『えー……俺はこの春、中学一年生になったばかりで……やっと退院して、ばーちゃんちでまあまあ楽しくやってます。ばーちゃんのメシは味がとにかく薄いけど、慣れたらこれはこれでアリかもって思う……ってこれ、コジンジョーホーってやつ? ま、いっか』


どこか照れくさそうな笑い声がスピーカー越しに響く。


『雨の日だけやるラジオって、なんかエモくね? ……俺さ、雨ってあんまり得意じゃないんだよね。嫌なことばっか思い出すし。なんか……きっとほかにもそういう人っているんじゃないかなって思って』


少しの沈黙。


夏生の声を、私はじっと聞いていた。
目の前のパソコンの画面には、ただ音の波形が静かに動いているだけ。
でも、そこから流れる言葉たちは、まっすぐに心の奥を叩いてくる。


『えーっと、なんでラジオ配信やろうかと思ったかというと……ある女の子との出会いがあったから、なんだよね』


一瞬、呼吸が止まりそうになる。


『……その子を最初に見たとき、ただ静かに泣いてて。誰にも気づかれないように、必死にこらえてる感じでさ。
俺、偶然見かけただけだったけど、なんか目が離せなかった。
そしたらその子、涙をぬぐって、ゆっくり立ち上がって――何も言わずに、前を向いて歩いてったんだよ。
……そのあと、病室でその子の声を聞いたんだ。妹に、すっごく優しい声で話しかけててさ。
自分だってきっとつらいのに、誰よりもそばにいようとしてた。
……すごくかっこいいと思った』


ドキッとした。
そんな子、知らないはずなのに。
なのに、なぜか――聞き覚えのあるような話だった。


夏生が「五年前に事故にあった」と言っていたことが、ふと脳裏をかすめる。
気づいた瞬間、息が浅くなった。
頭の片隅で、ひとつひとつの記憶がそっとつながっていく。
……でも、まさか――。


『それ見て、すげーなって思った。俺も、そうなりたいって。
……自分がつらくても、誰かを救える――って言ったら、大袈裟かもしんないけど……。
でも、誰かの力になれたらって思ったんだ。
だから配信を始めようって。
俺なんかの言葉で何かが変わるとは思ってないけど……それでも、この先、誰かが救われるって……信じたいんだ』


私は、ゆっくりとパソコンに向き直る。
そこにいるのは――私の知らなかった夏生。
でも、きっと、いつだって隣にいてくれた夏生だった。