「それは……」
喉の奥で言葉が引っかかる。
それでも、口に出してしまいたかった。
私の黒い、隠したい部分。
真っ白い、正しさという名の嘘で塗り固めた部分。
今までずっと暴かれるのが怖かった。
だけど夏生になら……私のことを肯定してくれた、この人になら。
「それ、は……私がなにを言っても無駄だったから……」
あの日――雨衣の入院が決まった日から、私の人生の主人公は雨衣だった。
全てが雨衣の一言で決まっていく。
私はただ、脇役としてそこにいただけ。
口を開けば、「雨衣のことも考えて」「可哀そうでしょ」と叱られた。
それが何度も続くうちに、私は学んだのだ。
「どうせ聞いて貰えないなら……最初から言わない方がいいでしょ?」
芽生えた淡い期待は、幾度となく踏みつぶされて、その度に傷ついて。
だから「言わない」ことで傷つかないようにしている。
そうやって自分を守ることに慣れすぎて、自分の気持ちを素直に吐き出すことができなくなった。
嬉しいとか悲しいとか寂しいとか楽しいとか……いろんな感情をうまく表現できなくなった。
「えーと……俺思ったことはすぐ言うって言ったじゃん? だから嫌な気持ちにさせたらゴメンなんだけど……『聞いてもらえない』って親に? 晴歌の親って、毒親?」
「毒……ううん、そんなことない。お母さんは仕事しながら家のこともちゃんとして……私に特別厳しいってわけでもないし……私より、妹のことを心配するのも当たり前のことだから」
それが普通。それが正しい。
そう、何度も自分に言い聞かせてきた。
「ん、んー? 当たり前って……晴歌の妹ってワケアリ?」
「……入院してる」
「あー」
夏生は短く頷いたあと、「そっか、それでかー」と独り言みたいに言った。
「そっか……って、なんで?」
「や、前に妹と仲いいか聞いた時、晴歌ビミョーな返事したじゃん? なんかあんのかなって」
「なんか……ってほどじゃないけど……――」
そう。そんな大した話じゃない。
喧嘩したわけじゃない。意地悪なことを言われているわけでもない。
むしろ雨衣はいい子で……いい子過ぎるほどで……。
そんな雨衣が入院しているんだから、母が雨衣を優先するのは当たり前のこと。
雨衣に対して勝手に劣等感を抱いている私がおかしいんだ。
「いやー、でもそっかー、うん、それはつらいわ」
言葉に詰まっていると、突然、夏生がぽつり呟いた。
「え……?」
「妹ちゃんが入院してるから、晴歌は言いたいことが言えなくなっちゃったんだろ? つらいっしょ」
その言葉が、胸にすっと入ってくる。
つらい……――。
それは、自分で口にしてはいけないと思っていた言葉だった。
つらいのは雨衣のはずで、私なんかがそんなことを思っちゃいけない。
そうやって、何度も何度も、自分に蓋をしてきた。
でも夏生は、私がずっと飲み込んできた言葉を、代わりに口にしてくれた。
ああ……そうか。
私、つらかったんだ。
気づかないふりしてただけで、本当はずっと――。
喉の奥で言葉が引っかかる。
それでも、口に出してしまいたかった。
私の黒い、隠したい部分。
真っ白い、正しさという名の嘘で塗り固めた部分。
今までずっと暴かれるのが怖かった。
だけど夏生になら……私のことを肯定してくれた、この人になら。
「それ、は……私がなにを言っても無駄だったから……」
あの日――雨衣の入院が決まった日から、私の人生の主人公は雨衣だった。
全てが雨衣の一言で決まっていく。
私はただ、脇役としてそこにいただけ。
口を開けば、「雨衣のことも考えて」「可哀そうでしょ」と叱られた。
それが何度も続くうちに、私は学んだのだ。
「どうせ聞いて貰えないなら……最初から言わない方がいいでしょ?」
芽生えた淡い期待は、幾度となく踏みつぶされて、その度に傷ついて。
だから「言わない」ことで傷つかないようにしている。
そうやって自分を守ることに慣れすぎて、自分の気持ちを素直に吐き出すことができなくなった。
嬉しいとか悲しいとか寂しいとか楽しいとか……いろんな感情をうまく表現できなくなった。
「えーと……俺思ったことはすぐ言うって言ったじゃん? だから嫌な気持ちにさせたらゴメンなんだけど……『聞いてもらえない』って親に? 晴歌の親って、毒親?」
「毒……ううん、そんなことない。お母さんは仕事しながら家のこともちゃんとして……私に特別厳しいってわけでもないし……私より、妹のことを心配するのも当たり前のことだから」
それが普通。それが正しい。
そう、何度も自分に言い聞かせてきた。
「ん、んー? 当たり前って……晴歌の妹ってワケアリ?」
「……入院してる」
「あー」
夏生は短く頷いたあと、「そっか、それでかー」と独り言みたいに言った。
「そっか……って、なんで?」
「や、前に妹と仲いいか聞いた時、晴歌ビミョーな返事したじゃん? なんかあんのかなって」
「なんか……ってほどじゃないけど……――」
そう。そんな大した話じゃない。
喧嘩したわけじゃない。意地悪なことを言われているわけでもない。
むしろ雨衣はいい子で……いい子過ぎるほどで……。
そんな雨衣が入院しているんだから、母が雨衣を優先するのは当たり前のこと。
雨衣に対して勝手に劣等感を抱いている私がおかしいんだ。
「いやー、でもそっかー、うん、それはつらいわ」
言葉に詰まっていると、突然、夏生がぽつり呟いた。
「え……?」
「妹ちゃんが入院してるから、晴歌は言いたいことが言えなくなっちゃったんだろ? つらいっしょ」
その言葉が、胸にすっと入ってくる。
つらい……――。
それは、自分で口にしてはいけないと思っていた言葉だった。
つらいのは雨衣のはずで、私なんかがそんなことを思っちゃいけない。
そうやって、何度も何度も、自分に蓋をしてきた。
でも夏生は、私がずっと飲み込んできた言葉を、代わりに口にしてくれた。
ああ……そうか。
私、つらかったんだ。
気づかないふりしてただけで、本当はずっと――。
