「じゃあ、待っててねぇ」


そう言って、おばあちゃんはそっとドアを閉めて出ていった。
部屋には再び静けさが戻る。
何気なく机の方に視線をやると、開きっぱなしのパソコンの画面がふと目に入った。


画面には、あるフォルダが開かれていて――その中のファイル名のひとつが、目を引いた。


『♯01 ハレカ』


えっ。
……ハレカ。私の、名前?
どうしてそんなタイトルが、ここにあるの。
思考が止まりそうになるのを、なんとか抑える。
まさか、たまたま同じ名前ってこと……ある? いや、でも――。


指先が少しだけ震えた。
クリックするのは簡単。でも、それは見てはいけない気もして。
好奇心と罪悪感のあいだで、何度もカーソルが行き来する。
……それでも、知りたい。
怖いけど、見てみたい。
私は、ほんの少しだけ息を止めて――データを、クリックした。


ファイルを開くと、再生が始まった。


『ザアアアア……』


思わず画面を見直す。
映像ではなく、音だけ。
スピーカーから流れてきたのは――地面を静かに濡らしていくような、柔らかくて、冷たい雨の音だった。


……あれ? これって――。


耳が、心が、覚えていた。
私があの日、公園で聞いたあの雨音と同じだ。


『あー、あー、えっと……あれ? これって音入ってんのかな。わっかんねー……』


不意に、声が流れてきた。
瞬間、パソコンの画面を見たまま、体がぴくりと反応する。
それは、まだどこかあどけなさの残る声だった。
声変わりが途中の、少し高めで、不器用なしゃべり方。


――子供の、夏生の声だ。



『えっとー、こんにちは。はじめまして......でいいんかな? ナツキ、です。』


どこか頼りなくて、録音に慣れていない感じ。
もしかして、これは最初の頃の録音......なのかもしれない。
そう思わせるくらい、声もしゃべり方も拙くて。
でもなぜか、耳が離れなかった。


『......だーっ! やっぱわっかんねーわ! ひとりでしゃべるってムズくね? ......ダメだ、これ練習にしよ。うん』


あまりに夏生らしい、正直すぎる声に思わず――くすりと笑ってしまった。
肩の力が、ふっと抜ける。
画面の向こうにいた子供の夏生が、なんだかとても近くに感じられた。