」
店員さんを呼んでからパンケーキが出てくるまで時間がかかるかと思っていたら、すぐ出てきた。これには二人で驚いた。
「え、早くない?」
「早いね。パンケーキ本体は作ってないのかもね。」
「まあ、そんなもんだよね。」
私が前にやっていたバイト先もパンケーキがあった。それも冷凍で来ていて、注文が入ったらレンジで解凍してトッピングをする物はして提供していた。パンケーキ専門店ではなかったらそんな物だろう。
「作り方はどうであれ、結局は味だよね。佐藤さん半分にして大丈夫そ?」
「これの四分の一がいい。」
「え、少なっ!」
「だって実物を見たらお腹いっぱいになっちゃったんだもん。」
匂いと見た目だけでお腹いっぱいになってしまった。良かった、一人の時に注文しないで。
「今までの話を聞く限り、食べる事自体が偉いからね。いいよ、食べられる分だけ食べな。」
「ありがとう...」
今村さんはパンケーキのカットをしてくれて、綺麗に切れてる部分をくれた。
「ごめんね、汚くなっちゃった。」
「そんな事ないよ。綺麗だし、そもそも食べたら形なんてなくなるんだから気にしないし。」
「まあ確かに。」
飲食店で働いてる人間の発言とは思えないが、仕方ない。こんなでも前のバイト先ではパフェを作っていた。
「ん!美味しい!」
「ね、美味しいね。バニラアイスがいいアクセントになってる。」
「でも甘すぎて一個は絶対食べきれなかった...」
王道なプレーンのパンケーキの上にバニラアイスとホイップクリーム、チョコレートソースがかかっている。美味しいのだが、甘すぎる。もしかしたらなにも食べずこれだけ食べても食べ切れなかったかもしれない。何度も言うが、甘すぎる。
「甘いの苦手?」
「好きだよ。だけどあまりに甘すぎるのはちょっと嫌かも。」
「へぇー。俺、甘ければ甘い分だけ好きだからそんな人も居るんだ。」
「居るんだよ。こういうのが食べられないから私、可愛い女の子に近付けないのかなぁ。」
可愛い女の子は大体、クレープとかパンケーキを食べているイメージだ。そこにかけるお金が勿体ないと感じてしまうし、匂いだけでお腹いっぱいになる。
「佐藤さんは可愛いよ。誰がなんと言おうと、絶対。」
可愛いと言われて育たなかった私にとって、可愛いっていう言葉をかけられると嘘に感じてしまう。けれどしっかり私の目を見て言う今村さんの言葉が嘘だとは思えなかった。
「ありがとう。かっこいい今村さんに言われたら自信出てきたかも...!」
「俺の事かっこいいと思ってくれてたのね。ありがとう。」
にこっと微笑まれて、私の心は鷲掴みにされた。
...あぁ、私この人の事かなり好きだなぁ。ずっと一緒に居てほしい。離れたくない。
今までそこそこの人数と付き合ってきたが、こんな想いになったの初めてかもしれない。
「じゃあそろそろ帰る準備する?」
帰りたくない。こんなに楽しかったのに帰ったら一人なんて。この人と一緒に帰れたらいいのに。
「うん、そうだね!美味しかった。」
でもそんな事を言えるはずもなく。元気に頷いた。
「それは良かったよ。あ、伝票貸して。」
伝票を持って席を立つと半ば奪われる形で伝票は今村さんの手に行ってしまった。そしてそのままレジに行ってしまい、スマホ決済で支払ってしまった。
「自分の分は払うよ。」
お店を出てから今村さんに声を掛けた。彼氏でもない人に奢ってもらう程人間性を捨てていない。
「いやいや、シフト代わってもらったお礼なんで。本当に助かりました。」
「今村さんさ、他の人にシフト代わってもらってもお礼するの?」
「うーん、するかも。」
「破産するよ?次シフト代わったのが私だった場合、お礼しなくていいからね。」
「もしかして今日楽しくなかったですか?」
しゅんとしている姿に心がキュンとなった。だが違う。私が言いたいのはそういう事ではない。あと私より歳上なのだから敬語を使わないでほしい。私が敬語も使えない人間だと思い知らされる。
「楽しかったよ。でもそのままだとお金無くなっちゃうよ。私よりシフト入ってるの少ないでしょ?」
「そうだけど...」
「じゃあ今度は普通に遊び行こ!」
それでも納得していなさそうだったからそう提案した。今回はお礼という名目で一緒に出かけられたが、そうではなかったら出かけられないかもしれない。そうしたらこの想いを伝える場がなくなってしまう。
「おぉ、いいね。今度は佐藤さんの好きな所行こ。」
「私ね、水族館行きたいんだよね。」
「水族館いいね。最近行ってないかも。」
「去年、元彼と行こうとしてバックれられて、一人で行ったかな!しかも大雨の中!」
「可哀想すぎる。今年はちゃんとした人と行きなよ?」
「今村さんと行くから大丈夫だと思う!信じてる!」
「大学が忙しくなるから今すぐは行けないけどそれでもいい?」
「全然いいよ。むしろ今村さんが空いてる時に声掛けてくれれば予定空けるよ。」
「ありがとう。」
話してて本当に楽しい。私を大事だと思っているのが伝わってくる。
この人、私の事好きなのかな?そうじゃなかったらお礼とか言って一緒に食事なんて行かないよね?水族館行く約束もしないよね?
自分にとって都合のいい事しか考えていないのは自分でもわかっている。けれど今村さんの行動を見ていると、そう思われてもおかしくない動きしかしていない。
もしかして次なにかで二人きりになった時に告ればいけるのでは無いか...?彼女居ないって言ってたし。
「それじゃあ今村さん、またバイトでね。」
電車の中はそこそこ混んでいて、二人で立って乗っていた。だから会話なんて出来なくて気付いたら私の最寄り駅に着いていた。
「あ、そっか、ここか。うん、またバイトでね。足、気を付けて帰るんだよ。」
「ありがとう。今村さんこそ次の予定、気を付けて行くんだよ。」
「ありがとう。」
お互い見えなくなるまで手を振り、私は一人ホームに残された。
決めた。次なにかで二人きりになった時に告ろう。あんなに良い人なのだから、大学が始まったらすぐ彼女が出来る気がする。もし彼女が出来て、告っておけば良かったと後悔したくない。やった後悔よりやらなかった後悔の方が私の場合、心がモヤモヤする。
どんな結果になったとしても後悔はしない。
「佐藤さん、最近今村君とどうなの?」
今村さんと出かけてからもうすぐ一ヶ月が経とうとしていた頃。裏で納品の片付けをしていると、坂本水樹さんがにやにやしながら聞いてきた。
「どうもなってないですけど?」
どうしてそんな事を聞いてくるのだろうか。私と坂本さんは仕事の話はするものの恋愛とか、そういうプライベートの会話をした事がなかった。
「そうなの?」
目を大きく開けて驚いている坂本さん。私がその表情をしたい。
「逆になんでそう思ったんですか?」
「だって今村君、佐藤さんと二人で出かける前うちに相談してきたんだよ。」
「え!?」
二人で食事に行く事になったのは急だった。それなのに相談していたとは。というか、なんの相談をしていたのだろう。
「明日佐藤さんと出かける事になったんですけど、なにを話したらいいですかって。」
私の心情を読み取ったかのように坂本さんが答えた。
「そうだったんですね。」
「うん。出かけた後、今村君が楽しかったって言ってたからその後どうなったのかなーって思って。」
「今村さん、坂本さんに結構話してるんですね。」
今村さんが私との事を人に相談しているなんて考えた事なかった。人に相談しているぐらいなのだから、脈アリだと思ってもいいのかな。
「それほど佐藤さんの事気になってるんだよ!他の皆も付き合っちゃえって言ってるよ。佐藤さんもその気があるなら、早く告っちゃいなよ!」
「はは、そうですね。それじゃあ、私上がる時間なんで。お疲れ様です。」
「お疲れ様!またなにか進展あったら教えてねー」
「はは...。」
苦笑いをして退勤を押し、カフェを出た。
「早く告れ...か。」
一緒に出かけてから今村さんとはシフトが被っていない。だからそもそも会えていないのだ。それなのに早く告れは中々難しい。
メッセージでも想いを伝える事は出来るが、今村さんに想いを伝えるならメッセージより直接の方がいい気がする。
万が一振られても、バイトが一緒だから今後も付き合っていかないといけない。メッセージだとお互いの表情が見えないからどう思っているかわからないが、直接だと表情が見えるから今後どう付き合っていったらいいのかわかる。
「今度いつ今村さんに会えるかな...」
「あれ、佐藤さん?」
カードキーを窓口に返し自販機近くのベンチに座っていると、ちょうど考えていた人が横に居た。
「今村さん!?なんで居るの!?」
今村さんの事を考えすぎてついに幻覚を見てしまったのかと思ったが、ちゃんと本物の今村さんだった。
