さらに二週間ほどが過ぎた。
庸介は相変わらず学校が終わると病院に寄っていた。時々、綾がメールを送ってきて一緒に行くことがあった。
病室には必ず秀二の母親がいた。母親だけではない。週末には父親もいたし、兄の隆一も時間を見つけては顔を出しているようだった。
隆一にベッタリだったはずの秀二の母は、なにをすることもなく、ただじっと秀二の手を握りしめ、その顔を見つめていた。
そんな姿が憐れに思える庸介だったが、苛立ちも大きかった。
(こんな姿になってからじゃ遅いよ。もっと早く、秀二のことを思ってやったら、秀二だって追い詰められたりしなかったのに。だけど、皮肉だな。今は親も、兄貴も、秀二中心で回っている。みんな、秀二のことを考えて、祈って……)
秀二の顔を見下ろしつつ、そんなことを考える。だが、すぐに気持ちを切り替えた。
(秀二、俺がお前にできること、理衣に言われてからずっと考えてきた。なにができるのか。まずは、お前に信頼してもらえる男になろうと思う。お前が無条件で、『庸介だけはどんなことがあっても、信用できる男だ』って言えるように。『やればできるヤツなんだ』って胸を張れるように)
見つめ続ける秀二に変化はない。
蒼い顔をしたまま、目を開けることもなく、そんな気配すらなく、ただ眠っている。
(だから、まず、目の前にある受験ってヤマを、全力を尽くして乗り越える。どこまでいけるか全然わからないけど、ありったけの力を尽くして頑張るよ。お前がいつ目を覚ましても、『すげぇじゃん』って、言ってくれるように。だからさ、秀二、早く目を覚ませよ。一緒に勉強しよう)
庸介は秀二の母に軽く頭を下げ、病室を後にした。
「理衣」
病院の外に理衣の姿があった。
「今日も来ていると思って待っていたの」
「うん」
「容態は?」
首を左右に振る。
「そう」
暗い顔をする理衣に笑顔を向け、元気いっぱい言い放った。
「考え方変えた。今日も目覚めなかったじゃなく、今日もちゃんと生きていてくれたって思うことにした」
「…………」
「タイミングいいよ。理衣に話したいことがあったんだ」
二人は病院裏の川沿いの土手に足を運び、そこで腰を下ろした。
「今日、担任に進路の話をしてきた。秀二が目指していた東大はどう足掻いても難しいって言われた。だけど、秀二目指して、東大コースで勉強する。浪人はしたくないから、引っ掛かった大学に行くつもりだけど、とにかく全力で頑張る」
「庸介君」
「学部も考えた。今はなにになりたいか、まだわからない。だから経済学部かなって思う。でも、勉強しつつ、考える。どういう職業に就くのが、理衣にはいいのかなぁって」
「え? 私?」
コクリと頷き、それから真っ直ぐ理衣の顔を見つめた。
「姉貴も理衣も、芸術家だろ? そっちに進むなら、どんな職業がいいのか、よく考える。担任に言われたんだ。トラブルから守るなら弁護士。理衣が事務所を構えるなら、経営者か、税理士か。売り込むなら営業やマーケでもいいって。経済学部に行くなら、法律系の線はなくなるけど、大学四年間でじっくり考えたい」
「…………」
「今は言わない。受験に全力を尽くす。だけど受験が終わるまで、カレシとか作らないでほしい。俺、受験に成功したらちゃんとコクるつもり。だからコクる前に終わってるって状態にはしないでほしいんだ。今のままでいてほしい。」
目を丸くする理衣をじっと見つめてそう言った。
「庸介君、それって告白だよ」
「うんって言われても、今はつきあえないから、告白じゃない。俺が勉強に没頭している空白の時間に、理衣が他のオトコのモノになったら困るから。安心して打ち込めるように、来年まで、今のまま、変わらないでほしいっていう、ただのお願いだ」
二人はどちらからともなく手を繋いだ。
「とにかく、頑張る。持ってる力、全部出して取り組む。秀二がいつ目を覚ましてもいいように、あいつが目を覚ました時、寝ていた間に俺が変わって、ボヤボヤしてられないって思わせないと。つまんねぇことしたって思って焦ってもらわないと。でもって、受験勉強に打ち込んで、希望の大学に入ってもらわないと」
「うん」
「もう二度と、こんなバカな真似はしないって、思ってもらわないと」
「そうだね」
「理衣、頑張るから」
「うん」
「秀二の分も、頑張るから」
「うん。大丈夫よ、秀二君も、きっと気がついて、目を覚ましてくれるわ」
二人は寄り添い、しばし流れる川を見つめていた。
