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「あれ、こんなところにいたんですか」
その声に、ゆるく吹いていた風が止まった気がした。
振り向かなくてもわかる。
屋上のドアのそばに、白衣の気配。
あの落ち着いた声――右京先生だ。
「病棟の看護師さんが探してましたよ。……まぁ、しばらく黙って預かっておきますけど」
俺はベンチに座ったまま、空を見てた。
昼でも夜でもない曖昧な色に染まった雲が、ゆっくり流れていく。
風が抜けていくたびに、そばのフェンスがわずかに揺れて、かすかに音を立てる。
「ここ、風が気持ちいいんですよね」
先生がそう言って、隣に腰を下ろした。
相変わらず落ち着いた声。けれど、たぶんもう気づいてる。
……俺がここに来た理由も、今どんな気持ちでいるかも。
「……俺も、一緒に死ねばよかったのに」
空を見たまま。誰に向けたわけでもなく、ただ、こぼれた。
隣に座っていた右京先生は、しばらく何も言わなかった。
風だけが静かに通り過ぎていく。
やがて――思ってもみなかった言葉が返ってくる。
「せっかく助かったのに?」
その声音には、驚きも否定もなかった。
ただ、事実を確認するような、まっすぐな問いだった。
「君が生きることで、この先誰かに生きる希望を与えることだってあるかもしれないのに、ずいぶん勿体ないですね」
右京先生は、ただ静かにそう言った。
俺は黙ってた。返せる言葉がなかったわけじゃない。
ただ、わかんなかったんだ。――何を根拠に、そんなこと言ってるのか。
希望を与える? 俺が?
そんなの、あるわけがない。
俺は「生き残ってしまった側」でしかなかったんだ。
――言いたいことなんて、ずっと前から、たくさんあった。
誰かに気づいてほしかった。
でも、「兄だから」「泣いたらダメだから」って、勝手に自分に言い聞かせて。
何も言えずに、ずっと黙ってた。
ばーちゃんが、毎日隠れて泣いているのを知ってるから。
誰よりも悲しいはずのその人の前で、俺まで泣いたら、もっと悲しませると思った。
だから、泣けなかった。
だから、弱音も吐けなかった。
気づいてもらえないのがつらいのに、気づかれたら恥ずかしいって思って――。
結局、どこにもぶつけられなかった。
だから俺は、誰にもなにも届かない場所にいるんだ。
――父さん。母さん。……ユイ。
あのとき、病室の隣で、ばあちゃんが泣いていた。
震える背中が、小さく小さく揺れてた。
「……マユコ......ユイ……」
名前を呟くたびに、声が細くなって、かすれて、最後は嗚咽に変わった。
俺はその音を、黙って聞いてた。
何もできなかった。起き上がることも、声をかけることも。
ただ、ぼんやりと天井を見てた。
家族を失って、後悔と罪悪感の上で、ただ生きているだけの人間に――誰かを照らせる光なんて、残ってるわけがない。
「あれ、こんなところにいたんですか」
その声に、ゆるく吹いていた風が止まった気がした。
振り向かなくてもわかる。
屋上のドアのそばに、白衣の気配。
あの落ち着いた声――右京先生だ。
「病棟の看護師さんが探してましたよ。……まぁ、しばらく黙って預かっておきますけど」
俺はベンチに座ったまま、空を見てた。
昼でも夜でもない曖昧な色に染まった雲が、ゆっくり流れていく。
風が抜けていくたびに、そばのフェンスがわずかに揺れて、かすかに音を立てる。
「ここ、風が気持ちいいんですよね」
先生がそう言って、隣に腰を下ろした。
相変わらず落ち着いた声。けれど、たぶんもう気づいてる。
……俺がここに来た理由も、今どんな気持ちでいるかも。
「……俺も、一緒に死ねばよかったのに」
空を見たまま。誰に向けたわけでもなく、ただ、こぼれた。
隣に座っていた右京先生は、しばらく何も言わなかった。
風だけが静かに通り過ぎていく。
やがて――思ってもみなかった言葉が返ってくる。
「せっかく助かったのに?」
その声音には、驚きも否定もなかった。
ただ、事実を確認するような、まっすぐな問いだった。
「君が生きることで、この先誰かに生きる希望を与えることだってあるかもしれないのに、ずいぶん勿体ないですね」
右京先生は、ただ静かにそう言った。
俺は黙ってた。返せる言葉がなかったわけじゃない。
ただ、わかんなかったんだ。――何を根拠に、そんなこと言ってるのか。
希望を与える? 俺が?
そんなの、あるわけがない。
俺は「生き残ってしまった側」でしかなかったんだ。
――言いたいことなんて、ずっと前から、たくさんあった。
誰かに気づいてほしかった。
でも、「兄だから」「泣いたらダメだから」って、勝手に自分に言い聞かせて。
何も言えずに、ずっと黙ってた。
ばーちゃんが、毎日隠れて泣いているのを知ってるから。
誰よりも悲しいはずのその人の前で、俺まで泣いたら、もっと悲しませると思った。
だから、泣けなかった。
だから、弱音も吐けなかった。
気づいてもらえないのがつらいのに、気づかれたら恥ずかしいって思って――。
結局、どこにもぶつけられなかった。
だから俺は、誰にもなにも届かない場所にいるんだ。
――父さん。母さん。……ユイ。
あのとき、病室の隣で、ばあちゃんが泣いていた。
震える背中が、小さく小さく揺れてた。
「……マユコ......ユイ……」
名前を呟くたびに、声が細くなって、かすれて、最後は嗚咽に変わった。
俺はその音を、黙って聞いてた。
何もできなかった。起き上がることも、声をかけることも。
ただ、ぼんやりと天井を見てた。
家族を失って、後悔と罪悪感の上で、ただ生きているだけの人間に――誰かを照らせる光なんて、残ってるわけがない。
