彼は「マジで。マジで俺怪しいやつじゃないから、マジで」と言いながら私に笑顔を向けてきた。
「マジで」が多すぎて逆に不安になる。
私はそれにはなにも答えず、彼からほんのちょっと距離をあけたところに座り込んだ。
もしなにかしてきたら思い切り引っ叩こう。
「痴漢に遭った時対策」として玲奈と護身術の動画を見ておいてよかったと、心の底からそう思った。
なるべく刺激しないように、静かにしておこう。
この雨が止むまでの辛抱だ。
そう自分に言い聞かせるように膝を抱いて、小さく息を吐いた。


「…………」


――ザアアアアアア……。


やだな。土管の中だからか雨が妙に反響する。
息苦しくなって、気を紛らわそうと視線を彷徨わせた。
この土管ってこんなに狭かったっけ。
雨衣と遊んでいた時は体が小さかったから、大きく感じていたみたいだ。
実際には彼と私、高校生の男女二人がやっと座れるほどの大きさしかなかったのに。


あの頃は純粋に楽しかった。なんにも感じなかった。
いつからだろう、雨衣と一緒にいるのが苦しくなったのは。
こんな風になっちゃったのは、なんで?
なんにも感じない、幼い子供の心のままでいられたらよかったのに。
周りの評価とか、比較とか、そういうので傷つかなくてすんだのに。


姉なんだから。しっかり。真面目に。弱音吐かないで。我慢して。ちゃんとやって。





姉なんだから――。




「う……えっ……」


唇を噛みしめたのに、声が漏れた。
ぐわんぐわんと、頭の奥で波のように響く不協和音。
ごめんなさい、ごめんなさい、もう責めないで。
頑張るから。母が雨衣にかかりっきりでも、周りが私じゃなくて雨衣を欲してても、平気なフリをするから。


だからお願い。雨衣じゃなくて晴歌(わたし)が苦しめばよかったのに、なんて……言わないで。



――ジャン……。


え……――。


雨音を上書きするように聞こえてきたのはギターの音だ。
ゆっくりとしたストローク。
反射した音が、私の頬や背中にふれるように伝わってくる。


驚いて顔を上げると、彼がいつの間にかギターを構えていた。
その表情は、土砂降りの世界とは似つかないくらい、穏やかで。


「今日はたった一人のために弾きまーす」



ふざけた声色でそう言ったあと、彼は静かにピックを弦に落とした。
流れ出したのは「雨音ラジオ」でいつも弾いている、あの曲。
優しくて、柔らかで。まるで幻想的な風景が目の前に現れたかのようだった。


やっぱり......すごく、すごくキレイだ。
心の奥が、洗われるみたいに澄んでいく。
音が胸に触れて、ほどけて、涙がまた滲みそうになる。