「――顔色、良くなった」
「……え」
彼の声が思いがけないほど優しくて、はっと目を開けた。
気づけば、ギターの音はもう止んでいた。
私……聴き入ってたんだ。
いつの間に終わっていたのかもわからないくらい、深く音に沈んでいた。
でもそう言われればたしかに、さっきまで感じていた吐き気とか目眩はなくなっている。
スッキリというか……ううん、空っぽ。
なにも詰まっていない部屋の中に、風だけが通り抜けていくような、そんな感覚。
デトックス、ってこういうのを言うのかもしれない。
「あの……ごめんなさい」
消え入りそうな声で言った。
ヘンタイだと思って警戒してた、なんて言えるわけがない。
たぶんこの人は――いい人だ。
彼は「ぅえー?」と、妙な声を上げて、くしゃっと笑った。
その笑い声も、不思議と嫌じゃなかった。
「ナツキね。冬生まれだけど、夏に生きると書いて夏生。俺、ただでさえクソ寒い時に生まれたのに、肌が真っ白で泣き声が弱々しかったわけ。それを不憫に思った親が『ええーい、夏に生まれたことにしちゃえー』って付けたらしいんよ。夏に生まれたことにしたら元気になるとでも思ったんかね。まーおかげさまで元気に育ちましたけど」
「え……? えっと……はい」
「いやいやいや、 ここはお互い自己紹介する流れ!」
唐突に背中を叩かれて、声にならない息が漏れた。
じんわりとした痛みが、肌を通して背骨に届く。
なにこの人……距離感が謎。
やっぱりちょっと癖が強……変な人、かも。
「……晴歌。晴れるに歌って書いて晴歌、です」
「へぇー。その場合って『晴れたのが嬉しくって歌った』んかな。それとも『歌ったら晴れた』んかな」
「ええ? ……さぁ」
視線がふいに合って、すぐに逸らす。
そのまま頬をかきながら、曖昧に笑ってごまかすしかなかった。
会話ってこんなに難しかったっけ。
うーんうーんと唸り続ける彼――夏生を見てそう思う。
それによく考えたら、いつも玲奈や雨衣ばかりで、高校生の男子とまともに会話したことがなかった。
男子ってどんな話題が好きなんだろう。
『つまんないんだよなぁ』
――ふいに、あの言葉が胸に引っかかった。
また言われてしまうかもしれない。
緊張が喉を締めつける。
ごくんと唾を飲み込んだ。
「――でもさぁ、どっちにしろいい名前だよな、晴歌」
晴歌。
そう呼ばれてドキッとした。
「あの、名前……」
「ん? 晴歌だろ? えっ、うそーん、実は晴歌じゃないとか⁉」
「晴歌だけど、えっと――」
そうじゃなくて、いきなり呼び捨てって……。
夏生は「おどかすなよー」とケラケラ笑った。
「晴歌、これもなにかの縁ってことで――仲良くしようぜ」
私に向かって差し出される左手。
少しだけ迷って、そっと手を伸ばす。
指先が触れたとたん、思わず息を飲んだ。
夏生の手は見た目からは想像できないくらい、ゴツゴツと硬くて。
――なにかが、始まる予感がした。
「……え」
彼の声が思いがけないほど優しくて、はっと目を開けた。
気づけば、ギターの音はもう止んでいた。
私……聴き入ってたんだ。
いつの間に終わっていたのかもわからないくらい、深く音に沈んでいた。
でもそう言われればたしかに、さっきまで感じていた吐き気とか目眩はなくなっている。
スッキリというか……ううん、空っぽ。
なにも詰まっていない部屋の中に、風だけが通り抜けていくような、そんな感覚。
デトックス、ってこういうのを言うのかもしれない。
「あの……ごめんなさい」
消え入りそうな声で言った。
ヘンタイだと思って警戒してた、なんて言えるわけがない。
たぶんこの人は――いい人だ。
彼は「ぅえー?」と、妙な声を上げて、くしゃっと笑った。
その笑い声も、不思議と嫌じゃなかった。
「ナツキね。冬生まれだけど、夏に生きると書いて夏生。俺、ただでさえクソ寒い時に生まれたのに、肌が真っ白で泣き声が弱々しかったわけ。それを不憫に思った親が『ええーい、夏に生まれたことにしちゃえー』って付けたらしいんよ。夏に生まれたことにしたら元気になるとでも思ったんかね。まーおかげさまで元気に育ちましたけど」
「え……? えっと……はい」
「いやいやいや、 ここはお互い自己紹介する流れ!」
唐突に背中を叩かれて、声にならない息が漏れた。
じんわりとした痛みが、肌を通して背骨に届く。
なにこの人……距離感が謎。
やっぱりちょっと癖が強……変な人、かも。
「……晴歌。晴れるに歌って書いて晴歌、です」
「へぇー。その場合って『晴れたのが嬉しくって歌った』んかな。それとも『歌ったら晴れた』んかな」
「ええ? ……さぁ」
視線がふいに合って、すぐに逸らす。
そのまま頬をかきながら、曖昧に笑ってごまかすしかなかった。
会話ってこんなに難しかったっけ。
うーんうーんと唸り続ける彼――夏生を見てそう思う。
それによく考えたら、いつも玲奈や雨衣ばかりで、高校生の男子とまともに会話したことがなかった。
男子ってどんな話題が好きなんだろう。
『つまんないんだよなぁ』
――ふいに、あの言葉が胸に引っかかった。
また言われてしまうかもしれない。
緊張が喉を締めつける。
ごくんと唾を飲み込んだ。
「――でもさぁ、どっちにしろいい名前だよな、晴歌」
晴歌。
そう呼ばれてドキッとした。
「あの、名前……」
「ん? 晴歌だろ? えっ、うそーん、実は晴歌じゃないとか⁉」
「晴歌だけど、えっと――」
そうじゃなくて、いきなり呼び捨てって……。
夏生は「おどかすなよー」とケラケラ笑った。
「晴歌、これもなにかの縁ってことで――仲良くしようぜ」
私に向かって差し出される左手。
少しだけ迷って、そっと手を伸ばす。
指先が触れたとたん、思わず息を飲んだ。
夏生の手は見た目からは想像できないくらい、ゴツゴツと硬くて。
――なにかが、始まる予感がした。