庸介は相変わらず学校が終わると病院に寄っていた。時々、綾がメールを送ってきて一緒に行くことがあった。
病室には必ず秀二の母親がいた。母親だけではない。週末には父親もいたし、兄の隆一も時間を見つけては顔を出しているようだった。
隆一にベッタリだったはずの秀二の母は、なにをすることもなく、ただじっと秀二の手を握りしめ、その顔を見つめていた。
そんな姿が憐れに思える庸介だったが、苛立ちも大きかった。
(こんな姿になってからじゃ遅いよ。もっと早く、秀二のことを思ってやったら、秀二だって追い詰められたりしなかったのに。だけど、皮肉だな。今は親も、兄貴も、秀二中心で回っている。みんな、秀二のことを考えて、祈って……)
秀二の顔を見下ろしつつ、そんなことを考える。だが、すぐに気持ちを切り替えた。
(秀二、俺がお前にできること、理衣に言われてからずっと考えてきた。なにができるのか。まずは、お前に信頼してもらえる男になろうと思う。お前が無条件で、『庸介だけはどんなことがあっても、信用できる男だ』って言えるように。『やればできるヤツなんだ』って胸を張れるように)
見つめ続ける秀二に変化はない。
蒼い顔をしたまま、目を開けることもなく、そんな気配すらなく、ただ眠っている。
(だから、まず、目の前にある受験ってヤマを、全力を尽くして乗り越える。どこまでいけるか全然わからないけど、ありったけの力を尽くして頑張るよ。お前がいつ目を覚ましても、『すげぇじゃん』って、言ってくれるように。だからさ、秀二、早く目を覚ませよ。一緒に勉強しよう)
庸介は秀二の母に軽く頭を下げ、病室を後にした。
「理衣」
病院の外に理衣の姿があった。
「今日も来ていると思って待っていたの」
「うん」
「容態は?」
首を左右に振る。
「そう」
暗い顔をする理衣に笑顔を向け、元気いっぱい言い放った。
「考え方変えた。今日も目覚めなかったじゃなく、今日もちゃんと生きていてくれたって思うことにした」
「…………」
「タイミングいいよ。理衣に話したいことがあったんだ」
二人は病院裏の川沿いの土手に足を運び、そこで腰を下ろした。
「今日、担任に進路の話をしてきた。秀二が目指していた東大はどう足掻いても難しいって言われた。だけど、秀二目指して、東大コースで勉強する。浪人はしたくないから、引っ掛かった大学に行くつもりだけど、とにかく全力で頑張る」
「庸介君」
「学部も考えた。今はなにになりたいか、まだわからない。だから経済学部かなって思う。でも、勉強しつつ、考える。どういう職業に就くのが、理衣にはいいのかなぁって」
「え? 私?」
コクリと頷き、それから真っ直ぐ理衣の顔を見つめた。
「姉貴も理衣も、芸術家だろ? そっちに進むなら、どんな職業がいいのか、よく考える。担任に言われたんだ。トラブルから守るなら弁護士。理衣が事務所を構えるなら、経営者か、税理士か。売り込むなら営業やマーケでもいいって。経済学部に行くなら、法律系の線はなくなるけど、大学四年間でじっくり考えたい」
「…………」
「今は言わない。受験に全力を尽くす。だけど受験が終わるまで、カレシとか作らないでほしい。俺、受験に成功したらちゃんとコクるつもり。だからコクる前に終わってるって状態にはしないでほしいんだ。今のままでいてほしい。」
目を丸くする理衣をじっと見つめてそう言った。
「庸介君、それって告白だよ」
「うんって言われても、今はつきあえないから、告白じゃない。俺が勉強に没頭している空白の時間に、理衣が他のオトコのモノになったら困るから。安心して打ち込めるように、来年まで、今のまま、変わらないでほしいっていう、ただのお願いだ」
二人はどちらからともなく手を繋いだ。
「とにかく、頑張る。持ってる力、全部出して取り組む。秀二がいつ目を覚ましてもいいように、あいつが目を覚ました時、寝ていた間に俺が変わって、ボヤボヤしてられないって思わせないと。つまんねぇことしたって思って焦ってもらわないと。でもって、受験勉強に打ち込んで、希望の大学に入ってもらわないと」
「うん」
「もう二度と、こんなバカな真似はしないって、思ってもらわないと」
「そうだね」
「理衣、頑張るから」
「うん」
「秀二の分も、頑張るから」
「うん。大丈夫よ、秀二君も、きっと気がついて、目を覚ましてくれるわ」
二人は寄り添い、しばし流れる川を見つめていた。



