胸の奥がぐちゃぐちゃで、何もかもが嫌になって、気づいたときには走り出していた。
傘なんてどうでもよかった。
ただ、この場から、あの笑顔から、遠くへ逃げたかった。
「晴歌ちゃん……!」
その声が、どこか遠くから響いてくるように感じた。
ざあざあと降るはずの雨も、風に煽られる木々のざわめきも、まるで誰かが音量を絞ったみたいに消えていた。
世界がぼやけていく。輪郭が滲んで、色だけが淡く広がって――まるで水の中にいるみたいだった。
現実だけが、どんどん薄くなっていく。
それなのに、胸の奥の痛みだけは、不思議なほど鮮やかだった。
「晴歌ちゃ……」
サイアクだ。
夏生に、見られた。こんな私を――嫌な自分。サイテーな自分。
雨衣への嫉妬で、ぐちゃぐちゃになってるところを。
私がずっと隠してきた、いちばん見られたくない姿だったのに。
「は、れか、ちゃ、ま……っ」
かすれた声が、背中に追いすがるように響く。
振り返らなくてもわかる。雨衣が、必死に私のあとを追ってきている。
私の名前を呼びながら、雨の中で、ただ一人、まっすぐに。
お願い、もう追いかけないで。
何度も何度も背中に届くその呼びかけが、「一人にしないで」って、泣きそうにすがってるみたいで――苦しかった。
……やめてよ。そんなふうに呼ばないでよ――。
「…………っ」
立ち止まり、ゆっくりと振り返ると、雨の向こうに雨衣が立っていた。
息を切らして、髪は濡れて顔にはりつき、制服もぐっしょりだった。
目が合った瞬間、雨衣の瞳がうるんで見えた。
今にも泣き出しそうな顔。だけどその奥に、どこかほっとした色がにじんでいた。
その顔を見ていると……いらだちが募る。
「晴歌ちゃ――」
「雨衣は……いっつもそう……」
私の声に、雨衣の肩がビクンと震えた。
「主人公ぶって、自分がこの世界の中心みたいに振舞って……私の、大事にしてる場所も……人も……横から全部かっさらっていくんだよ!」
ずっと胸の奥でひっかかっていた言葉があふれ出す。
我慢して我慢して……抑えてきた思い。でももう止められなかった。
「……私は、そんな雨衣のこと……ずっと嫌だった。雨衣の『影』みたいに扱われて、比べられて……ほんとは……ずっと、我慢してたんだよ」
言い終わった瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
涙があとからあふれてきて、視界をぼやかした。
そんな私を、雨衣はじっと見ていた。
大きな瞳を見開いたまま、しばらく何も言わずに立ち尽くしていた。
やがて、その目に、涙がたまりはじめる。
それでも、口元はかすかに、ふるえるように笑っていた。
「……やっと、言ってくれた」
涙と一緒に、ぽつりとこぼれたその言葉に、息を飲む。
雨衣の顔は、まるで――怒られて、悲しくて、それでも嬉しくてしかたがない、そんな子どもの顔だった。
傘なんてどうでもよかった。
ただ、この場から、あの笑顔から、遠くへ逃げたかった。
「晴歌ちゃん……!」
その声が、どこか遠くから響いてくるように感じた。
ざあざあと降るはずの雨も、風に煽られる木々のざわめきも、まるで誰かが音量を絞ったみたいに消えていた。
世界がぼやけていく。輪郭が滲んで、色だけが淡く広がって――まるで水の中にいるみたいだった。
現実だけが、どんどん薄くなっていく。
それなのに、胸の奥の痛みだけは、不思議なほど鮮やかだった。
「晴歌ちゃ……」
サイアクだ。
夏生に、見られた。こんな私を――嫌な自分。サイテーな自分。
雨衣への嫉妬で、ぐちゃぐちゃになってるところを。
私がずっと隠してきた、いちばん見られたくない姿だったのに。
「は、れか、ちゃ、ま……っ」
かすれた声が、背中に追いすがるように響く。
振り返らなくてもわかる。雨衣が、必死に私のあとを追ってきている。
私の名前を呼びながら、雨の中で、ただ一人、まっすぐに。
お願い、もう追いかけないで。
何度も何度も背中に届くその呼びかけが、「一人にしないで」って、泣きそうにすがってるみたいで――苦しかった。
……やめてよ。そんなふうに呼ばないでよ――。
「…………っ」
立ち止まり、ゆっくりと振り返ると、雨の向こうに雨衣が立っていた。
息を切らして、髪は濡れて顔にはりつき、制服もぐっしょりだった。
目が合った瞬間、雨衣の瞳がうるんで見えた。
今にも泣き出しそうな顔。だけどその奥に、どこかほっとした色がにじんでいた。
その顔を見ていると……いらだちが募る。
「晴歌ちゃ――」
「雨衣は……いっつもそう……」
私の声に、雨衣の肩がビクンと震えた。
「主人公ぶって、自分がこの世界の中心みたいに振舞って……私の、大事にしてる場所も……人も……横から全部かっさらっていくんだよ!」
ずっと胸の奥でひっかかっていた言葉があふれ出す。
我慢して我慢して……抑えてきた思い。でももう止められなかった。
「……私は、そんな雨衣のこと……ずっと嫌だった。雨衣の『影』みたいに扱われて、比べられて……ほんとは……ずっと、我慢してたんだよ」
言い終わった瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
涙があとからあふれてきて、視界をぼやかした。
そんな私を、雨衣はじっと見ていた。
大きな瞳を見開いたまま、しばらく何も言わずに立ち尽くしていた。
やがて、その目に、涙がたまりはじめる。
それでも、口元はかすかに、ふるえるように笑っていた。
「……やっと、言ってくれた」
涙と一緒に、ぽつりとこぼれたその言葉に、息を飲む。
雨衣の顔は、まるで――怒られて、悲しくて、それでも嬉しくてしかたがない、そんな子どもの顔だった。
