︎︎ ︎☂︎︎︎ ︎☂︎ ︎☂︎ ︎︎☂︎
坂道を上がるにつれて、蝉の声が遠くなっていく気がした。
住宅街の隙間から、ちらちらと公園の木々が見える。そのすぐ先――あの柿の木が、見えてきた。
『ほら、あそこね。大きな柿の木があるのが俺んち』
前に、夏生がそう言って笑ったときのことを思い出す。
あのときは、まさか本当にここへ来る日がくるなんて思いもしなかった。
緊張してないふりをしながらも、手のひらには汗がにじむ。
でも、どこか心がふわふわしていて――不思議と足取りは軽かった。
柿の木は、前に見たときよりも葉が増えていて、空に向かって大きく枝を広げていた。
それがなんとなく夏生らしくて――つい、笑みがこぼれた。
――夏生、いるかな。
その先にある玄関は、まだ見えない。
でも、あの木の下に夏生がいるような、そんな気がした。
私は少しだけ息を吸い直して、歩幅をひとつ、大きくした。
門の前まで来て、チャイムを押すべきかどうか迷っていた、そのとき。
「……はれかちゃん?」
不意に声がして、びくっと肩が跳ねた。
声のする方を見ると、家の横の庭に一人のおばあさんがいた。
麦わら帽子をかぶり、しゃがみ込んで土をいじっている。
手には小さなスコップ。足元には、青々とした葉を広げたナスやトマトの苗。
畑……というほどではないけれど、小さな家庭菜園。
おばあさんは、ゆっくり立ち上がって、まぶしそうにこちらを見た。
「あの……」
思わず声を出しかけて、ハッとする。
――あの人、夏生のおばあちゃんだ。
ラジオで何度か出てきた、「口うるさい」って言ってた相手。
だけど実際に目の前にいるその人は、思っていたよりずっと穏やかな顔をしていた。
しゃがみ込んで畑のトマトを手入れしていた姿が、どこか懐かしいような――見たこともないのに、知っていた気がした。
「やっぱり、はれかちゃんだね?」
顔を上げたおばあちゃんが、にこっと微笑みかけてきた。
その目尻には優しげなシワが刻まれていて、土で少し汚れた軍手を外しながら、ゆっくり立ち上がる。
「夏生からよく話、聞いてたのよ。なんだか初めて会う気がしないわぁ」
えっ……話してた? 私のことを?
驚いて言葉が出ない私に、おかまいなしにおばあちゃんは続けた。
「夏生に用事かね? あの子、いまちょっと出かけててね……」
それならまた出直します、と言う前に、
「そうだわ、家に上がって待っててよ。ねっ?」
ぱん、と手を軽く叩いて笑うその勢いに、私は完全にのまれていた。
言葉は優しいのに、なぜか逆らえない雰囲気がある。
断る間もなく、私は門を押し開けられていた。
気づけば、夏生の家の玄関に立っている自分がいた。
……ほんとに、夏生のおばあちゃんだ。なんとなく、そう思った。
坂道を上がるにつれて、蝉の声が遠くなっていく気がした。
住宅街の隙間から、ちらちらと公園の木々が見える。そのすぐ先――あの柿の木が、見えてきた。
『ほら、あそこね。大きな柿の木があるのが俺んち』
前に、夏生がそう言って笑ったときのことを思い出す。
あのときは、まさか本当にここへ来る日がくるなんて思いもしなかった。
緊張してないふりをしながらも、手のひらには汗がにじむ。
でも、どこか心がふわふわしていて――不思議と足取りは軽かった。
柿の木は、前に見たときよりも葉が増えていて、空に向かって大きく枝を広げていた。
それがなんとなく夏生らしくて――つい、笑みがこぼれた。
――夏生、いるかな。
その先にある玄関は、まだ見えない。
でも、あの木の下に夏生がいるような、そんな気がした。
私は少しだけ息を吸い直して、歩幅をひとつ、大きくした。
門の前まで来て、チャイムを押すべきかどうか迷っていた、そのとき。
「……はれかちゃん?」
不意に声がして、びくっと肩が跳ねた。
声のする方を見ると、家の横の庭に一人のおばあさんがいた。
麦わら帽子をかぶり、しゃがみ込んで土をいじっている。
手には小さなスコップ。足元には、青々とした葉を広げたナスやトマトの苗。
畑……というほどではないけれど、小さな家庭菜園。
おばあさんは、ゆっくり立ち上がって、まぶしそうにこちらを見た。
「あの……」
思わず声を出しかけて、ハッとする。
――あの人、夏生のおばあちゃんだ。
ラジオで何度か出てきた、「口うるさい」って言ってた相手。
だけど実際に目の前にいるその人は、思っていたよりずっと穏やかな顔をしていた。
しゃがみ込んで畑のトマトを手入れしていた姿が、どこか懐かしいような――見たこともないのに、知っていた気がした。
「やっぱり、はれかちゃんだね?」
顔を上げたおばあちゃんが、にこっと微笑みかけてきた。
その目尻には優しげなシワが刻まれていて、土で少し汚れた軍手を外しながら、ゆっくり立ち上がる。
「夏生からよく話、聞いてたのよ。なんだか初めて会う気がしないわぁ」
えっ……話してた? 私のことを?
驚いて言葉が出ない私に、おかまいなしにおばあちゃんは続けた。
「夏生に用事かね? あの子、いまちょっと出かけててね……」
それならまた出直します、と言う前に、
「そうだわ、家に上がって待っててよ。ねっ?」
ぱん、と手を軽く叩いて笑うその勢いに、私は完全にのまれていた。
言葉は優しいのに、なぜか逆らえない雰囲気がある。
断る間もなく、私は門を押し開けられていた。
気づけば、夏生の家の玄関に立っている自分がいた。
……ほんとに、夏生のおばあちゃんだ。なんとなく、そう思った。
