晴歌(はれか)ー。ごめん、お待たせ……?」


息を弾ませた玲奈(れな)が、男子と入れ替わるようにして入ってきた。
教室をサッと見渡すなり、廊下を振り返って首を傾げる。


「なに、晴歌。上田と知り合いだっけ」

「あ、上田くんっていうんだ」

「ん? 今二人きりだったじゃん。話してたんじゃないの?」

「話してたっていうか……」


私の言葉にピンと来たらしい。
玲奈は「うーわ」と言いながら額に手を当て、宙を仰いだ。
その大袈裟な動作に、自慢のポニーテールがふわり揺れる。


「わかっちゃった。告られてたんだ」

「いや……そう、なのかな。よくわかんない」

「なにそれぇ」

「だって……」


名前も知らない、まして話したこともなかった人が、いきなり告ってくるなんてことある?
それにだいたい、「好き」とすら言われてない。
もっと軽い感じ……それこそ、「今からみんなでカラオケ行かね」くらいのノリだ。
あんなの告白とは言わない。


玲奈は私の近くまで歩いてくると、自分の席に置きっぱなしだったカバンをひょいと肩にかけた。


「それで、どう答えたの」

「え、どう言おうか考えてたら……『やっぱいーや』って言われちゃった」


私の答えに玲奈は「うっそ!」と目を見張った。


「もったいな! 上田って結構人気あるんだよ? とりあえずつきあっとけばよかったのに!」

「ええ? よく知りもしないのに、そんなことできないよ」

「はーっ、雨衣ちゃんと違って、ほんっと真面目なんだからぁ」


玲奈はボソリと呟くと、肩をすくめて小さく笑い、Uターンしてドアの方へ歩いていった。
私も慌てて席を立ち、彼女の背中を追いかける。
廊下に出た途端、じわりと湿った空気が頬に張りついた。


――雨衣と違って。


何気なく放たれたその言葉に、胸がチクンと痛んだ。 まるで、小さなトゲが刺さったみたいに。
むしろ、よく知りもしないのに「つきあおう」って言う方が軽薄だと思うんだけど。


「……真面目ってことなくない?」

「真面目、真面目。だってそんなの、『お友達からで~』とかなんとでも言えばいいじゃん? 晴歌のかたーい返事に上田もひいちゃったんだって」

「…………」


黙っている私を気にもとめず、玲奈はニヤニヤ笑いながら「それにさ」と続ける。


「晴歌、田中の課題やってあるでしょ」

「え……問題集やっとけっていうやつ? やってあるけど……それがなに? 今の話と関係あるの?」


玲奈は楽しそうに「ほーらやっぱり!」と叫んだ。


「そういうとこがさ、真面目だって言ってんの! 一週間も猶予あるのにすぐやっちゃうんだもん、晴歌。いいんだよぉ、テキトーで。もっと楽に生きたらいいのに」


だって――。


モヤモヤとした気持ちが、口の中いっぱいに広がる。
吐き出したいけど吐き出せなくて、余計に苦しさが募った。


――だって、仕方ないじゃん。
ずっとそういう風に生きてきたんだから。