朝の晴れ間が嘘みたいに、空はどんよりとした雲で覆われていた。
太陽の光はすっかり隠れて、街全体が少し色を失ったように見える。
校門を出てから、私と玲奈は並んで歩いていた。
ゆるやかな坂道を下りながら、ときおり足元の水たまりをよけるようにして。
今にも雨が降り出しそうな空――。
ああ、そうだ。梅雨、なんだよなぁ。


「それにしても、ほんっとよかったよねぇ、雨衣ちゃん」


玲奈が笑いながら言った。


「……ちょっと、はしゃぎすぎだけどね」

「あはは、言えてるー」


それでも、雨衣が戻ってきて、こんなふうに比較的気持ちが穏やかなのは――たぶん、初めてかもしれない。
今にも降り出しそうな空さえ、夏生に会えると思うと、不思議と憂うつには感じなかった。
……なんだろう。そう思っただけで、ちょっとだけ顔が熱くなった気がする。


「じゃー、また明日ね」

「うん、バイバイ」


玲奈と別れて、公園の前まで来た。
ちらりと中をのぞいてみたけれど――やっぱり、夏生の姿はなかった。

――もしまた俺がここにいなくて、晴歌が泣きそうになっちゃったら、あの家に来て。

……別に、泣きそうになんてなってないけど。
ただ、その言葉がなんだか頭から離れなくて。思い出すたびに、ちょっとだけ胸がくすぐったくなる。
もしこのあと雨が降ったら、夏生はまた配信をするのかな。
そう思って、教えてもらった連絡先を開いてみた。
……けど気恥ずかしくなって、結局スマホをそっとポケットにしまった。


ぽつり、と雨粒が落ちてきたのは、ちょうど家に着いたときだった。
あー、やっぱり降ってきたか。
雨衣、今ごろ帰ってるところかな――なんて思いながら、玄関のドアを開ける。
すると、そこにいたのは、明らかに焦ったような顔の母だった。


「え、どうしたの?」

「晴歌、雨衣と一緒じゃなかったの?」

「え……うん。あれ? 雨衣、たしかお母さんに連絡したって言ってたけど」

「そうなのよ。でも、それに今気づいて……。あの子、ただ『学校に残ってちょっと勉強してくる』としか書いてなくて。ママ、てっきり晴歌と一緒にいると思ってたんだけど」

「……ああ、そっか。まぁ、大丈夫じゃないかな。友達も一緒にいたし」


雨衣が「子ども扱いしないでよ~」と嘆く気持ちも、ちょっとだけわかる気がする。
いつもは静かな我が家が、あの子が戻ってきただけで、空気まで慌ただしくなるんだから。


「そうかしら……でも、雨が降ってきたでしょう?」

「折りたたみ、持ってるって言ってたよ」

「え……?」


母が一瞬、眉をひそめる。


「折りたたみ傘なら……ここにあるわよ」


そう言って、棚の扉を開ける。
中には、見慣れた花柄の折りたたみ傘が、きちんと畳まれたまま置かれていた。
その場の空気が、すっと冷たくなった気がした。