彼女の言葉が、静かに染み込んでくる。


――ウイばっかり。私だって、ひとりで寂しいのに。


そのつぶやきが、まるで俺自身の声みたいに聞こえた。
誰にも言えなかった気持ち。
口に出したらダメだと思って飲み込んできた言葉。


ああ、俺も――ずっと、そうだったんだ。


ひとりで寂しくて、誰かに気づいてほしくて。
でも「兄だから」「しっかりしなきゃ」って思い込んで、
何も言えずに、ずっと黙ってた。


彼女の涙に、自分の孤独が映った気がした。


誰かの影に置き去りにされたような気持ち。
言葉にならないまま、ただ胸の奥に沈めてきた想い。
それが、いま目の前の涙と重なって――どうしようもなく苦しくなった。


だけど、その次の瞬間、彼女はゆっくり顔を上げた。
袖でそっと目元を拭い、何事もなかったように息を整える。
そして、キッと前を向いて、ふらりと立ち上がった。
何も言わず、まっすぐな足取りで歩き出す。


その姿に、思わず息を呑んだ。


俺と同じくらいの年のはずなのに。
さっきまで泣いていたのに。
それでも、自分の足で前に進んでいくその背中が――どうしてだろう、すごく大きく見えた。


まるで、自分の弱さを映されたみたいだった。


︎︎ ︎☂︎︎︎ ︎☂︎ ︎☂︎ ︎︎☂︎


彼女の名前が「ハレカ」だということは、すぐにわかった。
隣の病室の患者の家族だってことも。
名前を呼ぶ声が、俺の部屋にまで届いてきたから。


明るい声。やわらかい笑い声。はしゃいだやりとり。
扉を一枚挟んでいるとは思えないほど、はっきりと聞こえてくる。
その声に、いつしか耳を澄ませてしまう自分がいた。


「ほらウイ、今日ちょっと顔色いいよ」
「……ほんと? 鏡見てないけど……」
「うん。ちゃんと、ほっぺに色ついてる」
「……じゃあ、もうちょっとで元気になれるかなぁ」
「なるなる。ぜったい大丈夫! 退院したら一緒に遊ぼうね。私がついてるから、頑張ろ!」
「……ありがと、ハレカちゃん」

その声のあと、しばらく静かになった。
でも次に聞こえてきたウイの声は、さっきより少しだけ明るくて――その変化が、耳越しにもはっきりわかった。
小さな笑い声が、空気を押し上げるように響いた。


……そのとき、思ったんだ。


たった一言でも、誰かの心に灯りをともすことができるんだって。
ハレカの声は、ウイの小さな世界を少しだけ明るくした。
俺の部屋の中にまで、それが伝わってきたんだ。


――あんなふうに泣いていた子が。どうして、笑えるんだろう。


最初は、ただ驚いていた。
あんなふうに泣いていた子が、あんなに明るい声を出せるなんて。 誰かを励ませるなんて。
俺には、到底できなかったから。
でも、何度もその声を聞くうちに気づいてしまった。
……この子は、泣いたままで終わらなかったんだって。


泣いて、苦しんで、きっと誰にも見せない場所で必死にもがいて――それでも、誰かを励ます声を出すまでに立ち上がってきたんだ。
俺は、彼女に自分を重ねてた。
「中庭で泣いていた、どうしようもない子」――俺と同じ、壊れた誰か。
でも違った。
彼女は、もう俺よりずっと前に進んでた。


ひとりで、立ち上がってた。
自分の言葉で、誰かを励ましてた。

……すごいな、って。
……ずるいな、って。

……羨ましいな、って。

そう思ってる自分に、気づいた。