「昨日出勤した時に腕時計ロッカーに忘れちゃって。それ取りに来た。それじゃあまたね。」
「待って!今村さん、この後時間ある?」
今村さんを引き止めたのは、シフトが被っている日があまりにもないからだ。だから今日会えたのもなにかの縁だ。想いを伝えるなら今日しかない。
「ないよ。なんで?」
「一緒に散歩しようよ。私最近、バイトにあんまり入ってないから運動不足で。」
「あぁ、いいよ。俺もちょうど運動しようと思ってたし。」
「ほんと?良かった。なら早速行こ!」
ベンチから降りて先を歩き始めた。にやけ顔を今村さんに見せない為だ。
時刻は午後十七時。真冬だからか外はもう真っ暗だ。散歩に不向きな気もするが、他に一緒に居る口実が思い浮かばなかった。
「そういえば佐藤さん、なんで最近シフトあんまり入ってないの?」
横に並んだ今村さんが聞いてきた。横に並ぶと身長差がかなりある。
「実はさ、ドクターストップかかっちゃって。」
そう、私がここ最近シフトに入れていないのはドクターストップがかかってしまったからだ。
食べ物を食べたらすぐ気持ち悪くなる、身体がふらつく事が頻繁にあっていささかやばいと思って病院に行くと、働きすぎと言われてしまいドクターストップがかかったのだ。
幸い、ドクターストップがかかった日にシフト提出だったから元々入っていたシフトに傷を付けなくて済んだのは我ながら運がいいと思う。
「そうだったの?それなのに今日働いて大丈夫だったの?」
「連勤をしなければ働いてもいいって言われてるから大丈夫!」
「それならいいけど。もししんどかったら言ってね。俺が代われる日は代わるから。」
「ありがとう!」
こんなに優しい人、今まで出会った事ない。優しくされたから好きになるなんて我ながらちょろいと思う。けれど好きになるのに理由なんてないし、好きになった想いは誰にも止められない。
「ねぇ、今村さん。私今村さんの事好きだよ。」
今村さんの隣を歩きながら。普通の会話をするかのように自分の想いを伝えた。
「それは恋愛として?」
そう聞いてくる今村さんの声はいつも通りだっだ。もっと驚いてくれるかと思ったのに。
「うん。恋愛として今村さんの事好きだよ。」
「そっか。気持ちは嬉しい。ありがとう。ただ...」
今村さんが立ち止まった事に気付かず、私が数歩先を歩いていた。隣に居ない事に気付き振り返ると、申し訳なさそうな表情をしながら今村さんは立っていた。
「ごめん、友達でいてほしい。」
...私、振られたんだ。
今村さんの言葉を理解するまで少し時間がかかった。まさか振られるなんて思っていなかったから。
「そっか...わかった!」
そう元気に返事をして、先を歩き始めた。
脈アリだと思ってた。周りの人から見てもそう思われてた。なのに振られた。
「うっ...ぐす...」
涙が堪えきれなくて、路地に入ってしゃがみ込んだ。
初めて人に振られた。と言っても、今まで付き合ってきた人たちは皆、私に告白してきた。だから自分から告白するっていう事自体初めてだった。初めてが振られるなんて。これが漫画とかの世界だったら付き合えるのだろう。やはり現実はクズだなという事を改めて実感した。
「ひっ...ぐす...」
なるべく声を出さないように泣いているから呼吸がしずらい。
こんなに泣くって事は、今村さんの事凄く好きだったんだなぁ。元彼に振られた時ですら泣きはしなかった。それを考えると、今まで付き合ってきた人たちの事はさほど好きではなかったのだと知った。
「佐藤さん。」
泣き疲れてウトウトし始めた頃。誰かに名前を呼ばれた。
「今村さん...」
私の名前を呼んだのは振った張本人の今村さんだった。
「帰ったんじゃないの?」
私が歩き始めてもついてこなかったから、帰ったのかと思ってた。逆に帰っててほしかった。こんな涙でぐちゃぐちゃになった顔、好きな人に見られたい訳ない。
「帰ってないよ。こんな寒空の中、佐藤さんを一人にしておけないよ。」
そう言うと今村さんは着ていたコートを私にかけた。その行為で再び涙が出てきた。
「振ったくせに優しくしないでよ。勘違いするじゃん。」
「確かに振ったよ。だけど俺は佐藤さんの事、大事な友達だと思ってる。だから放っておけない。」
...あぁ、この人はずるい。こんな思わせぶりな態度を取っておいて振って、でも大事な友達だと言って。どれだけ人の心を揺さぶれば気が済むのだろう。
「ほんっと、今村さんって天然タラシだよね。」
「そう?そんな事ないと思うけど...」
「そのタラシで一体どれぐらいの女の子が被害にあったんだろうね!」
自覚していないタラシ程怖いものはない。今村さんのタラシ被害にあった女性も数多いだろう。
「タラシかどうかは置いといて、告られたのは初めてだよ。」
「きっと皆、告らないで泣く泣く諦めたんだよ。私はそれが出来なかったから告ったんだけどね!」
私は勢いよく立ち上がり、路地を出た。泣いたらスッキリしたし、今村さんがあまりにいつもと変わらず接してくれるからなんだか元気が出てきた。
「待って、送るよ。」
今度は追いかけてきた。そういうどっちつかずの態度を取られると諦められなくなる。
「そういう態度取られると諦められなくなるけどよろしい?」
普通、こういうのは聞かないでおくのだろう。でも私の性格上聞かずにはいられなかった。
「佐藤さんが辛くなければ諦めなくてもいいよ。ただ期待はしないでね。」
「なら思わせぶりな態度取らないでよね。」
「えぇ...どれが思わせぶりなの?」
「やっぱり天然タラシだ!」
二人で顔を見合せて笑った。
私は確かに振られた。けれど好きになった事を後悔していないし、告った事も後悔していない。
「私、今村さんを好きになって良かった!」
初めて本気で好きになった人に振られた。
正直、振られると思っていなかった。誰から見ても、私達はお似合いだ、告ればいけると言われていたから。自分でも付き合えると思っている部分があったから告白した。でも振られた。
「そっか...わかった!」
そう元気に返事したものの、それ以外にどうすればいいのか。
泣く?いやでもそうしたら優しい彼の事だから、振ってしまった事に罪悪感を抱くだろう。振る方もかなり辛いはずだからそれ以上、辛い思いをしてほしくなかった。それにもう関わるなと言われなかっただけいいと思う。
これは私が本気で恋した一ヶ月間の物語。
「初めまして。今村(いまむら)奏斗(かなと)です。今日から入るバイトなんですけど、どこに行けばいいですか?」
その人...想い人との出会いは私が働いている時にそう尋ねてきたのがきっかけだった。
「初めまして!私は佐藤(さとう)涼花(すずか)です。とりあえず、店長が来るまでここ座って待っててください。これから立ち仕事で足が痛くなると思うんで、今の内にしっかり休んでで下さい!」
想い人...今村さんをお店の裏に通し、折りたたみ椅子を開いて指差した。
「あ、ありがとうございます。お忙しいのに申し訳ないです。」
「全然!それじゃあ、また後で!」
「はい、ありがとうございます。」
真面目で礼儀正しい方だなぁ。ガサツで適当な私とは大違い。ああいう人がこの仕事に向いているのだろうな。
私が働いているのはカフェだ。私の中ではカフェは静かで落ち着いているイメージだったが、実際はそうでもない。
次々にお客さんは入ってくるし、長居する人が多いから循環率が悪い。年齢層も高いからメニューの理解をしてもらえない事も多々ある。
カフェで働くのがこんなに大変だとは思っていなかった。大変だと知っていたら時給が高くて仕事内容がこことそんなに変わらないバイトを辞めてまでここで働こうとは思わなかった。やはり次が決まってもすぐ辞めず、最初の内はダブルワークをしといた方がいいなと学べたから、良しとしよう。
「あ、店長、今日からのバイトの方が来たので裏に通してます。」
「今行く!ホールお願いしてもいい?」
「いいですよ!任せてください。」
「ありがとう!すぐ終わらせてくるから頑張ってて!」
「全然大丈夫なんで、ゆっくり教えてあげて下さい!」
店長を見送り、ホールを見渡す。そこそこお客さんも入っているし、ウェイティングも居る。今日はシフトのメンバーが少ないから、店長が戻って来るまでは私一人でホールをまわす事になる。前に居た所でも似たような事があったからお店はまわせるだろうが、私のメンタルがもつかはわからない。
「いらっしゃいませー、こちらのお席どうぞー」
「はーい、お伺いします!」
「お待たせしましたー、ブレンドコーヒーです!」
待っているお客さんを席に案内して、オーダーを取って、料理が出たら運んで。それを一人でやっていると泣きたくなってきた。そろそろ自分自身の限界が近い合図だ。
