意を決して、公園の中へ足を踏み入れる。。
ところどころにできた大きな水たまりをよけながら、ゆっくりと滑り台へ近づいていく。
濡れた地面がじわりとスニーカーの靴底に吸いつく感触。
霧のように細かい雨が空気を包み、視界がぼんやりと霞む。
滑り台の姿も、輪郭がにじんでいて、まるで夢の中にいるみたいだった。


『――て、ことで。アメノナカさん、またコメント待ってる』


滑り台の表面に手を置くと、ざらりとした感触が指先に伝わる。
剥がれかけたメッキがポロポロと落ち、錆がむき出しになっている。
夢の中から一気に現実に引き戻された。
本当に、こんなところでラジオ配信を?
そう訝しみながらも、機械越し(イヤホンから)じゃない、生の声が土管の中から漏れ出ている気もして混乱する。


『今日はここまでにしよっかなー。天気予報だと明日も雨っぽいから、また明日、ちょうどいい(・・・・・・)時間に』


それでもまだ半信半疑だ。
だってたまたま私が聞くようになったラジオの配信者が、たまたま私の住む地域にいて、たまたま通りかかった時に配信している、なんて、そんな偶然あるわけ……――。


「じゃー、バイバ……イ……」
「………っ」


土管の入り口部分に手をかけ覗き込んだら、中には一人の男の子がいた。
バチッと目が合い、心臓が跳ねる。
ミルクティー色した髪の、ダボッとした白いパーカーに黒いワイドパンツ姿の男の子が、スマホ片手に座り込んでいる。
その傍らには、飴色のアコギが置いてあった。
もしかして……もしかしなくても、この人が「雨音ラジオ」の……?


彼は、目を丸くして私を見ながら、人差し指で素早くスマホをタップするような動作をした。
同時にイヤホンからプツリと配信が切れる音がする。


「えーと……」


――あ、この声……。
間違いない、この人が「雨音ラジオ」の人だ。
彼は戸惑ったように頭をかいて、「暇なら入る?」と言ってきた。


「え」


入るって……。
あまりにもありえない出来事についボーッとしてしまったけど、そういえばその後のことを全く考えていなかった。
配信者(この人)に会ったところで、大ファンってわけでもないし……なんなら、昨日聞き始めたにわか(・・・)だし……特に伝えるべき言葉なんてなにも……――。


「あの、私……」

「――雨の中、寂れた土管の中で偶然出会う男女……ってエモくね?」

「は?」


ニマーッと意味ありげに微笑む彼を見て、一気に肌が粟立つ。
なにこの人、ヘンタイ?
そもそもこの人がいい人か悪い人かもわからないのに、ただ一方的にネットで知ってるからって話しかけるのってなんだか危ない気がしてきた。


「や、いいです。帰ります……」
「うそうそ! ごめーん、ジョーダン!」


踵を返した私の耳に、必死の叫びが届く。
でも関係ない。さっさと退散しよう。
と、その時。


――ザアアアアア……。


空から、バケツをひっくり返したような雨が降ってきた。
途端に頭からびしょ濡れになる。


「入り、ます……」


めちゃくちゃ不本意だし、なんなら本当に危険かもしれないけど。
それでも雨に濡れるよりはマシ。そんな気がして振り返る。


ニマッと怪しい笑顔。
……やっぱり不審者かもしれない。


私は腰をかがめて恐る恐る土管の中に入った。