やっとチャイムが鳴る。
いつもよりほんの少し早くカバンを背負い、教室を出た。
昇降口を抜けて傘を開く。
雨はまだ、しとしとと降り続いていた。
その音に、ほっとする。
ずっと続いていてくれてよかったとすら思う。
公園の入り口を抜けて、土管が見えた瞬間、少しだけ息が弾んだ。


「お疲れ、晴歌」


土管を覗き込むと、夏生が背中を向けたまま迷いなく私の名を呼んだ。
夏生も今来たばかりなのか、背負っていたギターケースをそっと地面に置くところだ。
――にしても。


「……人違いだったらどうするの」


いくら雨だからって人が来ないとも限らない。
それなのに、誰が来たかも確認しないで開口一番「晴歌」だなんて、博打もいいとこだ。


「だって、晴歌でしょ。足音でわかるもん、俺」


夏生はそう言って、振り返りざまに無邪気に笑った。
本当に夏生って、意味不明。


「んなわけないじゃん……」


呆れたように返しながら、それでも口元が緩んでしまう。
気づけば傘を畳んで、私は土管の中へと入り込んでいた。
薄暗くて、ひんやりとしていて、湿った空気が肌にまとわりつく。
でも、その真ん中に夏生がいると、不思議と落ち着いた。


「……まぁいいけど。もしかして配信終わっちゃった?」

「いんや、まだ。ちょうど今からやるとこだけど……隣で聞いちゃう?」

「え、いいの。そういうのって一人でやりたいもんじゃないの」

「晴歌はトクベツ」


好きな子だからね、と付け加えて、夏生はおもむろにギターを取り出した。
まったく、どこまでも調子がいいんだから。
夏生の「好き」という言葉は、それこそ言いすぎて特別感がない。
きっと誰にでも言っているんだろうなと、そんな感じがして本気にはできなかった。
それでも嫌悪感がないのは、やっぱり夏生が雨衣側(・・・)の人間だからなのかもしれない。
私は結局、そんな人間に弱い。


夏生がスマホを取り出して、ちらりと私を見た。
私は頷いて、隣で静かに座り直す。
土管の中。
狭くて、湿っていて、でも確かにここは、私たちだけの空間だった。


「――ハロー、ハロー。久しぶりの人も初めましての人も、おはよ、こんにちは、こんばんは。雨音ラジオ始まりました」


スマホをタップする音、夏生の声、そして外の雨音。
それらがゆっくりと重なって、今日もこの小さな世界が静かに始まった。