「雨、降りそーだね」

「え……」


学校からの帰り道。
隣を歩く玲奈の声で、私はやっと自分がずっと空を見上げていたことに気づいた。


「え、じゃないよ。さっきからずーっと空見てたじゃん。そんなに天気、気になる?」

「あ、あー……うん。雨、降りそう……かな?」


玲奈は「なにそれ~」と軽く笑って、私もつられるようにフッと笑った。


朝から続く暗く重たい雲は、今にも雨を落としてきそうだけど、案外まだギリギリ曇りを保っていた。


「てか、晴歌が傘持ってないのって珍しくない?」

「そうかな」

「うん。いつも用心深すぎるってくらい絶対持ってくるじゃん」

「ちょっと、願掛けしてるんだ」


こういうのって、傘を持ってない時に限って降ってくるものだから。


「降らないように? ん? 降るように?」


混乱する玲奈に「降るように」と答えたら、「意味わかんない」と言われてしまった。
私だって意味わかんない。
嫌いな雨を待つ日が来るなんて。
それでも待たずにはいられなかった。
雨が降らないとなにも始まらないから……。


「そっかぁ……まあ、私は降られたくないけどね。折り畳み広げるのめんどいし、髪、うねるし」


そう言いながら、玲奈は前髪を気にするように指でいじる。


「あれ、今日は寄らなくていいの?」


病院前に差し掛かり、ふと玲奈が私の服を引っ張った。
私がいつも寄る病院を素通りしたから気になったようだ。


「あー、うん。雨衣、もうすぐ退院なんだ」

「へぇ!? よかったじゃーん! 学校にも通えるの?」

「うん、まぁ」


玲奈がパンと手を叩いて、顔をぱっと明るくする。


「え、楽しみー」

「……雨衣、喜ぶよ」


そう言うと、玲奈は首をかしげた。


「ん? なんか他人事っぽくない?」

「そんなことないよ。……うれしいよ。よかったなって」


ちゃんと、笑顔で言えてたと思う。


「よかったね」
「楽しみだね」
今日だけで、いったい何回この言葉を聞いたんだろう。
玲奈も、先生も、母も、みんな同じように言う。
雨衣の回復は、みんなの喜びだから。
それが正解で、間違いなんてどこにもない。
……私が間違ってるだけ。


本当は少し、不安だった。
自分の居場所がまた曖昧になる気がして。
また「ちゃんとした姉」でいられるのか、また「手のかからない子」としてそばに立ち続けられるのか。

たぶん、誰にもバレてない。
玲奈にも、雨衣にも、母にも。
でも自分ではもう、とっくに気づいてる。
私は、喜ばしいことすら、素直に喜べない人間なんだって。