母は、テキパキと夕飯準備しながら私に笑顔を向けた。
「晴歌も、よろしくね」
「何?」
「雨衣のことよ。学校で助けてあげてね」
「ああ……うん」
温め直したコロッケの「チン」という音が、静まり返ったリビングにぽつんと響く。
その音が、なぜかやけに空虚に思えた。
「でも大丈夫かしらねぇ。退院してすぐに学校なんて……。雨衣には少し家で休んだら?
って言ったんだけど、あの子、『どうしてもすぐに学校に行きたい』って言うこと聞かないんだから…… 」
本当、困ったわ。そう言いながら、母の口元はふと緩んだまま、元に戻らなかった。
まるで、長く待ちわびていた何かがようやく戻ってきたような、そんな顔だった。
それを見て、私はいつもの言葉を迷いなく取り出す。
「……無理しそうだったら私が止めるから、大丈夫だよ」
母は安心したように頷いて、手を止めることなく言った。
「そうよね。晴歌がいてくれて助かったわ。そう、それで雨衣ったらね――」
そこから先は、“雨衣の話”が続く。終わる気配はない。
体調が悪ければ「不安だ」「どうしたらいいのか」と嘆き、良くなれば良くなったで「また悪くなるんじゃないか」と心配する。
私はいつだって、その母の言葉に、安心できるような答えを返す係だ。
これで、なんの問題もない平和な家族の出来上がり。
私さえちゃんと振る舞っていれば、みんなうまくいく。
私は『妹に優しいお姉ちゃんで、手のかからない良い娘で、そしてその現状に満足しているいい子』。
そんな正しい真っ白な嘘を塗り重ねて、綻びが出ないように生きていく。
たとえ誰かに、「感情がない」とか「つまらない」って思われたってかまわない。
それが、この家の中での、私の役割だから。
だって、私は雨衣の影だから。
主役じゃない。
照らされる必要も、声を上げる必要もない。
ただ静かに、そこに在ればいい。
「ご飯、あとで食べてもいい? 先に勉強の続きやっちゃいたくて」
「そう。いいけど……晴歌、あなた、最近顔色よくないわよ。本当に大丈夫?」
母の声には、たしかに少しだけ心配の色があった。
でも、それは私自身を見たものではなくて、「雨衣を支える私」を崩さないための確認のように感じられた。
私は笑ってみせた。いつもの、心配いらないよって顔で。
「そういうんじゃないから、心配しないで」
母が求める答えを笑顔で口にした。
その言葉で、母の顔がふっと緩む。
私のことはいいから……雨衣のことだけ考えていればいいから……だから、大丈夫だよ。
「晴歌も、よろしくね」
「何?」
「雨衣のことよ。学校で助けてあげてね」
「ああ……うん」
温め直したコロッケの「チン」という音が、静まり返ったリビングにぽつんと響く。
その音が、なぜかやけに空虚に思えた。
「でも大丈夫かしらねぇ。退院してすぐに学校なんて……。雨衣には少し家で休んだら?
って言ったんだけど、あの子、『どうしてもすぐに学校に行きたい』って言うこと聞かないんだから…… 」
本当、困ったわ。そう言いながら、母の口元はふと緩んだまま、元に戻らなかった。
まるで、長く待ちわびていた何かがようやく戻ってきたような、そんな顔だった。
それを見て、私はいつもの言葉を迷いなく取り出す。
「……無理しそうだったら私が止めるから、大丈夫だよ」
母は安心したように頷いて、手を止めることなく言った。
「そうよね。晴歌がいてくれて助かったわ。そう、それで雨衣ったらね――」
そこから先は、“雨衣の話”が続く。終わる気配はない。
体調が悪ければ「不安だ」「どうしたらいいのか」と嘆き、良くなれば良くなったで「また悪くなるんじゃないか」と心配する。
私はいつだって、その母の言葉に、安心できるような答えを返す係だ。
これで、なんの問題もない平和な家族の出来上がり。
私さえちゃんと振る舞っていれば、みんなうまくいく。
私は『妹に優しいお姉ちゃんで、手のかからない良い娘で、そしてその現状に満足しているいい子』。
そんな正しい真っ白な嘘を塗り重ねて、綻びが出ないように生きていく。
たとえ誰かに、「感情がない」とか「つまらない」って思われたってかまわない。
それが、この家の中での、私の役割だから。
だって、私は雨衣の影だから。
主役じゃない。
照らされる必要も、声を上げる必要もない。
ただ静かに、そこに在ればいい。
「ご飯、あとで食べてもいい? 先に勉強の続きやっちゃいたくて」
「そう。いいけど……晴歌、あなた、最近顔色よくないわよ。本当に大丈夫?」
母の声には、たしかに少しだけ心配の色があった。
でも、それは私自身を見たものではなくて、「雨衣を支える私」を崩さないための確認のように感じられた。
私は笑ってみせた。いつもの、心配いらないよって顔で。
「そういうんじゃないから、心配しないで」
母が求める答えを笑顔で口にした。
その言葉で、母の顔がふっと緩む。
私のことはいいから……雨衣のことだけ考えていればいいから……だから、大丈夫だよ。
