「――えーと、『毎日暇してます。やることないし、ずっとスマホいじってるだけ。どんどん気が滅入ってくるよ。ナツキくんは晴れたら何がしたいですか?』ね。ありがとー、アメノナカさん。あー、わかるわぁ。この雨の中、家の中でなにしろっちゅーねん! って気持ちになるよね。ちなみに俺はね、晴れたらBBQやりたい! いっぱいの緑に清々しい空気。そんでもっておいしい肉においしい肉においしい肉! 最高じゃん?」


それはもう、ただおいしい肉を食べたいだけじゃん。
心の中で思いきりツッコミを入れながら、私はそっと笑みをこぼす。


パラパラと小雨が降る公園。
土管の中に差し込む光は鈍くて、湿った空気が肌にまとわりつく。
でもその真ん中で、夏生が笑ったり、真剣にコメントを読んだりしている様子は、なぜかどこかあたたかく感じられた。


私は夏生の隣で、静かにラジオの舞台裏(・・・)を見守っている。
「暇じゃね?」と何度も聞かれたけど、それがまったく暇じゃないのだ。
ころころと変わる夏生の表情。
そして、ラジオでは聞けないギターの生音。
隣にいるだけで、それは特別な時間だった。


私は夏生になんでも話すようになった。
珍しく頑張って手の込んだ料理を作ってみたら母に「ちょっと塩辛いわね」と文句を言われた話とか、雨衣の担当の先生の顔がいつまでたっても怖い話とか、そんな些細な話だ。
夏生は時にプリプリ怒って、時にゲラゲラ笑って、いつも感情豊かに聞いてくれた。
それはまるで、素直になれない私の気持ちを代弁してくれているかのようだった。


「ちなみに俺の隣にいるパートナーは――」


不意に夏生がこちらをちらりと見た。
その口元が「はれか」と動いた瞬間、私は全力で首を横に振る。
やめて。お願い。パートナーってなにそれ、聞いてないし。
途端に夏生が、残念そうな顔で肩をすくめた。


「なぁんか声出したくないみたい。また次回聞いてみましょーか。あ、そうそうオンナノコ。え、『彼女ですか?』って……アメノナカさん、いいこと言う! へへ、残念ながら俺の片思い」


また調子いいこと言って。どこまで本気にしていいかわからない。
じとっと睨みつけたら、夏生はビビッて「あ、この話はおしまいらしいっす、ハイ」としょぼくれた。


「アメノナカさんは晴れたらなにしたい? コメント待ってるね。……今日はここまでにしよっかな。一曲、弾いてお別れってことで。――聴いてくれてありがと。また、雨の日に会おうな」


そう言って、夏生がギターを手に取る。
あぐらをかきなおし、そっとチューニングを確かめるその手つきは、ふざけてばかりの普段とはちょっと違う。
夏生の指が弦に触れると、いつものふざけた空気がすっと消えるんだ。
冗談も笑い声も抜きにした、ただ音だけの時間。
ぎこちないけどまっすぐで、どこか不器用な優しさが込められている。


夏生がスマホをタップするのを見届けてから「夏生」と声を掛けたら、彼はびくりと肩を揺らした。


「ごめんって晴歌」

「配信には参加しないって言ってるじゃん」

「えー、二人ならもっと楽しいと思うのになぁ」


そう思ってくれるのは嬉しいんだけど、やっぱり私には誰かに話したいことなんてないんだ。
夏生の配信を聞いている方がずっと気楽でいい。


「……そういえばさ、ずっと気になってたんだけど」


ギターを丁寧にケースへ戻す彼の背中に、私はぽつりと問いを投げた。


「なんで雨音ラジオって「#2」から始まってるの?」


その手が、一瞬だけ止まった気がした――。