雨音ラジオで君を待つ

「――お疲れ」


配信が終わったタイミングを見計らって声をかけると、夏生はスマホをタップして、悪戯っぽく笑った。


「晴歌もしゃべってくれてよかったのに」

「しゃべる……わけないじゃん」

「なんでー。俺が一人でしゃべってんのをずーっと見てても、つまんなくね? 暇でしょ」

「いや、いつも一人でしゃべってるのを聞いてるし」

「たしかに!」


そう言って夏の日差しみたいにカラッと笑う。
夏生って悩みとかなさそう。それが羨ましく思う。


「……さっき」


言ってから、自分の声が少し強ばっているのに気づいた。


「ん?」

「妹いるって言ってたけど」

「あー」


夏生がギターを横に置いて、ちょっと体勢を崩す。
リラックスしたその仕草を見て、ますます自分の言葉がぎこちなく感じられた。
自分でもなんでこんなこと聞いたのかわからない。
別に、共通の話題で盛り上がりたいわけでもないだろうに。


「いるよ。すげー可愛いのが一人」


あ……――。
夏生があまりにも幸せそうに微笑むから。
その関係性を勝手に想像して、胸の奥が軋む。
いいな。「可愛い」って即答できちゃう妹がいて。


「……シスコン?」

「まぁまぁ。ほら、見てよ」


そう言って、夏生はポケットから定期入れを取り出すと、パカッと中を開いて私に見せてきた。
小さなビニール窓の中には、六歳くらいの女の子の写真。
前髪は少し不揃いで、下の歯がまだ一本足りない。その子は、それでも花のように無邪気に笑っていた。
予想よりはるかに幼い。これは溺愛してても仕方ないのかも。


「……たしかに、可愛いね」

「だっろー⁉」

「歳が離れてるとやっぱ可愛く思えるもの?」

「んー? ん、まぁね。晴歌は? 晴歌は兄弟いねーの?」

「私……」


私、の話……?


途端に、気持ちに影が射した。
頭の中に、あのときの声がよみがえる。


「私の話なんて……普通だし、つまんないし、だから……っ」

「別に面白い話しなくてもよくね?」


え……――。
驚いて夏生の顔をまじまじと見つめる。
でも夏生は、まるでなんでもないことのように、首をかしげて私を見返してきた。


「俺は面白い話を聞きたいわけじゃなくて、ただ晴歌のことを知りたいってだけなんだけど。そこに『面白い』とか必要ないわけ。オーケー?」

「え……ええ……?」


つまらなくてもいいってこと?
思わず黙り込んでしまった私の顔が可笑しかったのか、夏生はプッと吹き出した。


「いや、面白いよ晴歌。じゅーぶん面白いから」

「え、え」

「だから安心して話しなって。な?」


夏生が私の背中をバシッと叩く。だから距離感バグってるってば。
でも……そのひと言が、不思議とあたたかかった。
夏生は私が話をしても「つまらない」って思わないってこと?
そう思ったら、心の片隅にずっとあったモヤモヤが、シュワッと消えてなくなった気がした。