雨音ラジオで君を待つ

バカ、雨衣。
もういい歳なんだから、自分の身くらい自分で守ってよ。

――晴歌、お願い。雨に濡れて風邪でもひいたら大変だわ。雨がひどくなる前に傘を渡してちょうだい。

母も母だ。こういう時も私を頼って。……雨衣のことになると、いつもそう。


傘をさしたまま、雨衣の傘を抱えて学校までの道を駆ける。
まったく、どこにいるんだろう……。
家の近くまで来ているかと思えば、そうでもない。
こんな時に限って、なかなか見つからない。
ずぶ濡れになるのを覚悟で走り回って――気づけば、公園まで戻ってきていた。
そのとき、不意に聞き慣れた笑い声が耳に届いた。
足が止まる。胸の奥が、ふっとざわついた。


まさか……でも……――。


胸騒ぎが、どうしても消えなかった。
すぐに確かめなくちゃ――そう思った。
でも、怖い。もし、私の考えていることが当たっていたら……?
体が震え出す。心臓の音ばかりがやけに大きい。
だけど――もう、迷ってる場合じゃない。


私は傘を握りしめたまま、公園の奥へと駆け出した。
あの笑い声のした方へ。胸のざわつきに、背中を押されるようにして。
近づいてきたのは、あの滑り台。
そのそばの土管の前に立つと、話し声が、はっきりと聞こえてきた。


「えー? そうなんだ……ふふっ、面白ーい」


……やっぱり。
雨衣だ。あの声。あの笑い方。
誰かに向かって、あんなふうに笑ってる。優しくて、楽しそうで――何の不安もなさそうな声。
その「誰か」が誰なのかも、もう、分かってた。
分かってたはずなのに、どうしてこんなに、胸の奥が冷えていくんだろう。
土管の中から一人の人が顔を出す。


「……あれ? 晴歌、どしたん。あ、妹ちゃんを迎えに来たってとこ?」


――夏生。


「あ、晴歌ちゃんだぁ! もしかして傘持ってきてくれたの? ありがとー!」

「……雨衣、どうして……」


どうして、ここに。


「あぁ、ふふっ、急に雨脚が強くなったから雨宿りできる場所を探してたらここを見つけて――ほら、晴歌ちゃんも覚えてるでしょ? ここでよく遊んだの。それで懐かしーって思って近づいたら……夏生くんに会ったの」


雨衣が笑う。
屈託なく、ためらいもなく。私のことなんて、何も知らない顔で。


「私が晴歌ちゃんとそっくりだからビックリしてたみたいで……」

「いや、驚くっしょ、ふつう。なんならこの人、最初、晴歌を装ってたからね」

「だって~、夏生くんが『はれ、か?』って言いながら怪訝な顔するから面白くって、つい」

「つい、じゃねーし」


雨衣が笑う。
夏生も笑う。
二人の間に流れる空気が、私の知らないものでできているように見えた。

なんでその場所に雨衣がいるの。

体の内で、なにかがぎりっと音を立てる。
奥深く、鍵をかけてしまっていた想いがあふれ出す。
心の中が……かき乱されていく――。


「ふふ。面白いんだねぇ、夏生くんって。晴歌ちゃんも、お友達ができたなら言ってくれればよかったのに」


やめて。
私の大事な場所に、そんなに簡単に踏み込まないで。


「でね、すごいことがわかったんだけど、実は――」
「やめて……!」


声が出た瞬間、自分でも息を呑んだ。
喉が焼けるみたいに痛いのに、それでも言葉が止まらなかった。


「やめてよ!! 入ってこないでよ、私の居場所に。ここは……私だけの場所だったのに!!」


言った瞬間、世界がしんと静まった気がした。
ダメだってわかっているのに……夏生が見てる……のに。


「雨衣なんて......大っ嫌い!」


雨粒と一緒に、なにかがこぼれ落ちた気がした。