「佐藤さんお待たせ!ありがとね!前は俺がまわすから、今村さんに仕事の入り方教えてあげて。」
半分泣きながら仕事をしていると、店長が戻って来てホールを代わってくれた。私の心が死ぬ前に代わってくれてほっとした。
「今村さん、店長にどこまで教えてもらいましたか?」
裏に居る今村さんに声を掛けた。
「えっと、制服の着替え方だけです。」
「おっけー。ならカードキー貰いに行く所からだね。...店長ー、教えてきますねー」
「はいよー、よろしく!」
「今村さん、行きましょう。こっちです。」
今村さんを連れて従業員専用の扉を開けて中に入り、エレベーターで一階まで下がった。
その間なにも話題を提供する事がなくて申し訳なかった。私にもっとコミ力があれば、相手にもこんな気まずい思いさせなかっただろなと心の中で相手に謝っといた。
「毎回、ここでカードキーを貰って、ロッカーで着替えてからバイト先に来てください。ここでカードキーを貰わないとさっきの扉の出入りが出来ないので。」
「わかりました。」
一階につき、自分が教わった通り今村さんにも教えた。こうやって人の言葉は繋がれていくのだなと思いながら。
「貰い方は簡単で、あそこの窓口に居る人に声掛けるだけです。行ってみましょう。あの、すみません。」
「はーい、こんにちはー」
窓口に居たのは優しいおじさんだった。どの人も基本優しいのだが、この人は特別優しい。
「カードキー貰いに来ました。あ、私ではなく、彼の方です。」
「はいはい、この番号でお願いしまーす」
優しいおじさんは男性用のカードキーを出して、こちらに見せてくれた。
「えっと...どうすれば...」
「この紙に書いてある通りに書けば大丈夫。」
「なるほど...!」
今村さんが紙に書き込んでいる姿を覗き込んでみた。男子中学生みたいな字を書く人だなとかなり失礼な事を思った。
「書きました。」
「はーい、大丈夫でーす。行ってらっしゃい!」
「はい!行ってきます!」
今村さんは元気に挨拶し、カードキーを受け取ると私に頭を下げた。
「お忙しいのに教えて下さりありがとうございます。助かりました。」
「全然いいんですよ!?」
頭を下げられる程の事なんてしていない。ただ店長に頼まれて教えているだけなのだから。その時間、ホールに出ていなくても無条件で怒られないのだから最高だとも思っていた。
「どんな事でも、みんな最初は誰かに教えてもらわないと出来ないじゃないですか。だから全然気にしないで下さいね。」
でもそんな事を言えないから。それらしき言葉を並べといた。心で思っている事でもある。
「わかりました...ありがとうございます。」
今村さんは緊張しながらも笑顔を見せてくれた。この人、見た目も幼いけど笑うともっと幼く感じる。実年齢はいくつぐらいなのだろうか。
「なら次は、カフェに戻って打刻の打ち方からやりましょう!」
「はい、よろしくお願いします!」
エレベーターでまた上まで上がり、四階で降りた。一階から上がる時は五階の自分のロッカーに行く時が多いから、間違えなかった自分は偉いと思う。
「あ、佐藤さんおかえり!ちょっとホール手伝って欲しいかも...」
カフェに戻ると、店長が少し焦りながら声を掛けてきた。席は満席で、ウェイティングも居る。これを一人でまわすのはきつかっただろう。
正直、料理を作る人やドリンクを作る人が手が空いたらホールを手伝えよとは思うが。
「はーい!今村さん、打刻の仕方は後で教えるからホール手伝ってもらってもいい?」
今村さんを放置する訳にもいかない。確か前のバイトも飲食店だと店長から聞いた気がする。だから片付けぐらいなら出来るだろう。
「わかりました。なにすればいいですか?」
「とりあえずお客さんが居ない席の上にある空のお皿を下げて、裏に持って行ってくれればいいよ。」
「了解です!」
「ありがとう!トレーと布巾はこれ使って。トレーの持ち方はこう。」
早く教えなければいけないと焦り、敬語を使わず話してしまった。でも私と歳、一つぐらいしか変わらないだろうからいっか。
「ありがとうございます!もしわからない事あったら聞きますね。」
「うん!そうしてー」
私も入ったばかりの時はあんなたどたどしい感じだったのかな。お世辞にも飲食店をやっていたようには見えない。
今村さんの背中を眺めながら、そんな失礼な事を考えた。
「佐藤さん、今ホール落ち着いてるから今村さんに打刻の仕方教えてあげて。そのまま佐藤さんは休憩入っちゃっていいよ。」
「はーい。今村さん、おいで。」
「あ、はい」
先程今村さんを座らせた所に行き、パソコンを起動させた。
「従業員番号ってわかりますか?」
「いや、聞いてないです。」
「あれま。どっかに書いてないかな。」
パソコンの近くに乱雑に置かれている書類の山を漁ったが、それらしき物は見当たらない。人に教えてと言うならそういうのも用意しといてほしい。もしくは口頭で伝えるとか。
「あの、佐藤さんってここで働いて長いんですか?」
パソコンで従業員番号が記載されていそうな所をクリックしまくっていると、今村さんに聞かれた。
「いや、全然?先月入ったばかりです。」
パソコンから目を離さず答えたが、見なくても反応はわかる。
「え、そうなんですか!?結構長い人だと思ってました...」
その言葉を私はよく言われる。飲食店経験があるからか入って二回目でハンディの使い方を教えられたし、レジは三回目で教えられた。私の前に早瀬結華さんという、一つ年下の可愛らしい子が入った時も早く教えられたと話しているのを聞いた事がある。その子はお友達の紹介で入って、やはり私みたいに飲食店経験があるから早く教えられたみたいだ。
「よく言われます...」
「俺も佐藤さんみたいにバリバリ働けるように頑張りますね!」
「私なんか参考にしない方がいいよ。仕事雑だし適当だから。...あった!」
見つからなくてイライラし始めた頃、従業員全員の番号が記載されているアプリを見つけた。そこに今村さんの番号もしっかりあった。
「はぁ、疲れた...」
「お疲れ様です。俺の事で申し訳ないです...」
「今村さんが悪い訳じゃないからいいんだよ。この番号、メモしてくれる?」
「はい、しました。」
「おっけー。そしたらこのパソコンで勤怠打つアプリがあるから探して、そこ開いて出勤...って、時間過ぎてんじゃん。」
出勤時間の二時間も過ぎている。先に打刻の仕方から教えれば良かった。
「ごめんね、時間過ぎてるから出勤時間は紙で書いてもらって、退勤は打とっか。今日何時まで?」
「今日は十七時までです。」
「あ、私と上がり一緒だ。良かった。」
「じゃあまたその時はよろしくお願いします。」
「おっけー。ならホールに戻って、その旨を店長に伝えといてほしい。」
「わかりました。佐藤さんは...」
「私休憩なんだよね。その間、店長に教えてもらってください。」
「あ、そうなんですね。ごゆっくりしてください。」
「うん、ありがとう!」
今村さんを見送り、休憩の勤怠を打って机に突っ伏した。疲れた。早く帰って寝たい。
ピロン。
休憩が終わるまで寝ようかなと思った矢先。メッセージを知らせる通知がきた。彼氏からかもと思い起き上がってすぐスマホを見たが、どうでもいい通知だったので再び机に突っ伏した。
「くるわけないよね...別れたんだから。」
そう、私はつい先日彼氏に振られたのだ。振られたと言っても、嫌いになったからという理由ではない。相手が親に高校を卒業するまでスマホを預けなければいけなくなって、連絡が取り合えなくなるから別れようと言われただけだ。ちなみに彼氏だった人の年齢は高校二年生だ。
自分で言葉にしてみたが泣きたくなってくる。別に連絡が取り合えなくても付き合っていたかった。けれどそれを言ったら重い女に思われてしまうから。我慢して別れを受け入れた。
「あー、彼氏ほしい...」
それが元彼と別れてからの私の口癖になっていた。
別れてすぐその言葉が出てくるって事は、元彼に対してそこまで愛情があった訳ではないのだなと、自分の冷たい心に幻滅した。
自慢ではないが、学生時代...中学、高校と彼氏が居なかった事がない。だから人と付き合っていない今が変に感じてしまう。
「誰か付き合ってくれる人居ないかなぁ...」
ぽつりと零した言葉は一人きりの休憩室に響いた。なんだかそれがとても悲しかった。
「お先に失礼します、お疲れ様です。」
上がりの時間になり店長に声を掛けると、今日一の笑顔を見せた。
「お疲れ様!今日は色々ありがとね。」
「いえ全然!むしろ一人の時、お店を全然まわせなくて申し訳ないです...」
「そんな事ないよ。一人でまわしてくれてた時間の売上、かなりいいよ。」
「ほんとですか?それは良かったです!」
