――ジャン……。


ゆっくりとしたストロークの音が、土管の中に響き渡る。
私はそっと目を閉じ、音の揺れに耳をすませた。
いつの間にか、夏生のストロークはアルペジオに変わっていた。
その一音一音が雨音と重なって、滴れ落ち、新しい煌めきが生まれてくる。
土管の中の空気が音の余韻で満たされて、雨の冷たさすらどこか遠くに感じた。


本当にさっき話していた人と同じ人?
夏生のふざけた言動からは想像できないくらい、透明感のある音楽。
純粋で、ただただキレイ。
「タイトルはまだありません」なんてつけられちゃ、曲がかわいそうだ。
こんなにも、ちゃんと心を揺らしてくれるのに。


「……ん、んー……」


と、突然音がピタリと止んだ。
何事かと夏生を見ると、夏生は手を止めて私をじっと見ているところだった。


「……どう、したの……?」

「キレイな声」

「え? あ……」


私……歌ってた?
その事実に恥ずかしくなって慌てて口をおさえた。
だけどもう遅い。夏生がニヤニヤしている。


「ない。う、歌ってない」

「え~? 歌ってたって。なんで恥ずかしがんの」

「恥ずかしいとかじゃなくって歌ってないから」

「いやいや、聞こえたね、晴歌の声が。俺の曲、覚えてくれたんだ。嬉しーなぁ」

「し、しつこいな。おんなじ曲しか弾かないから覚えちゃったんじゃん」


口をついた瞬間、しまった、と思った。
これはもう、肯定してるようなもの。
案の定、夏生が満足そうに頷いた。


「変だよ、なんでそんなに嬉しそうなの」


ちょっと鼻歌歌っただけなのに。
しかも歌手でもなんでもない、私なんかが。


「だってさ、晴歌が俺の作った曲をいいなって思って、歌ってくれたんだろ。嬉しいに決まってんじゃん?」


そう言ってギターを大切そうに抱きしめた。


「……ふうん」

「ホントは晴歌をこう(・・)したいけど、ギターでガマン」

「……さすがにそれは……キモイ」


わざと冷たく返してみる。
だけど夏生は、まるでそれすら嬉しいみたいに、ケラケラと笑った。


......嬉しかったのに。
私の行動で夏生が喜んでくれたことが、すごくすごーく嬉しかったのに。
「ありがと」って、たった一言なのに言えなくて、やっぱりこの場所にいるのが雨衣だったらよかったんじゃないかと、そんなことを考えてしまった。


夏生に会ったのは、まだたったの二回。
「雨音ラジオ」だって、最初から追っていたわけじゃない。
私はただの、にわかリスナー。
それなのにこんなことを思うのは変なのかもしれないけど……。
ほんのちょっとだけ、夏生とのこの時間が、雨衣もなにも関係ないこの空間が、私の中で特別になりつつある。
ここにいると安心できる。



「今度は配信でも歌ってよ」


それは本気なのかそれとも冗談なのか。
やっぱりよくわからない夏生の言動に、私の気持ちは柄にもなく揺さぶられるのだ。