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この雨の中、夜空に星が光るはずもなく。
傘を右手に、スーパーの袋を左手に下げて、私は静かな住宅街を歩いていた。
本当は夕食を作るつもりだったのに、時間がなくてできそうもなかったから急遽スーパーに寄った。
できあいの物をテーブルに並べるだけになるけど、「勉強で忙しくて」と言ったら母はきっと許してくれるだろう。
――結局、夏生に会えなかった。
たった一日会えなかっただけなのに、心にぽっかり穴が開いたような気分だ。
もうこれって立派な中毒者じゃん。
……なんて、買い物袋をブラブラさせながら自虐的に笑う。
――あれ。
家の前まで来たら、リビングの窓からあかりが漏れているのに気づいた。
母はまだ病院で、帰ってないはずなのに……消し忘れ? それとも泥棒……とか。
焦って玄関のドアを開けると、家の奥からバタバタと足音がして、母が飛び出してきた。
「晴歌! 遅かったじゃない。どうしたの、こんな時間まで」
「お……お母さんこそ、早いね?」
「雨衣の調子が良さそうだから早めに切り上げたのよ。そんなことより、あなた――」
母はすぐに私のそばまで来て、全身をまじまじと見つめた。
公園で男を待ってた……なんてことは絶対に言えない。
「結局どこにいたの」
「もうすぐテストだから図書館で勉強してたんだ」
「……そうなの? ならいいんだけど……」
母の声は、思ったよりあっさりしていた。
母は、私の言うことになんの疑問も持たない。私を疑わない。
信頼の証、なんて言ったら聞こえがいいけど、単に私にさほど興味がないだけだ。
「電話が繋がらないから心配しちゃったわよ」
取ってつけたような「心配しちゃった」に吹き出しそうになった。
私に対する「心配」なんて雨衣に向けるそれに比べたら、あってないようなものだ。
「ごめん、充電切れちゃったみたいで」
「あら、昨夜充電し忘れたの? それとももう寿命かしらね……」
母は自然な手つきで私の手から買い物袋を受け取ると、中をちらりと覗き込んだ。
「コロッケなのね」
「あの、本当は作ろうと思ったんだけど、思ったより勉強が捗っちゃって……――」
「いいのよ、いいの。ママもね、最近晴歌に頼りっぱなしだったなぁって反省していたところなのよ。雨衣が退院したら、ママもっと頑張るから。ね?」
ああ……そういうことか。
今日の母がやけに上機嫌だった理由。
それは、雨衣の体調が良くなったから。
目尻を緩ませながら笑うその顔は、いつもの疲れた母じゃなかった。
まるで別人みたいに軽やかで、明るくて。
――それだけ、母にとって雨衣の存在は大きいのだ。
そう思ったら、湯気の立たないコロッケの匂いが、やけに油っぽく感じた。
この雨の中、夜空に星が光るはずもなく。
傘を右手に、スーパーの袋を左手に下げて、私は静かな住宅街を歩いていた。
本当は夕食を作るつもりだったのに、時間がなくてできそうもなかったから急遽スーパーに寄った。
できあいの物をテーブルに並べるだけになるけど、「勉強で忙しくて」と言ったら母はきっと許してくれるだろう。
――結局、夏生に会えなかった。
たった一日会えなかっただけなのに、心にぽっかり穴が開いたような気分だ。
もうこれって立派な中毒者じゃん。
……なんて、買い物袋をブラブラさせながら自虐的に笑う。
――あれ。
家の前まで来たら、リビングの窓からあかりが漏れているのに気づいた。
母はまだ病院で、帰ってないはずなのに……消し忘れ? それとも泥棒……とか。
焦って玄関のドアを開けると、家の奥からバタバタと足音がして、母が飛び出してきた。
「晴歌! 遅かったじゃない。どうしたの、こんな時間まで」
「お……お母さんこそ、早いね?」
「雨衣の調子が良さそうだから早めに切り上げたのよ。そんなことより、あなた――」
母はすぐに私のそばまで来て、全身をまじまじと見つめた。
公園で男を待ってた……なんてことは絶対に言えない。
「結局どこにいたの」
「もうすぐテストだから図書館で勉強してたんだ」
「……そうなの? ならいいんだけど……」
母の声は、思ったよりあっさりしていた。
母は、私の言うことになんの疑問も持たない。私を疑わない。
信頼の証、なんて言ったら聞こえがいいけど、単に私にさほど興味がないだけだ。
「電話が繋がらないから心配しちゃったわよ」
取ってつけたような「心配しちゃった」に吹き出しそうになった。
私に対する「心配」なんて雨衣に向けるそれに比べたら、あってないようなものだ。
「ごめん、充電切れちゃったみたいで」
「あら、昨夜充電し忘れたの? それとももう寿命かしらね……」
母は自然な手つきで私の手から買い物袋を受け取ると、中をちらりと覗き込んだ。
「コロッケなのね」
「あの、本当は作ろうと思ったんだけど、思ったより勉強が捗っちゃって……――」
「いいのよ、いいの。ママもね、最近晴歌に頼りっぱなしだったなぁって反省していたところなのよ。雨衣が退院したら、ママもっと頑張るから。ね?」
ああ……そういうことか。
今日の母がやけに上機嫌だった理由。
それは、雨衣の体調が良くなったから。
目尻を緩ませながら笑うその顔は、いつもの疲れた母じゃなかった。
まるで別人みたいに軽やかで、明るくて。
――それだけ、母にとって雨衣の存在は大きいのだ。
そう思ったら、湯気の立たないコロッケの匂いが、やけに油っぽく感じた。
