雨音ラジオで君を待つ

その言葉が、やさしく染みこんできた。
まるで静かな湖面にぽたりと雫が落ちるように、小さな波紋が心の内側にひろがっていく。


「言わないと、後悔することだって……ある」


夏生の目元が儚く揺れる。
本当はとっくにわかってた。
伝えるべきだってこと。伝えなきゃいけないこと。本当はずっと……言いたかったこと。
でも、それを認めるのが怖かっただけ。
胸の奥が、またきゅうっと軋む。
でも、さっきまでとは違う。
苦しみじゃなくて――前に進むための、静かな痛み。


「伝えるって……」

「俺たちにはコレがある……だろ?」


そう言って、夏生は自分のスマホを差し出した。
コレって……――まさか。
さっきまでの涙が、ふっとどこかへ引いていった。

「今から配信するから」

「ちょ、ちょっと待って。……雨音ラジオで話すってこと?」

「それ以外、何があんのさ」

「え、でも……雨衣は今眠ってて……聞けないんだよ? それにこの配信だって知ってるかもわからない。やっぱり、夏生ってふざけて――」

「聞いてるから……絶対。妹ちゃんは、聞いてくれてるから」


冗談みたいな口調のまま、でもその眼差しは真剣だった。
それがたとえ慰めるための嘘でも、思わずごくっとのどが鳴る。


……こわい。
私にはまだ、ちゃんと口に出したことのない気持ちがたくさんあって。
どこから話せばいいのかもわからない。
でも、夏生は笑っていた。
まるで――私ならできるって、そう信じてるみたいに。


「……大丈夫。ちゃんと、俺が隣で聴いてるから」


その声に続いて、夏生の手がそっと私の手を包む。
驚いたのに、不思議と振り払えなかった。
あたたかくて、張りつめていたなにかが、すこしだけ緩んだ気がした。


私はコクンと小さく頷く。
それを受けて、夏生もゆっくり頷いた。
その一瞬だけで、胸の奥に、小さな勇気が灯る。


「じゃ、始めるね」


夏生はスマホをタップして、何でもない顔で、いつも通り息を吸った。


「……――ハロー、ハロー。久しぶりの人も、初めましての人も、おはよ、こんにちは、こんばんは」


少しだけ深呼吸をして、夏生の声が土管の中に、そしてスマホの向こうにそっと放たれる。


「――雨音ラジオ、今日もゆるっと始まります」


軽くて、ふざけてるように聞こえる声。
でも、不思議と気持ちが落ち着いていった。
夏生は、きっとずっとこういう人なんだ。
ブレないし、慌てない。
私がぐちゃぐちゃでも、ちゃんと隣にいてくれる。
その変わらなさが――救いだった。


「ニュースではもうすぐ梅雨明けっぽいこと言ってたねん。やーっと俺が好きな夏が来るのかーって感じ。ま、その分『雨音ラジオ』は休みがちになっちゃうけど」


すると早速、コメント欄の横に、小さな通知がそっと灯る。


「あ、『ヤマブキさん』久しぶり~! コメントありがと。え、『ただサボリたいだけでは?』って……うーわっ、相変わらず指摘が鋭い!」


すぐに、また通知が光る。


「『モナカさん』こんにちはー。え、今日休みなんだ? 社会人マジ尊敬っす。なになに……? 『次は晴れの日ラジオとかどうっすか』――って、それって毎日にならん?」