雨音ラジオで君を待つ

病院を出ると、雨はすでに小降りになっていた。
傘を差さずに歩けるくらいの優しい雨。
このまま晴れるなんてことはなさそうだけど、念のため急いだ方がよさそうだ。


なんてったって「雨音ラジオ」。
雨音がなくなったら配信もしないかもしれない。
だいたい、どのくらいの雨で配信するのか基準がわからないんだ。
とにかく足早に公園へと向かう。


公園に着くと、水たまりの範囲が前よりも広がっていた。
長雨のせいで、土の部分はぬかるんでいて、ほとんど足の踏み場がない。
それでも気にせず滑り台の下へ近づき、そっと土管を覗き込む。
「あ、やっほー晴歌」なんて一言を期待して。
だけど……――。


「あれ……」


中に夏生の姿はなかった。ギターケースすらない。
おかしいな……まだ時間じゃないのかな。
スマホを見る。いつも配信をしている時間……のはず。
今日はとことんタイミングが合わないな。二度目の肩透かしに、脱力するほかない。
だけど彼の言葉を信じるなら配信はするはずだから、このままここで待っていることにした。


「お邪魔しまーす……」


夏生の場所(・・・・・)っていう感じがして、ついしなくてもいい挨拶をしてしまう。
身をかがめて入り込み定位置に座り込むと、そこからの景色がいつもと違って見えて不思議な感覚がした。
夏生一人いないだけなのに、こんなにも空っぽになるなんて……変なの。


「……寒」


こんなに寒かったっけ、ってくらい、冷たさが直に肌に伝わってくる。
震えが止まらなくなって、カバンの中からハンカチを取り出し、広げて膝にかける。
こんなものでもないよりはマシなはず。


――サァァァァァ……。

「…………」


私一人分の呼吸音と細かな雨音とが土管内に反響する。
一人で聞く雨音は、やっぱり私を責める音でしかなくて。
夏生のくだらない冗談や、あのギターの音が、どれだけこの空間を温めてくれていたのか。
今、ひとりになってやっと気づく。


一時間くらい経っただろうか。
辺りは少しずつ暗くなってきて、雨も細く、音だけが静かに響いていた。
時折雨音に混じって救急車の音がして、その度に「もしかして夏生なんじゃ」なんて嫌なことを考えてしまう。


「そだ、連絡……」


最初からこうすればよかった。
すっかり冷えてかじかむ手でスマホを取り出し、メッセージアプリをタップする。
スクロールしていくつかのアイコンが通り過ぎたところで、ふと気づいた。


バカだ。
私……夏生の連絡先を知らない。


なんで聞いてなかったんだろう。
でも、すぐにわかった。聞く必要なんてなかったからだ。
この梅雨の時期、公園を訪れたら夏生は必ずこの場所にいて、暑苦しいほどの笑顔で私を迎えてくれたから。


夏生がいないなんて、こんなこと初めてだったんだ。
いて当たり前だと思っていた人が、そこにいない。
それだけのことなのに、なんでこんなにも寂しくなるのか。


「……早く来てよ。寒いよ……」


ぽつりとこぼれた声は、誰に届くでもなく、雨音に溶けて消えていった。