多分だが、私が一人の時にお会計の人が多かったから売上が良かったのだと思う。けれど褒められていい気分のまま帰りたいから言わなかった。
「今村さんも上がりですよね?一緒に上がっちゃいます。勤怠の打ち方教えたいんで。」
「おっけい!今村さーん、上がりなー」
「あ、はーい」
ちょうど空になったお皿を持ってきた今村さんに、店長が声を掛けた。そのお皿の持ち方が少し危ないなと思った。
トレーと手を上手く使ってお皿を持ってくるのはいい事だが、トレーにカップやらお冷のグラスやらを乗せすぎて真っ直ぐ持てず、斜めになっている。
「今村さん、それ持ちすぎ。そういう持ち方はもう少し慣れてからの方がいいと思う。」
裏に入って行った今村さんに言いに行ってしまった。
今村さんは本当に飲食店経験者なの?と思ってしまうほど仕事がオドオドしているし、ぎこちない。そんな人があんなに沢山お皿を持っていたら絶対割る。カフェで使っているお皿は馬鹿みたいに高いから割ったら本部の人に小言を言われる。みんなそれを避けたいから、沢山持たないようにしている。
「早く片付けた方がいいかなって思って持っちゃってました。次から気を付けますね。ご指導ありがとうございます!」
普通、自分と大して歴が変わらない人に指導されるなんて嫌だろう。けれど今村さんは嫌な顔せず、なんならお礼まで言ってきた。
一瞬、指摘された嫌味か?と思ったが、キラキラした表情で言われてそれはないだろうなと思い直すと同時に、大して仕事も出来ないくせに指摘してしまった自分を恥ずかしく思った。
「入った年月そんなに変わらないのに指摘しちゃってごめんね!じゃあ終わったらパソコンの所来てね!」
早口で捲し立て、相手の返答など聞かず自分はその場から逃げた。間違った事を言ったとは思っていないし後悔もしていないのだが、あんなキラキラした目で見られると自分の汚い心が浮き彫りにされる気がして逃げた。
「あー、疲れた。」
パソコンで自分の勤怠を打ち、休憩時間同様机に突っ伏した。私もまだ入って日が浅いのに、もう後輩が出来てしまった。後輩の見本になるようにこれから頑張っていかないと。今までみたいに誰も見てないからいいやと、いい加減な仕事はしないようにしよう。
「やっぱり彼氏ほしい...」
「佐藤さん、彼氏居ないんですか?」
「うわぁ!」
今村さんに声を掛けられて、冗談抜きで飛び跳ねた。
「そんなに驚きます?」
「驚くでしょ、普通。」
誰も居ないだろうと呟いた事に返事が返ってきたら、誰でも驚く。
「今度から静かに来ないで。もっと音立てて来て。」
「今も結構音立ててきましたよ。佐藤さんが気付かなかっただけです。」
「じゃあ私が気付くような音で来て。本気でびっくりしたんだから。」
「それは置いといて、佐藤さん彼氏居ないんですか?」
置いとかないでほしい。次は絶対心臓が止まる。
「居ませんけど?この間別れようって言われましたけどなにか文句あります?」
「なんで別れようって言われちゃったんですか?」
「その前にまず君は勤怠を打ちましょう。さっきの番号出して。」
「出してます。」
「それをこのパソコンの勤怠アプリで打って、退勤の所を押す。出勤なら出勤を押す、休憩なら休憩を押す。」
「わかりました、ありがとうございます!」
「よし、帰ろっか。今村さんは帰りなにで帰るの?」
「電車です。」
聞くと、私と同じ電車だった。私は三つ先の駅で、今村さんは五つ先の駅みたいだ。
「じゃあ、今までも一緒に乗ってたかもね。」
「そうですね。」
「てか今村さんっていくつなんですか?私と変わらなさそうだけど。」
「二十三です。」
「え!?私より全然年上じゃん!タメ口を聞いてしまい申し訳こざいませんでした...」
二十三という事は、私より四つも年上という事だ。この見た目で本当に二十三なの?と思ってしまったが、言わないでおいた。気にしてるかもしれないし。
「いいよ、タメ口で。バイトでは俺の方が年下なんだし。」
「大して変わんないじゃん。でもタメ口ではいこうかな。楽だし。」
「俺としてもその方がいいかも。てか佐藤さんはいくつなの?」
今村さんが聞いてきたタイミングで、上に行くエレベーターが来た。上に行くのは私だ。
「じゃあ、着替え終わったら下で待ってるね。」
「わかった、また後でね。」
手を小さく振ると、恥ずかしがりながらも振り返してくれた。初々しいなあ。彼女とか居た事あるのかな。
「お待たせ、寒かったよね。」
私の方が先に着替え終わり、カードキーも返し終わって外で待っていると今村さんがやってきた。
「ううん、大丈夫だよ。カードキー返せた?」
「返せたよ。あ、自販機で飲み物買ってもいい?」
「どうぞどうぞ。」
近くにあった自販機で飲み物を買っている間、私は元彼のトーク履歴を見返していた。こんなにラブラブメッセージをしていたのに別れようなんて。もしかして私の他に好きな人が居て、私が邪魔になったのかな。
「それが元彼とのメッセージ?」
嫌な事ばかり考えてしまって目頭が熱くなってきた所で、今村さんがスマホを覗き込んできた。
「勝手に見ないでくださーい。プライバシーですー」
スマホを上に持ち上げた。良かった、泣く前で。泣いた顔なんて人に見せたくない。
「それはごめんね。でもちらっと見えた感じだと、その元彼クズだよ。」
「え?」
「だってさ、好きとか言ってる割には佐藤さんが会いたいって言っても会ってくれなかったんでしょ?」
「それは忙しいから...」
「そんなの断り文句だよ。本当に好きだったら会いたいって言われたらなんとしてでも会いに行くもん。俺は言われたらすぐ会いに行ったよ。」
「今村さんって彼女居た事あるんですか!?」
絶対驚く所が違うと思う。けれど本当に驚いてしまった。この見た目で人に尽くす姿は想像がつかない。むしろ尽くされる側に見える。
「そりゃあるでしょ。佐藤さんだってあるんだからさ。てかいくつなの?」
「十九!今村さんより四つ下!」
「だったら尚更付き合った経験は多いよ...」
「え?女好きなんですか?」
失礼だと思いながらも言葉に出ていた。これは今村さんの言い方が悪い。
「違うよ。年齢的に付き合った経験は多いでしょって事。」
「なるほど。じゃあ私の元彼は客観的に見てクズですか?」
「うん。と言っても、俺から見てだけど。」
「そっかぁ...」
元彼がクズと言われて、納得している自分が居た。私自身、心のどこかで元彼はもしかしたらクズなのかもしれないと思っていたのかも。
「だからそんなへこまないで。」
「うん、そうだね。ありがとう!なんか元気出た!!」
これが今村さんではない人に同じ事を言われても、素直に聞けなかっただろう。今村さんの言葉だから納得したのだ。
「それは良かったよ。そんな君にこれをあげよう。」
そう言いながら今村さんから渡されたのは、温かいココアだった。先程自販機で買ったばかりだからか、凄く温かい。
「え、なんで?」
「寒い中待たせちゃったからさ。お詫びです。」
「そんなのいいのに。お金払うよ、いくらだった?」
お財布を出してお金を出そうとしていると、手を掴まれた。
「いいって。お詫びが嫌なら、失恋して心が傷ついてる佐藤さんにプレゼントって事で。」
「...それじゃあお言葉に甘えようかな。ありがとう!」
本当はあまり人に借りを作りたくないのだが、ここでいざこざするのもなと思い直して素直に貰う事にした。
「あ、勝手に買っちゃったけどココア飲める?」
改札を抜けて歩いていると、今村さんが聞いてきた。
「飲めるよ。大好き。」
「それなら良かった。」
ホームに行くとちょうど電車が来ていた。二人で乗り込み、並んで座れる席が空いていたから座った。
「どう?今日働いてみて。続けられそう?」
何も話さないのも気まずいから話を振ってみた。
「大変だったけど続けられそうだよ。優しい佐藤さんも居るからね。」
「褒めても何も出ませんよ?」
「いやいや、そういうんじゃないって。今日佐藤さんと初めて会ったけど、こんな面倒見いい人居るんだって思ったよ。」
「えぇ?それは買い被りすぎだよ。これぐらい誰でもするって。」
自分で言ったが、私が入ったばかりの時の事を振り返ってみる。面倒見がいい人居たっけ。...居なかったな。強いて言えば店長が基本の事を教えてくれただけだ。
「自分で言ったけど、面倒見がいい人あのお店に居ないや。」
「そうなの?でも佐藤さん、入ったばかりなのにこんなに出来るって事は誰か見てくれた人が居たんじゃないの?」
「居なかったよ。私、元々飲食店経験者だからさ。これぐらい出来ないと。」
「俺も見習って頑張るね。あ、もうすぐ佐藤さんの最寄り駅だよ。」
いつもは長く感じる電車の時間が、今日はあっという間だった。やはり人と乗ると時の進みが早い。
「ほんとだ。それじゃあ、またね。気を付けて帰ってね。」
