――目が覚めた時、俺の体は管だらけだった。




目に飛び込んできたのは、真っ白い天井。
光がにじんで輪郭がうまく掴めない。
まばたきをするだけで精一杯だった。
ツンと鼻をつく消毒液の匂い。
ピッ、ピッ……と機械の音が、規則正しく耳に打ちつけてくる。
それが妙にリアルで、夢じゃないと悟った。


体はほとんど動かなくって、痛いのか、重いのか、それすらわからない。
ただ、指先を少し動かすだけで、全身がきしむようだった。


――ああ、ここは……病院だ。


そう思ったとき、かすかに、すすり泣く声が聞こえた。


目だけを動かす。
視界の端に、ばーちゃんの姿が映った。
しわがれた声で何かをつぶやきながら、震える手で俺の手を包み込むように握っている。
その手の温度が、やけにあたたかかった。


ばーちゃんの涙。
それが何を意味するのか――この時はまだ、わからなかった。
ばーちゃんが泣く姿なんて、見たことがなかった。
いつだって「泣いたら損する」と笑ってる人だったのに。
そのばーちゃんが泣いてた。しかも、俺の手を握りながら――。


――えーと、なんだこれ。


頭の中は混乱していた。
何が起きたのか、なぜここにいるのか。
思い出そうとしても、映像がところどころちぎれて、まともに繋がらない。
フロントガラスに叩きつけるような雨。
「急に降ってきたなぁ」って言う父の声。
まっすぐこっちに向かってくる、対向車。
何かがぶつかった直後の、浮遊感。
ガシャン、と世界が壊れる音。
そして......暗転。
あ、そっか……事故ったんだ。


浮かんできたのは――妹の顔だった。


痛かっただろうな。
怖かっただろうな。
今頃ひとりで泣いてるんじゃないか――そう思っただけで、胸の奥がざわざわと波立った。


大丈夫だって、言ってやらなきゃ。
泣かなくていいって、抱きしめてやらなきゃ。
だって、あのとき隣にいたのに……守れなかったから。


……なのに、病室に、家族の姿は見えなかった。
きっと、どこかで治療を受けているんだ。
そう思い込もうとしても、じわじわと不安が広がっていく。


「……っ」


声を出そうとした。
でも、喉には管が入っていて、異物感とひりつく痛みが混ざり合っている。
息だけが空しく胸を出入りして、何も言葉にはならなかった。


伝えたいことは、山ほどあったのに――声にならないまま、すべてが飲み込まれていった。




日々の治療とリハビリが始まったのは、それから数日後のこと。
点滴を交換する看護師、診察に訪れる医師たち……淡々と時間が流れていくなかで、少しずつ体は動くようになっていった。


「今日はちょっと腕を上げてみようか。ゆっくりでいいよ」

「痛かったらすぐ言ってね、無理はしないようにね」


看護師も医師も、必要なことだけを丁寧に口にする。
どこまでも優しくて、どこまでも……距離がある。
――だからこそ、わかってしまった。