「ちがうよ……雨衣の方がつらいんだから……私は、平気。私が雨衣の分までしっかりしなきゃ……頑張らなきゃいけないの……ワガママなんて言ってられない」
何度も自分に言い聞かせてきた呪文のような言葉。
誰に教えられたわけでもなく、ただ、いつの間にか私の中に根付いてしまった「当たり前」。
姉だから――しっかりしなさい。
姉だから――カワイソウな妹のためにガマンしなさい。
今だって、そう。雨音が私を責める。
焦燥感だけが膨らんで、深呼吸ひとつもままならない。
と、その時だった。
「平気なわけないじゃん?」
不意に、夏生の声がぐっと近づいた。
驚いて顔を向けると、息が触れるほどの距離に夏生の顔があった。
戸惑う間もなく、その瞳がまっすぐこちらを覗き込んでくる。
茶化すわけでもなく、なぐさめでもなく、ただ真剣なまなざし。
妬みとか嫉みとか関係ない、純度の高い光をたたえたその目が、まっすぐ私の胸の奥を射抜いた。
「たしかに、入院してる妹ちゃんもつらいと思うけど、晴歌だってつらいっしょ。平気なわけない。晴歌はずっと一人で頑張ってきたんだなぁ」
偉い偉い、と、わしゃわしゃ私の頭を撫でる。
大げさな手のひらに、首がぐらつくほど乱暴にされて、思わず「痛っ」と声が出た。
痛いけど、その手がじわりと温かくて……涙が出そうになった。
「別に、晴歌がしっかりする必要ないし。言いたいことも言えばヨシ。我慢しなくていいって」
「でも……ずっとこうして生きてきたから……今更どうすればいいかわかんない」
口に出した瞬間、自分の声が震えているのがわかった。
雨衣の分までしっかりしなきゃと思って、母に心配かけさせないようにと思って、勉強も頑張ったし家事も頑張った。
いろいろ我慢して、雨衣のために全て捧げた。
いつしかそれが当たり前になっちゃって、「ちゃんとしないとダメなんだ」って自分で自分を縛っていた。
これから嫌なことは「嫌」って言える?
誰かに頼ったり、わがままを言ったりできる?
そんな自分、想像すらできなかった。
「あ、あー……そうだよな、ウン。ごめん、俺が考えなしだったわ」
「え」
急に夏生が顔を背けて、膝の間に顔を埋めた。
「いやぁ、そりゃそうだよな。晴歌はそ
の生き方が身についちゃってんだもんな。今更『変えろ』って言われても、そんな簡単じゃねーよな」
ぽつぽつとこぼすような言葉。
小さく肩をすくめて、「ごめん」と呟く夏生の姿が、妙に頼りなく見えてしまった。
夏生はなにも悪くないのに。
変な空気になっちゃって、やっぱりこんなこと言わない方がよかったのかもしれないと思った。
「ちがうの、ごめん私が――」
「じゃあさ、これからは俺に言いなよ」
え……――。
夏生がパッと顔を上げる。その瞳はキラキラ輝いていて、まるで雨上がりの空をまるごと瞳の中に入れたみたいだ。
「嫌なことも、いいことも全部。晴歌の想い、誰も聞かなくても俺が受け止めるから」
「そ……そ、んなの……」
なにを言っているのかわからない。
いつもみたいにふざけてる? てきとうなこと言ってる?
でも夏生の目は真剣そのもので、とても冗談を言っているようには見えない。
カーッと目の奥が熱くなる。
そんなこと言ってくれる人、今まで誰一人いなかったのに。
何度も自分に言い聞かせてきた呪文のような言葉。
誰に教えられたわけでもなく、ただ、いつの間にか私の中に根付いてしまった「当たり前」。
姉だから――しっかりしなさい。
姉だから――カワイソウな妹のためにガマンしなさい。
今だって、そう。雨音が私を責める。
焦燥感だけが膨らんで、深呼吸ひとつもままならない。
と、その時だった。
「平気なわけないじゃん?」
不意に、夏生の声がぐっと近づいた。
驚いて顔を向けると、息が触れるほどの距離に夏生の顔があった。
戸惑う間もなく、その瞳がまっすぐこちらを覗き込んでくる。
茶化すわけでもなく、なぐさめでもなく、ただ真剣なまなざし。
妬みとか嫉みとか関係ない、純度の高い光をたたえたその目が、まっすぐ私の胸の奥を射抜いた。
「たしかに、入院してる妹ちゃんもつらいと思うけど、晴歌だってつらいっしょ。平気なわけない。晴歌はずっと一人で頑張ってきたんだなぁ」
偉い偉い、と、わしゃわしゃ私の頭を撫でる。
大げさな手のひらに、首がぐらつくほど乱暴にされて、思わず「痛っ」と声が出た。
痛いけど、その手がじわりと温かくて……涙が出そうになった。
「別に、晴歌がしっかりする必要ないし。言いたいことも言えばヨシ。我慢しなくていいって」
「でも……ずっとこうして生きてきたから……今更どうすればいいかわかんない」
口に出した瞬間、自分の声が震えているのがわかった。
雨衣の分までしっかりしなきゃと思って、母に心配かけさせないようにと思って、勉強も頑張ったし家事も頑張った。
いろいろ我慢して、雨衣のために全て捧げた。
いつしかそれが当たり前になっちゃって、「ちゃんとしないとダメなんだ」って自分で自分を縛っていた。
これから嫌なことは「嫌」って言える?
誰かに頼ったり、わがままを言ったりできる?
そんな自分、想像すらできなかった。
「あ、あー……そうだよな、ウン。ごめん、俺が考えなしだったわ」
「え」
急に夏生が顔を背けて、膝の間に顔を埋めた。
「いやぁ、そりゃそうだよな。晴歌はそ
の生き方が身についちゃってんだもんな。今更『変えろ』って言われても、そんな簡単じゃねーよな」
ぽつぽつとこぼすような言葉。
小さく肩をすくめて、「ごめん」と呟く夏生の姿が、妙に頼りなく見えてしまった。
夏生はなにも悪くないのに。
変な空気になっちゃって、やっぱりこんなこと言わない方がよかったのかもしれないと思った。
「ちがうの、ごめん私が――」
「じゃあさ、これからは俺に言いなよ」
え……――。
夏生がパッと顔を上げる。その瞳はキラキラ輝いていて、まるで雨上がりの空をまるごと瞳の中に入れたみたいだ。
「嫌なことも、いいことも全部。晴歌の想い、誰も聞かなくても俺が受け止めるから」
「そ……そ、んなの……」
なにを言っているのかわからない。
いつもみたいにふざけてる? てきとうなこと言ってる?
でも夏生の目は真剣そのもので、とても冗談を言っているようには見えない。
カーッと目の奥が熱くなる。
そんなこと言ってくれる人、今まで誰一人いなかったのに。