「佐藤さんこそ気を付けてね。またシフトが被った時はよろしくお願いします。」
「うん、よろしく。」
電車から降り、振り返って手を振る。振り返してくれた時の笑顔にきゅんとしてしまった。
この時はまだ、今村さんに対して恋心は抱いていなかった。抱く事になったきっかけは、今村さんが入ってから一ヶ月経った頃だ。
【こんばんは、今村です。インフルエンザにかかってしまった為、明日、明後日のシフトが出れなくなってしまいました。代わりに入れる方、連絡下さい。】
世の人達は夕飯を食べ終えた頃。カフェのグループメッセージにそう送られてきた。
明日、明後日は土、日だ。ただでさえ人件費カットで人員をぎりぎりでやっているのに、一人休まれたらたまったものではない。今現在、仕事の出来る榊さんという男性と、早瀬さんが休んでいるというのに。
【今村さん、こんばんは。佐藤です。もし良かったら私明日、明後日出るよ。】
今村さんとはたまにメッセージのやりとりをする仲になっていた。主なやりとりはバイトのわからない事を教えたり、常連さんの頼む物を教えたりとバイト関係のものばかりだが。
今村さんいわく、お店でわからない事を他の人に聞くより私に聞いといた方が早いし安心だからみたいだ。そんな事を言われたら教えない訳にもいかない。そうでなくても教えないなんて事はしないが。
【いいんですか!?お願いしたいです...】
【こういう場合、店長に連絡した方がいいですかね...?】
すぐ既読がつき、返事が来た。
私は明日、明後日と休みを取っていた。バイトに入りすぎているからと店長に無理矢理入れられた休みだったから、特段と予定は無い。
【全然いいよ〜】
【店長には私から伝えとくから、今村さんはゆっくり休みな〜】
そう返し、今度は店長のメッセージを開いた。
【こんばんは、佐藤です。明日、明後日と今村さんの代わりに出ます。】
【了解です。ありがとうございます!】
店長から返事がきた直後、カフェのグループメッセージが入った。
【明日、明後日と佐藤さんに代わってもらえる事になりました。ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません。】
「よし、明日もバイトになった事だし寝るか。」
明日は休みだと思っていたから、夜更かしして漫画を読もうと思っていた。でもバイトが入ったから早く寝よ。早くお風呂に入っといて良かった。
「一人暮らしだと自由になんでも出来るから楽だよなぁ。」
私は親との折り合いが悪くて、高校生の時から一人暮らしをしている。
一人暮らしを始めた頃はやりくりが本当に大変で、高校を辞めようかまで考えた。けれどそれだと世間体がという両親の意見で私が卒業するまでの間、金銭の面倒は見るから卒業したら自分でやりくりしろと言われた。それで卒業した今はフリーターとしてカフェでバイトしている。
誰かに何かを指示される事なく生活出来るのって最高だ。この快適さを知ってしまうともう誰かと一緒に住む事が出来なくなってしまう。
でも人間というのは面倒臭い生き物で。こう言ってるくせに一人でいるのが寂しくなってしまう日があるのだ。
彼氏が居る時はメッセージのやりとりをして気を紛らわせていたが、彼氏が居ない今、寂しくなった時はどうしたら良いのだろうか。
「ま、そうなったらその時考えよっと。」
ピロン。
メッセージの通知音で目が覚めた。時刻は六時半。こんな朝早くから誰だよと眠い目を擦りながらメッセージアプリを開いた。
【おはようございます。今日はシフト代わってくださりありがとうございます。寒いみたいなのでお身体に気を付けて!】
今村さんからだった。体調悪いのになんでこんな時間に起きてるのだ。大人しく寝とけ。
【おはよ。私より自分の心配をしなさい】
そう返事を返して目覚ましが鳴るまで再び寝ようとしたが、すぐさま返事が返ってきた。
【俺、そこまで体調が酷い訳じゃないから大丈夫】
【代わってもらう佐藤さんに連絡しないのは申し訳ないからさ】
今村さんはかなり律儀な人だ。別にシフトを代わるぐらい、誰でもある事なのに。こんなに律儀で、生きづらく感じた事はないのだろうか。
【全然大丈夫だから気にしないで】
【私が体調崩したら助けてね】
【もちろんですよ!】
二度寝したかったが、すぐ返事が返ってきて返さないのも申し訳ないから起きる事にした。
【今度、今回のお礼しますね。なにがいいか考えといてください】
【おっけー。とにかく君はゆっくり休んで治す事を優先してね】
続けざまにそう送られてきて、本当にこの人は律儀だなぁと思った。でも形で言ってるだけかもしれないから、適当に返事しておこう。
「佐藤さん、おはようございます!この間は本当にありがとうございました。助かりました。」
今村さんの代わりにシフトを出た日から一週間後。今村さんは私を見つけると、お礼を言ってきた。
「全然いいよ。体調はどう?良くなった?」
「良くなりました!と言っても元々、そんなに酷かった訳じゃないんですよ。」
「メッセージでも言ってたね。それはそれで良かったよ。同じに罹るんだったら楽な方がいいからね。」
「ほんとに佐藤さんには助けられました。まじでお礼するんで考えといてくださいね!?」
「あ、あれ本気だったんだ。」
どうせ形だけで言っているのだろうと思っていたら、まさか本気だったとは。本気だとすれば断らないと。
「お礼するまでの事じゃないよ。だからしなくていいからね?」
「それだと俺の気が済まないから!させてください!」
「わかった、わかったからお仕事して。考えとくから。」
手を合わせてお願いしてくる姿に負けた。それにこのまま話していたら仕事も進まない。
「考えといてくださいよ?なんでもするんで!」
簡単に人になんでもすると言わない方がいい気もするが、ツッコム元気がなかった。連勤続きで正直疲れていた。
「はいはい。」
私が頷くと、今村さんは満足気に仕事に戻った。本当に私より年上なのか。
【お礼考えた?】
その日の夜。やっと連勤が終わったから夜更かしして漫画を読もうと本棚を漁っていたら、今村さんからメッセージが届いた。
【考えた。ご飯行こ】
お礼と言われて思いつくのがそれしかなかったのと、単純に人と食事をしたかった。
【いいよ、何食べたい?】
【食べられるならなんでもいい】
【なら俺、気になってる店あるんだよね】
その文と共に、お店の写真が送られてきた。
送られてきた写真はオシャレな喫茶店だった。あの見た目からして行きたい所は大人なんだな。
【めっちゃオシャレじゃん!】
【でしょ?ここでも大丈夫?】
【いいよ!むしろ行きたい!】
【ならここにしよっか。いつ予定空いてる?】
【明日】
冗談で送ったつもりだった。けれど返ってきた返事は...。
【俺も明日空いてる。明日にしよっか。】
まさかのオッケーだった。私的には日にちいつにしようかとずるずるするよりも、すぐ決まってくれた方が楽だからいいのだけれど。
【いいよ】
【なら十三時にバイト先の駅で待ち合わせにしようか】
【おっけー】
「漫画読んでる場合じゃねーや」
急遽人と出かける用事が出来てしまった。服とかカバンとか用意しないと。どうして私は休みの日に毎回予定を入れてしまうのか。
バイトに行く時はバイトで着るブラウスの上にトレーナーを着て、バイトで着るズボンを履いて出勤している。ようするにオシャレなどしていないのだ。家に居る時も一人だからヨレヨレになったスウェットを着ているし。
「なんかいい服あったかなぁー」
数着しかないクローゼットの中を眺める。元彼とは一回も出かけた事なかった。身長ももう伸びないし、一人暮らしを始めてから服を買っていなかった。そのせいで苦しめられるとは思っていなかった。
「あ、これ...」
クローゼットを眺めていると、服屋の紙袋があった。確か親に買ってもらったけど着る機会がなくて、いつか着ようと思って今日まで忘れていた服だ。
「え、可愛い...」
中から出てきたのは白色で小花のワンピースだった。生地的にこの季節に着てもおかしくない。今、紙袋の中を見るまでどんな服かなんて忘れていた。こんなに可愛い服だったんだ。
「これにしよっと。」
可愛いからというのもあるけど、一番の理由は上下ともに選ばなくて済むからだ。これの上に白色のコートを着て、靴は白色のブーツがあったはず。
「え、ちょー可愛いじゃん。」
それらを組み合わせた物を着てみると、予想より似合っていた。
「なんて言ってくれるかな。」
一緒に出かけるのが楽しみになってきた。この楽しみさは元彼とメッセージをやりとりしていた時に似ている。
ピロン。
またメッセージの通知音で目が覚めた。もう相手はわかっている。だから無視しようとしたが、続けざまにメッセージが来て無視出来なかった。もし違う人だったら申し訳ないし。
