この日、病院の窓から見える空は、珍しく晴れ渡っていた。
澄み切った青の向こうに、ほんの少しだけ白い雲が浮かんでいる。
日の光が廊下にさんさんと降り注ぎ、磨かれた床に柔らかく反射する。
目に見えないあたたかなものが充満して、こころなしか、すれ違う患者や看護師たちの表情もどこか緩んで見えた。
病院を訪れる日がいつもこんなだったらいいのに。
そんなことを思いながら、私は窓辺からそっと視線を外し、手にしていたスマホの画面に目を落とす。


ラジオ配信アプリを開いてスクロール。
お気に入りに入れておいた「雨音ラジオ」は、今のところ配信されていないようだった。
当たり前だ。こんなに晴れているのだから。
きっと今日はあの土管に夏生はいない。つまり……帰りに寄っても会うことはない。
あんなに意味不明な人なのに、なんとなく寂しい気がするのはなんでだろう。


まぁどうせすぐ雨は降るし、会ったら会ったで彼のよくわからない話に辟易しそうだけど。
私はスマホをポケットにしまい、軽く伸びをしてから、廊下の角を曲がった。
今日は雨衣の新しい先生に会える日だ。
雨衣の言うように「イケメン」かどうか、しっかり見ておかないと――。


「……っ!」


突然、目の前が真っ暗になった。ぶつかる衝撃と共に、体がほんの少し後ろに跳ねた。
見上げると、背の高い若い医師がこちらを見下ろしていた。
無表情で、どこか冷たい目。
一瞬、呼吸が詰まる。


「気をつけて」


その声は驚くほど淡々としていて、抑揚がなかった。
声にも表情にも温度がない。


「すみません……」


頭を下げると、その医師は足早に通り過ぎて行った。
振り返ることもなく、白衣の裾を翻して廊下の奥へと消えていく。
たしかにスマホに気を取られていた私が悪いけど、もうちょっとこう、「大丈夫?」とか気の利いた一言があってもいいのに。
冷たそうな先生。
あの人が雨衣の担当医じゃないといいんだけど。
私は思わず小さくため息をついた。