『実はさ、俺、その子にずっと伝えたかったことがあるんだよね。
病院で見かけたのに、チキッて声かけられなくてさ。そのまま俺、退院しちゃって。
だからこれは……うん、その子へのメッセージってことで。
ラジオ、聞いてくれるかなんてわかんないけど……もし、もしどこかで耳にしてくれるなら――ちゃんと伝えたいんだ、俺の言葉で』


――その瞬間、心臓が跳ねた。


まるで、胸のどこかをそっと指でなぞられたような感覚。
思わず、息を詰めてしまった。


『あの時泣いてたハレカ!
……俺、あのときのハレカの涙、たぶんずっと忘れない。
言いたいことも言えなくて、それでも誰かのために動こうとしてた。

でもな、俺……俺……ちゃんとわかってるから。
ハレカが頑張ってるってこと。ちゃんと、前に進もうとしてるってこと。
ほかの誰も知らなくても、俺はわかってるから。


だから、今言いたい。
……ありがとう。
あのとき、ハレカがいてくれて本当によかった。
ハレカがいてくれたから、今の俺がいるんだ。


これからはさ、自分のこと、後回しにしすぎんなよ。
たまには笑って、たまには弱音吐いて、自分のことも大事にしてよ。

……俺は、そんなハレカが見られたら、それだけで嬉しい。
ずっと......ずっと......祈ってるよ』


――あの時泣いてたハレカ......。


耳が痺れる。目の奥が熱くなる。
涙が出た。
次から次へと、勝手にあふれて、止まらなかった。


あの時の私を――見ていたの?


不格好で、どうしようもなくて、ただもがくだけしかできなかった、小さな私を。
頑張ってたって。ちゃんと見てたって。
そう言ってくれるの......?


誰かにそう言ってもらえる日が来るなんて、思ってなかった。
ありえないと......何も届かないと思ってた。
見てもらえるはずなんて、なかった。
でも、届いてたんだ。
気づいてくれてたんだ。
ちゃんと――私を、見てくれてたんだ。



――音声が終わった。


それでも私は、しばらく動けなかった。
耳にはもう何も流れていないのに、さっきまでの言葉が残響みたいに頭の中で繰り返されている。
手は膝の上で固まったまま、まばたきさえ忘れていた。
涙の痕だけが頬に残って、呼吸もうまく整わない。


――カチャン。


階下で玄関のドアが開く音がした。
反射的に顔を上げた、その直後。


「ただいまー」


夏生の声だった。
何気ない、いつもの、あの声。


ゆっくりと階段を上がってくる足音。
一つ、二つ、三つ……近づいてくるたびに、胸のどこかがざわつく。
そして、ドアが――開いた。
そこに立つ夏生と、目が合った。
お互い、言葉を飲み込んだまま、ほんの数秒――時が止まる。