【おはよう!起きてる?】
【今日、待ち合わせの時間少し過ぎる電車でも大丈夫そ?】
でも相手はやはり今村さんだった。時刻は六時四十分。この間メッセージしてきた時とさほど変わらない。なんでこんなに早起きなのだろう。
【おはよう。メッセージの通知の音で目が覚めました】
【いいよ、何時でも】
そう返し、ベットから出た。このままベットに居たら二度寝して、遅刻しかけない。一人暮らしを始めてから朝に急いでやる事がなくなった分、早く起きるという事が出来なくなってしまった。
【それはごめん...】
【時間ありがとう!それじゃあ、ゆっくり寝てください】
「寝れる訳ないだろ!!」
一人ツッコミが家に響いた。
「よし、行くか。」
朝起きて、のんびり家の事を終わらせてから家を出た。メイクも髪型も綺麗に出来た。気付いてくれるかな。
「あれ、佐藤さん?」
ドキドキしながら電車に乗り込むと、窓際に立っていた今村さんに声を掛けられた。
「今村さん。同じ電車だったんだね。」
「ね。あ、席空いたよ。座りな?」
「ありがとうございます。」
並んで座ると一気に緊張が押し寄せてきた。相手も私服で、いつもと印象が違うからだろう。
「佐藤さん、私服だと印象変わるね。可愛い。」
「へぇ!?」
まさかすぐ服の事を言われるとは思っていなかった。だから自分でも驚く程、変な声が出てしまった。
「なにその声。面白い。」
今村さんは電車の中だからか、控えめに笑った。
「だって急に服の事褒めるから...」
「バイトの服装とだいぶ違うから気付くよ。スカートの方が好きなの?」
「うん。楽だし。」
「でも足寒くないの?」
「若いから耐えられるのよ。」
「なるほど。ずっと気になっていた謎が解けたよ。ありがとう。」
そんな事気になっていたのかと言いかけたが、人それぞれ気になるものは違うから言わないでおいた。
「お役に立てて良かったよ。そう言う今村さんも私服だと印象変わるね。似合ってるよ。」
今日の今村さんのコーデは、紺色のフード付きパーカーに黒のズボンと簡素な服装だ。カフェの制服も似合っていない訳ではないのだが、私服の方が私好みだ。
「そう?だけど男性ってみんなこんなもんじゃない?」
「まあ確かに。あ、着いたね。」
バイト先の駅に着き、電車から降りて改札に向かう。いつもは一人で歩く所を、今日は二人で歩いている。それがなんだが青春だなと感じた。
「今日人多いね。」
目的地の喫茶店は、バイト先の最寄りから電車を乗り換えなければいけない。そこに向かって歩いている時にぽつりと今村さんが呟いた。
「ね。なにか近くでイベントでもあるのかな。」
「どうなんだろ。あ、危ないよ。」
慣れないブーツで人とぶつかりそうになっていると、今村さんが肩を抱き寄せて守ってくれた。そんな事初めてされたからドキっとした。
「あ、ありがとう...」
「ブーツで歩くの大変だったら、俺の服掴んでもいいよ。」
「やだ。小さい子供みたいじゃん。自分で歩けるもん。」
これ以上今村さんとくっついていたら、心臓がもたない。離れようとすると手を掴まれた。
「見てて危なっかしいんだって。服が嫌なら手繋ご。」
これ以上なにも言わせないとばかりに力強く手を握ってきた。
ここでまた拒否をしてしまえば、相手は嫌われたと思うだろう。嫌っている訳ではないのだ。ただ私の心臓がもたないってだけの話。
「こんな事して彼女さん怒っちゃうんじゃないのー?」
普通に手を繋ぐのもなと思ってからかってみた。
「今俺、彼女居ないよ。だから大丈夫。」
「え、居ないの?」
私の元彼がクズとかの話をした時はいそうな口ぶりだったからからかったのに。
「ここ一年ぐらい居ないよ。」
「居たら私と出かけられないか。」
「んー、まあそうだね。やっぱり彼女が居たら不安にさせたくないし。」
「おぉ...」
本当にこういう男性居るんだ。私が付き合った元彼は全員、彼女が居ても友達だからと言って異性の人と出かける人ばかりだった。相手はお前の事友達とは思ってないよと思いながらも送り出していた。それで嫌われたくなかったから。でもどうせ別れるならもっとわがまま言っておけば良かった。
「今村さんと付き合える人は幸せだね。」
「そう?これぐらい普通だよ。」
「じゃあ私が今まで付き合った人がおかしかったのかな?」
「好きって人それぞれだからね。俺は付き合ったからにはその人の事を俺なりに大事にするつもりで付き合ってたよ。」
「元彼たちに爪の垢を煎じて飲ませたいから頂戴?」
「やめとけやめとけ。俺よりいい男は居るから。ほら、榊さんとかさ。」
榊さんとはあまりシフトが被らない。だからどういう人間なのかよくわからない。ただみんなは榊さんの事優しくて、男として出来ていると言っている。
「あの人よくわかんない。」
「そっか、あんまりシフト被ってないのか。今度被ったら話してみな。面白いよ。」
「んー」
榊さんの見た目が好きではない。カフェの店員ってより、バーテンダーをやっていそうだ。
「あの人いくつなんだろ。三十近い?」
「いや、俺より一つ下だよ。」
「え!?」
電車の中だが大きな声が出てしまった。幸い、周りに人が居なくて助かった。
「あの人そんなに若かったんだ...。まじで人を観察する力が無さすぎる。」
「榊さん、大人っぽいもんね。塾の講師だし。」
「あ、塾の講師なんだ。」
先程から新しい情報ばかりだ。私は基本、バイト先の人とそこまで仲良くしない。仲良くなって、遊びに行ったりするのが面倒臭いから。だから前に、私と関わりずらいって話しているのを聞いた事がある。仕方ないではないか、一人で居る方が楽なのだから。
「佐藤さんはさ、もっと人に興味もちな?」
「でも今村さんの事は興味もってるよ。」
「俺だけじゃなくて、他の人にも興味をもちなさい。」
「努力します...」
渋々頷くと、今村さんは満足そうに頷いた。
「ここみたいだね。」
電車から降り徒歩五分。目的地の喫茶店に着いた。周りの建物と比べると、レトロな感じだ。それはお店の中に入ってもそうだった。よく漫画とかで出てくる、昔ながらの喫茶店だ。
「オシャレなお店だよね。何食べよっかなー」
すぐ席に通されメニューを開く。ここ数日、ろくな物を食べていなかったから全部美味しそうに見える。
「ここさ、元カノと来たいねって言ってたんだよね。」
「来る前に別れたんだ?」
「それがさ、行く約束して駅で待ってたんだよ。そしたら時間になっても来なくて。連絡したら別れよって。」
「最低最悪の元カノじゃん。女見る目無さすぎ。」
「佐藤さんに言われたくないし。」
「その言葉そっくりそのまま返しますー」
「うざっ!」
内容はともかく、このやり取りを傍から見たらカップルに見えるのかな。
「俺決まったわ。佐藤さんは?」
メニューをパラパラ捲っていると今村さんが聞いてきた。
「オムライスにする!ちなみに今村さんは何にしたの?」
「俺はカツサンド。デザートは?」
「悩んだけどそんなに食べられないからやめた。」
「なら俺と半分こしよ。そしたら食べられそう?」
「それぐらいなら食べられるけど、今村さんそんなに食べられる?」
「いけるよ。どのデザートにするの?」
「チョコレートのパンケーキ!」
パンケーキだけだったら一人でも食べられる大きさなのだが、フードを食べるとなると厳しい大きさだ。こういうのがあるから誰かとご飯に行くのは好きだ。
「俺もそれにしようと思ってた。奇遇だね。」
「え、逆に足りる?」
「俺、この後友達と会う約束してて、そこでも多分ご飯食べるから大丈夫。」
「あ、そうなんだ。人気者だねぇ。」
「大学生ですからね。店員さん呼んでもいい?」
「いいよ。あ、私の分の注文もお願いしてもいいですか?」
「もちろん。」
呼び鈴を鳴らすとすぐ店員さんが来た。今村さんは私の分の注文も嫌な顔せずしてくれた。
「注文ありがとう。人と話すの苦手だからさ、一人だとタブレットのある店しか行かないんだよね。」
「苦手なの?てっきり得意なのかと思ってた。」
「仕事でお金貰ってるからきちんとするだけであって、そうじゃなかったら人と話すなんてしないよ。」
私は人と接するのが好きではない。やろうと思えば出来るし、彼氏とかも欲しいと思うから人間不信ではないと思う。ただ面倒臭いから接したくないだけ。
「じゃあ今、俺と居るのも嫌?」
今村さんが不安そうに聞いてきた。そういえば、このお出かけは今村さんがお礼をしたいからと言って始まった事だった。
「ううん、嫌じゃない。むしろ楽しいよ。」
「それは良かった。」
安心したのかいつもの笑顔に戻った。
その笑顔を、ずっと私だけに向けてくれたらいいのに。
...なにを考えているのだ、私は。ちょっと優しくされただけでチョロくないか?
