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朝、ザァァと耳にこびりつくような雨音で目が覚めた。
カーテン越しに届くその音は、静かに、でも絶え間なく部屋を包み込んでいる。
ゆっくりとカーテンを引くと、窓の外には一面の曇天。
遠くの空までびっしりと雨雲が広がっていて、景色は薄灰色に沈んでいた。
いつもだったら、ただただ気が重くなるだけの天気。
だけど、今日は……ほんの少しだけ違って見えた。
決して「好きになった」わけじゃない。
でも、こんな日だからこそ得られるものがあるって、今は知っているから。
――雨音ラジオ。
一日ぶりの雨は、憂鬱だけでなく、そんなちょっとした楽しみまで連れてくるようになったのだ。
放課後、夏生はまた土管の中にいるだろうか。
ううん、きっといる。
その「きっと」に、ふっと小さく笑ってしまった自分に気づく。
学校帰りに寄ってみようかと考えるだけで、なんだか今日一日を乗り越えられる気がした。
授業中、ノートを取る手は動いていたけれど、意識はどこか遠くを漂っていた。
黒板の文字を写しているはずなのに、気づけば何行も意味を追えていなかった。
ペンを握る指先だけが、自動的に動いている。
――まだ、雨は降っているだろうか。
そんなことばかりが、ぐるぐる頭の中を占めていた。
「瀬戸さん?」
その声にはっと顔を上げると、数学の先生がこちらを見ていた。
「さっきの問題だけど……答え、出せる?」
「あっ……すみません……ちょっと、わからなくて……」
先生は数秒、静かに私を見つめた。
教室が少しだけしんとする。
「どうしたの……? 瀬戸さんらしくないよ」
その言葉に、心臓が小さく跳ねた。
「えっ……」
言葉に詰まったまま、そっと目を逸らす。
先生はそれ以上なにも言わなかったけれど、そのひと言だけが、静かに胸に残った。
昼休み、パンをかじっていると、いつも通り玲奈がお弁当箱を持ってやってくる。
すっと隣に座ると、私の肩を軽く小突いてきた。
「なーんか今日、ぽやってしてるよ?」
「……そう?」
パンをもう一口かじって返す。
目線は変えず、あくまでいつも通りのつもりで。
でも、うまく笑えなかった気がする。
「数学のとき、先生に名前呼ばれてたじゃん。びっくりしてたよね」
「うん……ちょっと考えごと、してて」
「へぇー。授業中に? めずらし」
ストローをくるくる回しながら、玲奈はいつも通りのテンションで話しかけてくる。
からかってるわけでも、心配してるわけでもない。
ただ、ふと思ったことを口にしただけ。
そういうとこ、昔から変わらない。
それが、少しだけありがたかった。
「午後イチ、英語だよね?」
「うん。居眠りしないように気をつけなよ」
「……しないって」
苦笑いで返しながら、パンの端を指先でちぎった。
――ちゃんとできてなかった。
それを人に見られてた。
それが、思ったよりもずっと、堪えていた。
私、いつから「真面目な子」でいることが当たり前になってたんだろう。
それを少しでも崩したら、何かがばれてしまうような気がして。
でも――今日の私は、少しだけ、いつもと違ってた。
その「少し」を、誰かが気づくかもしれない。
そう思ったら、そわそわした。
雨音が、ずっと耳の奥で鳴っている。
静かで、止む気配のない音。
気づけば、午後の授業のことなんて頭から抜けていて、
ただ放課後のことばかり考えていた。
朝、ザァァと耳にこびりつくような雨音で目が覚めた。
カーテン越しに届くその音は、静かに、でも絶え間なく部屋を包み込んでいる。
ゆっくりとカーテンを引くと、窓の外には一面の曇天。
遠くの空までびっしりと雨雲が広がっていて、景色は薄灰色に沈んでいた。
いつもだったら、ただただ気が重くなるだけの天気。
だけど、今日は……ほんの少しだけ違って見えた。
決して「好きになった」わけじゃない。
でも、こんな日だからこそ得られるものがあるって、今は知っているから。
――雨音ラジオ。
一日ぶりの雨は、憂鬱だけでなく、そんなちょっとした楽しみまで連れてくるようになったのだ。
放課後、夏生はまた土管の中にいるだろうか。
ううん、きっといる。
その「きっと」に、ふっと小さく笑ってしまった自分に気づく。
学校帰りに寄ってみようかと考えるだけで、なんだか今日一日を乗り越えられる気がした。
授業中、ノートを取る手は動いていたけれど、意識はどこか遠くを漂っていた。
黒板の文字を写しているはずなのに、気づけば何行も意味を追えていなかった。
ペンを握る指先だけが、自動的に動いている。
――まだ、雨は降っているだろうか。
そんなことばかりが、ぐるぐる頭の中を占めていた。
「瀬戸さん?」
その声にはっと顔を上げると、数学の先生がこちらを見ていた。
「さっきの問題だけど……答え、出せる?」
「あっ……すみません……ちょっと、わからなくて……」
先生は数秒、静かに私を見つめた。
教室が少しだけしんとする。
「どうしたの……? 瀬戸さんらしくないよ」
その言葉に、心臓が小さく跳ねた。
「えっ……」
言葉に詰まったまま、そっと目を逸らす。
先生はそれ以上なにも言わなかったけれど、そのひと言だけが、静かに胸に残った。
昼休み、パンをかじっていると、いつも通り玲奈がお弁当箱を持ってやってくる。
すっと隣に座ると、私の肩を軽く小突いてきた。
「なーんか今日、ぽやってしてるよ?」
「……そう?」
パンをもう一口かじって返す。
目線は変えず、あくまでいつも通りのつもりで。
でも、うまく笑えなかった気がする。
「数学のとき、先生に名前呼ばれてたじゃん。びっくりしてたよね」
「うん……ちょっと考えごと、してて」
「へぇー。授業中に? めずらし」
ストローをくるくる回しながら、玲奈はいつも通りのテンションで話しかけてくる。
からかってるわけでも、心配してるわけでもない。
ただ、ふと思ったことを口にしただけ。
そういうとこ、昔から変わらない。
それが、少しだけありがたかった。
「午後イチ、英語だよね?」
「うん。居眠りしないように気をつけなよ」
「……しないって」
苦笑いで返しながら、パンの端を指先でちぎった。
――ちゃんとできてなかった。
それを人に見られてた。
それが、思ったよりもずっと、堪えていた。
私、いつから「真面目な子」でいることが当たり前になってたんだろう。
それを少しでも崩したら、何かがばれてしまうような気がして。
でも――今日の私は、少しだけ、いつもと違ってた。
その「少し」を、誰かが気づくかもしれない。
そう思ったら、そわそわした。
雨音が、ずっと耳の奥で鳴っている。
静かで、止む気配のない音。
気づけば、午後の授業のことなんて頭から抜けていて、
ただ放課後のことばかり考えていた。
