だけど――。


「――新しく雨衣さんの担当になりました、右京です」


雨衣の病室の前で待っていたのは、なんとさっきぶつかった、あの無愛想な医師だった。


「君は雨衣さんのお姉さん、ですね?」

「は、はい……」


さっきの一件が頭をよぎって、自然と背筋がこわばる。
視線を上げると、やっぱりというか、変わらず無表情な顔がそこにあった。
切れ長の目に黒縁メガネ。白衣の下にはシワのあるシャツ。髪の一部には寝癖の名残も見える。
どこか生活感が滲むその風貌に、「すっごーくイケメン」という雨衣の感想が少しだけ遠く感じた。
たしかに若い。
「ギリ二十代」ってのは本当っぽい。
でも、それ以上に印象を強くするのは、あの目だった。
感情の見えない、冷たい色をした目。


――いつも親身になって話を聞いてくれるし、こないだなんて私向きだからってアプリを紹介してくれたんだよ?


雨衣……この先生が親身になってくれるとは思えないんだけど。
それとも患者にはとことん優しいタイプなんだろうか。


「――ますが」

「え……」


あ、聞いてなかった。
聞き返したりして怒られるかと思ったけど、先生は表情一つ変えず、同じ言葉を繰り返した。


「雨衣さんのお見舞いに毎日のように来ていただいていると聞いていますが」

「え、あ、はい。えっと、毎日……じゃないんです。雨衣の体調が悪い日はなんとなくわかるんで」


「そうですか。家族思いなんですね」


その言葉とは裏腹に、先生はニコリともしない。むしろ真顔のまま私を真っ直ぐ見つめてきた。
その鋭い眼光に、なんだか心の奥底を覗かれているみたいな気持ちになって、そっと目を逸らす。


「いえ、別に……」

「妹さんを大切にするのはいいですが、自分のことも忘れずに」


え……――。


それってどういう意味ですか。
その問いは、胸の中でこだましただけで、声にはならなかった。
見上げたときには、もう先生の背中はずっと先。
長い廊下の先、突き当たりへと小さくなっていく。


変なの。
初対面で、一体私の何がわかるって言うんだろう。
それとも雨衣が、余計なことでも話したんだろうか。


そうだとしても――。
雨衣のことだ。いいことしか言っていないはず。
雨衣はいつだって、いいように見てくれる子だから。