「そういえば佐藤さんって一人暮らしなんだっけ。」
「あ、うん、そうだよー」
恋心に気付いた今、今村さんの顔をまともに見れない。
「一人暮らしってやっぱ快適?」
そんな私を気にせず今村さんは会話を続けた。
「あれ、一人暮らししてるって話したっけ?」
「店長が教えてくれた。」
「なるほどね。お金の面では大変な部分もあるけど、基本的には快適だよ。」
「へぇー。いいね、一人暮らし。俺もしてみたい。」
「今は実家暮らし?」
「うん。親が大学卒業までは家に居てもいいよって。」
「そうなんだ、いいねぇ。私は親との折り合いが悪くて一人暮らししてる。」
「そうだったんだ。でもその歳で一人暮らししてなんとかなってるんだから凄いよね。頑張ってるよ。」
「え...」
初めて一人暮らしをしている事に対して褒められた。褒められて、不覚にも涙が出そうになった。
そっか、私は頑張ってるねって褒めてもらいたかったんだ。
「なんか俺、変な事言っちゃった?」
感情の整理と涙が出ないように必死に耐えていると、今村さんが聞いてきた。
「ううん、大丈夫だよ。初めて一人暮らししてる事で褒められたなって。」
「そうなの?みんな言わないだけで思ってるよ。」
「ありがとう。」
話のきりがいい所で料理が運ばれてきた。よく考えてみたらここ三日間、なにも食べていない。一人暮らしするとどうしても食の時間を削ってしまう。
「美味しそう...写真撮ろ。」
「撮ってあげるよ。」
「料理の写真だけだから大丈夫。それに私、自分の写真撮るのも撮られるのも好きじゃない。」
「その歳にしては珍しい。」
「写真のホルダーに自分が居ると嫌になるんだよね。あぁ、こんなブスが居るんだって思っちゃうから。」
「佐藤さん全然可愛いけどね。感じ方は人それぞれだからなぁ。」
「ちょっ、ちょっと?私の事可愛いって言った?」
「言った。」
「初めて言われた!」
冗談抜きで生まれて初めて可愛いと言われた。親には可愛くないと言われ、元彼にも可愛いと言われた事はなかった。
「えぇ?元彼に言われた事ないの?」
「うん。親にですらお前は可愛くない、ブスの分類だって言われてた。」
「どうして佐藤さんの周りは変な人しか居ないの...」
「そういうのを引き寄せるタイプなのかもね。写真も撮れたし、いただきます!...ん、美味しい!」
ここのオムライスは昔ならではの固めだ。ファミレスとかにあるトロトロのも好きだが、どちらかと言うと固めの方が好きだ。実家に居た時に作ってもらってたのが固めのやつだったからだろう。
「それは良かったよ。」
「カツサンドも美味しい?」
「美味しいよ。一切れ食べてみる?」
「デザート食べられなくなっちゃうから大丈夫。ありがとう。」
「わかった。」
ぼちぼち会話をしながら食事を進めた。人と会話をしながら食事をする事が最近なかったから、かなりお腹いっぱいになったがなんとか食べ切った。
「良かった、食べ切れた...」
「少食なの?」
「なのかも。それか三日間なにも食べてなかったから少しの量でもきつく感じるのかな。」
「え!?なんで食べないの!ちゃんと食べないとダメだよ。」
軽く怒られて、子供みたいに言い訳をした。
「食べるの面倒臭いし、ほら、私ってそんなに痩せてるって訳じゃないから大丈夫かなーって。」
「佐藤さんは痩せてるよ。そうじゃなくても食事はしないとダメだよ。いつか倒れるよ。」
「そしたら助けてね。」
「俺の近くに居たらもちろん助けるけど、いつも近くに居れる訳じゃないんだからしっかり食べて。」
「頑張ってはみる。」
「俺、これから毎日佐藤さんになに食べたか聞くね。」
曖昧な返事をしている事がバレたのかにこにこ笑顔で言われた。
「食べてない日があったらどうするの?」
「土下座で一時間説教かな。」
「やだから、食べてなくても食べたって嘘ついとくね。」
「画像送ってもらうし、怪しいと思ったら佐藤さん家に乗り込みに行くから大丈夫。」
「怖い!絶対住所教えないから!」
「店長に聞くから大丈夫。多分あの人なら教えてくれるよ。佐藤さんが危ないんでとか言えば。」
「プライバシーの欠片もないじゃん!」
「はは。それが嫌ならちゃんと食べなさい。そうじゃなかったらまじで乗り込みに行くからね。」
本気か嘘かわからないから怖い。もしそれで店長も私の家を教えたら色々とやばい。
「たった数ヶ月バイトが一緒なだけの人になんでそこまでしようとするの?」
ふと気になって聞いた。これが長年の友達とかだったらわかるけど、今村さんとは数ヶ月一緒に働いただけだ。
「佐藤さんには色々お世話になってるからさ。バイトでは恩返し出来ないから、こういう所でさせて。」
今村さんと出会った時から思っていたが、本当に律儀な人だ。バイトでお金が発生するからきちんとしているだけなのに。
「今村さんって生きるの大変そう。」
「そう?俺、今結構幸せだよ。」
持論だが、自分で幸せと言う人は大体幸せではない。そう言って自分を納得させようとしているだけだ。
「そっか。」
けれどそれは言わないでおいた。結局は持論だから。本当に幸せで口に出す人も居るかもしれないし。
「そろそろデザート頼んでも大丈夫そう?」
「あ、うん!食べられそう。」
「なら頼んじゃうね。」
店員さんを呼んでからパンケーキが出てくるまで時間がかかるかと思っていたら、すぐ出てきた。これには二人で驚いた。
「え、早くない?」
「早いね。パンケーキ本体は作ってないのかもね。」
「まあ、そんなもんだよね。」
私が前にやっていたバイト先もパンケーキがあった。それも冷凍で来ていて、注文が入ったらレンジで解凍してトッピングをする物はして提供していた。パンケーキ専門店ではなかったらそんな物だろう。
「作り方はどうであれ、結局は味だよね。佐藤さん半分にして大丈夫そ?」
「これの四分の一がいい。」
「え、少なっ!」
「だって実物を見たらお腹いっぱいになっちゃったんだもん。」
匂いと見た目だけでお腹いっぱいになってしまった。良かった、一人の時に注文しないで。
「今までの話を聞く限り、食べる事自体が偉いからね。いいよ、食べられる分だけ食べな。」
「ありがとう...」
今村さんはパンケーキのカットをしてくれて、綺麗に切れてる部分をくれた。
「ごめんね、汚くなっちゃった。」
「そんな事ないよ。綺麗だし、そもそも食べたら形なんてなくなるんだから気にしないし。」
「まあ確かに。」
飲食店で働いてる人間の発言とは思えないが、仕方ない。こんなでも前のバイト先ではパフェを作っていた。
「ん!美味しい!」
「ね、美味しいね。バニラアイスがいいアクセントになってる。」
「でも甘すぎて一個は絶対食べきれなかった...」
王道なプレーンのパンケーキの上にバニラアイスとホイップクリーム、チョコレートソースがかかっている。美味しいのだが、甘すぎる。もしかしたらなにも食べずこれだけ食べても食べ切れなかったかもしれない。何度も言うが、甘すぎる。
「甘いの苦手?」
「好きだよ。だけどあまりに甘すぎるのはちょっと嫌かも。」
「へぇー。俺、甘ければ甘い分だけ好きだからそんな人も居るんだ。」
「居るんだよ。こういうのが食べられないから私、可愛い女の子に近付けないのかなぁ。」
可愛い女の子は大体、クレープとかパンケーキを食べているイメージだ。そこにかけるお金が勿体ないと感じてしまうし、匂いだけでお腹いっぱいになる。
「佐藤さんは可愛いよ。誰がなんと言おうと、絶対。」
可愛いと言われて育たなかった私にとって、可愛いっていう言葉をかけられると嘘に感じてしまう。けれどしっかり私の目を見て言う今村さんの言葉が嘘だとは思えなかった。
「ありがとう。かっこいい今村さんに言われたら自信出てきたかも...!」
「俺の事かっこいいと思ってくれてたのね。ありがとう。」
にこっと微笑まれて、私の心は鷲掴みにされた。
...あぁ、私この人の事かなり好きだなぁ。ずっと一緒に居てほしい。離れたくない。
今までそこそこの人数と付き合ってきたが、こんな想いになったの初めてかもしれない。
「じゃあそろそろ帰る準備する?」
帰りたくない。こんなに楽しかったのに帰ったら一人なんて。この人と一緒に帰れたらいいのに。
「うん、そうだね!美味しかった。」
でもそんな事を言えるはずもなく。元気に頷いた。
「それは良かったよ。あ、伝票貸して。」
伝票を持って席を立つと半ば奪われる形で伝票は今村さんの手に行ってしまった。そしてそのままレジに行ってしまい、スマホ決済で支払ってしまった。
「自分の分は払うよ。」
お店を出てから今村さんに声を掛けた。彼氏でもない人に奢ってもらう程人間性を捨てていない。
「いやいや、シフト代わってもらったお礼なんで。本当に助かりました。」
「今村さんさ、他の人にシフト代わってもらってもお礼するの?」
「うーん、するかも。」
「破産するよ?次シフト代わったのが私だった場合、お礼しなくていいからね。」
「もしかして今日楽しくなかったですか?」
しゅんとしている姿に心がキュンとなった。だが違う。私が言いたいのはそういう事ではない。あと私より歳上なのだから敬語を使わないでほしい。私が敬語も使えない人間だと思い知らされる。
「楽しかったよ。でもそのままだとお金無くなっちゃうよ。私よりシフト入ってるの少ないでしょ?」
「そうだけど...」
「じゃあ今度は普通に遊び行こ!」
それでも納得していなさそうだったからそう提案した。今回はお礼という名目で一緒に出かけられたが、そうではなかったら出かけられないかもしれない。そうしたらこの想いを伝える場がなくなってしまう。
「おぉ、いいね。今度は佐藤さんの好きな所行こ。」
「私ね、水族館行きたいんだよね。」
「水族館いいね。最近行ってないかも。」
「去年、元彼と行こうとしてバックれられて、一人で行ったかな!しかも大雨の中!」
「可哀想すぎる。今年はちゃんとした人と行きなよ?」
「今村さんと行くから大丈夫だと思う!信じてる!」
「大学が忙しくなるから今すぐは行けないけどそれでもいい?」
「全然いいよ。むしろ今村さんが空いてる時に声掛けてくれれば予定空けるよ。」
「ありがとう。」
話してて本当に楽しい。私を大事だと思っているのが伝わってくる。
この人、私の事好きなのかな?そうじゃなかったらお礼とか言って一緒に食事なんて行かないよね?水族館行く約束もしないよね?
