昨日と気温自体はさほど変わらないはずなのに、夏生がいるだけでやっぱり温かい気がする。
夏生のくれたバスタオルにくるまってしばらくすると、心にまとわりついていたモヤモヤがゆっくりとほどけていく。
さっきまで、あんなに胸が締めつけられていたのが嘘みたいだ。


「……もう配信やめちゃったのかと思った」


何気ないふうを装ったつもりだったのに、声に少しだけ拗ねた色がにじんでしまった。


「あー、昨日? 実はばーちゃん風邪ひいちゃってさ、かなりの高熱だったんよね。結局ただの風邪だったんだけど、高齢者だし油断できねーだろ? 心配だから一日ずっと看病してた……ってのはタテマエで、そんなばーちゃんに『アレしろ』『コレしろ』とこき使われていたのでした」


チャンチャン、とおどけたように言う夏生を、つい恨めしい眼差しで見てしまう。
その視線に気づいたのか、夏生はふと真顔になって、じっと私の顔を見つめる。


「……って、もしかして晴歌、俺を待ってた?」

「…………」


雨衣じゃあるまいし、素直に「待ってた」「夏生に会いたかった」って言えるわけないじゃん。
視線も言葉も、夏生はまっすぐだ。まっすぐすぎて、ひねくれものの私には受け止めきれない。
黙っていることを「イエス」と捉えた夏生はニヤニヤしながら「そっかー、俺を待ってたかー、そっかそっかー」と、からかうように何度も繰り返す。
癪に障る。なのに、否定しきれない自分がいて、余計に悔しい。


「雨音ラジオを! 待ってたの!」

「それでも嬉しー」

「わ、私の雨の日のルーティーンになっちゃってるから……配信がないと……調子狂って困る」


なんとか絞り出した私の言葉を噛みしめるように、夏生はそっと目を細めた。


「わかった。じゃあさ……晴歌も配信に参加する?」

「…………へ?」


なにが「わかった」で、なにが「じゃあさ」なのか。


「だからぁ、配信、一緒に。ど?」


夏生は、外人に日本語を教える時みたいに話しながら、私と自分とを交互に指さす。
今の話で一体どこをどうしたら「一緒に配信」になるのか、さっぱりわからない。
夏生の思考回路って本当に謎だ。


「ど? じゃなくって。絶対に嫌。無理」

「うえー? なんで!」

「なんでって……みんながみんな夏生みたいに、自分の思ってることをスラスラ言えるわけじゃないから」


そう言い切ったあと、少しだけバツが悪くなって目を伏せる。
地面の湿った泥の匂いと、雨音の反響だけが、静かに土管の中に広がっていた。
自分の気持ち、考え、そういったものを、誰かもわからない人たちに話すなんて……私にはできない。


「えーと、ちょいまち。前も同じようなこと言ってたよね。……つまり晴歌は、自分の話はしたくないんだ?」

「したくないっていうか……できなくなっちゃったっていうか……」

「なんでよ」