自分にとって都合のいい事しか考えていないのは自分でもわかっている。けれど今村さんの行動を見ていると、そう思われてもおかしくない動きしかしていない。
もしかして次なにかで二人きりになった時に告ればいけるのでは無いか...?彼女居ないって言ってたし。
「それじゃあ今村さん、またバイトでね。」
電車の中はそこそこ混んでいて、二人で立って乗っていた。だから会話なんて出来なくて気付いたら私の最寄り駅に着いていた。
「あ、そっか、ここか。うん、またバイトでね。足、気を付けて帰るんだよ。」
「ありがとう。今村さんこそ次の予定、気を付けて行くんだよ。」
「ありがとう。」
お互い見えなくなるまで手を振り、私は一人ホームに残された。
決めた。次なにかで二人きりになった時に告ろう。あんなに良い人なのだから、大学が始まったらすぐ彼女が出来る気がする。もし彼女が出来て、告っておけば良かったと後悔したくない。やった後悔よりやらなかった後悔の方が私の場合、心がモヤモヤする。
どんな結果になったとしても後悔はしない。
「佐藤さん、最近今村君とどうなの?」
今村さんと出かけてからもうすぐ一ヶ月が経とうとしていた頃。裏で納品の片付けをしていると、坂本水樹さんがにやにやしながら聞いてきた。
「どうもなってないですけど?」
どうしてそんな事を聞いてくるのだろうか。私と坂本さんは仕事の話はするものの恋愛とか、そういうプライベートの会話をした事がなかった。
「そうなの?」
目を大きく開けて驚いている坂本さん。私がその表情をしたい。
「逆になんでそう思ったんですか?」
「だって今村君、佐藤さんと二人で出かける前うちに相談してきたんだよ。」
「え!?」
二人で食事に行く事になったのは急だった。それなのに相談していたとは。というか、なんの相談をしていたのだろう。
「明日佐藤さんと出かける事になったんですけど、なにを話したらいいですかって。」
私の心情を読み取ったかのように坂本さんが答えた。
「そうだったんですね。」
「うん。出かけた後、今村君が楽しかったって言ってたからその後どうなったのかなーって思って。」
「今村さん、坂本さんに結構話してるんですね。」
今村さんが私との事を人に相談しているなんて考えた事なかった。人に相談しているぐらいなのだから、脈アリだと思ってもいいのかな。
「それほど佐藤さんの事気になってるんだよ!他の皆も付き合っちゃえって言ってるよ。佐藤さんもその気があるなら、早く告っちゃいなよ!」
「はは、そうですね。それじゃあ、私上がる時間なんで。お疲れ様です。」
「お疲れ様!またなにか進展あったら教えてねー」
「はは...。」
苦笑いをして退勤を押し、カフェを出た。
「早く告れ...か。」
一緒に出かけてから今村さんとはシフトが被っていない。だからそもそも会えていないのだ。それなのに早く告れは中々難しい。
メッセージでも想いを伝える事は出来るが、今村さんに想いを伝えるならメッセージより直接の方がいい気がする。
万が一振られても、バイトが一緒だから今後も付き合っていかないといけない。メッセージだとお互いの表情が見えないからどう思っているかわからないが、直接だと表情が見えるから今後どう付き合っていったらいいのかわかる。
「今度いつ今村さんに会えるかな...」
「あれ、佐藤さん?」
カードキーを窓口に返し自販機近くのベンチに座っていると、ちょうど考えていた人が横に居た。
「今村さん!?なんで居るの!?」
今村さんの事を考えすぎてついに幻覚を見てしまったのかと思ったが、ちゃんと本物の今村さんだった。
「昨日出勤した時に腕時計ロッカーに忘れちゃって。それ取りに来た。それじゃあまたね。」
「待って!今村さん、この後時間ある?」
今村さんを引き止めたのは、シフトが被っている日があまりにもないからだ。だから今日会えたのもなにかの縁だ。想いを伝えるなら今日しかない。
「ないよ。なんで?」
「一緒に散歩しようよ。私最近、バイトにあんまり入ってないから運動不足で。」
「あぁ、いいよ。俺もちょうど運動しようと思ってたし。」
「ほんと?良かった。なら早速行こ!」
ベンチから降りて先を歩き始めた。にやけ顔を今村さんに見せない為だ。
時刻は午後十七時。真冬だからか外はもう真っ暗だ。散歩に不向きな気もするが、他に一緒に居る口実が思い浮かばなかった。
「そういえば佐藤さん、なんで最近シフトあんまり入ってないの?」
横に並んだ今村さんが聞いてきた。横に並ぶと身長差がかなりある。
「実はさ、ドクターストップかかっちゃって。」
そう、私がここ最近シフトに入れていないのはドクターストップがかかってしまったからだ。
食べ物を食べたらすぐ気持ち悪くなる、身体がふらつく事が頻繁にあっていささかやばいと思って病院に行くと、働きすぎと言われてしまいドクターストップがかかったのだ。
幸い、ドクターストップがかかった日にシフト提出だったから元々入っていたシフトに傷を付けなくて済んだのは我ながら運がいいと思う。
「そうだったの?それなのに今日働いて大丈夫だったの?」
「連勤をしなければ働いてもいいって言われてるから大丈夫!」
「それならいいけど。もししんどかったら言ってね。俺が代われる日は代わるから。」
「ありがとう!」
こんなに優しい人、今まで出会った事ない。優しくされたから好きになるなんて我ながらちょろいと思う。けれど好きになるのに理由なんてないし、好きになった想いは誰にも止められない。
「ねぇ、今村さん。私今村さんの事好きだよ。」
今村さんの隣を歩きながら。普通の会話をするかのように自分の想いを伝えた。
「それは恋愛として?」
そう聞いてくる今村さんの声はいつも通りだっだ。もっと驚いてくれるかと思ったのに。
「うん。恋愛として今村さんの事好きだよ。」
「そっか。気持ちは嬉しい。ありがとう。ただ...」
今村さんが立ち止まった事に気付かず、私が数歩先を歩いていた。隣に居ない事に気付き振り返ると、申し訳なさそうな表情をしながら今村さんは立っていた。
「ごめん、友達でいてほしい。」
...私、振られたんだ。
今村さんの言葉を理解するまで少し時間がかかった。まさか振られるなんて思っていなかったから。
「そっか...わかった!」
そう元気に返事をして、先を歩き始めた。
脈アリだと思ってた。周りの人から見てもそう思われてた。なのに振られた。
「うっ...ぐす...」
涙が堪えきれなくて、路地に入ってしゃがみ込んだ。
初めて人に振られた。と言っても、今まで付き合ってきた人たちは皆、私に告白してきた。だから自分から告白するっていう事自体初めてだった。初めてが振られるなんて。これが漫画とかの世界だったら付き合えるのだろう。やはり現実はクズだなという事を改めて実感した。
「ひっ...ぐす...」
なるべく声を出さないように泣いているから呼吸がしずらい。
こんなに泣くって事は、今村さんの事凄く好きだったんだなぁ。元彼に振られた時ですら泣きはしなかった。それを考えると、今まで付き合ってきた人たちの事はさほど好きではなかったのだと知った。
「佐藤さん。」
泣き疲れてウトウトし始めた頃。誰かに名前を呼ばれた。
「今村さん...」
私の名前を呼んだのは振った張本人の今村さんだった。
「帰ったんじゃないの?」
私が歩き始めてもついてこなかったから、帰ったのかと思ってた。逆に帰っててほしかった。こんな涙でぐちゃぐちゃになった顔、好きな人に見られたい訳ない。
「帰ってないよ。こんな寒空の中、佐藤さんを一人にしておけないよ。」
そう言うと今村さんは着ていたコートを私にかけた。その行為で再び涙が出てきた。
「振ったくせに優しくしないでよ。勘違いするじゃん。」
「確かに振ったよ。だけど俺は佐藤さんの事、大事な友達だと思ってる。だから放っておけない。」
...あぁ、この人はずるい。こんな思わせぶりな態度を取っておいて振って、でも大事な友達だと言って。どれだけ人の心を揺さぶれば気が済むのだろう。
「ほんっと、今村さんって天然タラシだよね。」
「そう?そんな事ないと思うけど...」
「そのタラシで一体どれぐらいの女の子が被害にあったんだろうね!」
自覚していないタラシ程怖いものはない。今村さんのタラシ被害にあった女性も数多いだろう。
「タラシかどうかは置いといて、告られたのは初めてだよ。」
「きっと皆、告らないで泣く泣く諦めたんだよ。私はそれが出来なかったから告ったんだけどね!」
私は勢いよく立ち上がり、路地を出た。泣いたらスッキリしたし、今村さんがあまりにいつもと変わらず接してくれるからなんだか元気が出てきた。
「待って、送るよ。」
今度は追いかけてきた。そういうどっちつかずの態度を取られると諦められなくなる。
「そういう態度取られると諦められなくなるけどよろしい?」
普通、こういうのは聞かないでおくのだろう。でも私の性格上聞かずにはいられなかった。
「佐藤さんが辛くなければ諦めなくてもいいよ。ただ期待はしないでね。」
「なら思わせぶりな態度取らないでよね。」
「えぇ...どれが思わせぶりなの?」
「やっぱり天然タラシだ!」
二人で顔を見合せて笑った。
私は確かに振られた。けれど好きになった事を後悔していないし、告った事も後悔していない。
「私、今村さんを好きになって良かった!」



