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ゆっくりと自動ドアが開き、ひとりの年配の男性とすれ違う。
病衣姿のその人は、小さな紙袋を両手に抱え、足取りもどこか重たかった。
見舞いの家族でも帰ったところだろうか。背中越しに、ひとつ小さなため息が漏れた気がした。


自動ドアをくぐった瞬間、ふわりと霧のような雨が顔を撫でた。
細かい粒が空気に溶け込むように降っていて、じわじわと前髪が湿ってくる。
来る時はまだ曇り空だったからすっかり忘れていたけど、今は梅雨。
鞄の中に傘が入っていないことを思い出し、私はうんざりしながら空を見上げた。


今日の雨衣は、昨夜の母のメッセージが嘘のように調子が良さそうだった。
笑い声は病室の壁に跳ね返り、あの子だけがそこに夏を持ち込んだみたいだった。
そして今日も、相変わらず私の学校生活について聞いてきた。
私の日々なんて、雨衣が期待するようなことはなにもないのに。
雨衣が読む小説に出てくるような、キラキラした青春とは無縁、なのに。


宿題をなるべく休み時間にすませ、放課後は玲奈と途中まで一緒に歩いて、それから病院。
夕方まで雨衣の話し相手をして、帰宅後は洗濯と夜ご飯の準備だ。


特に雨の日――雨衣の調子が悪くなる日は母が雨衣につきっきりになるから、こうした日々を過ごしていた。
おかげさまで料理はまぁまぁ(・・・・)できるようになった。
その代わり、いろんなものを失った気がするけれど。


もし……雨衣が元気だったら。


きっと雨衣のことだ。そこそこかっこいい男の子に告白されて、つきあったりして。
体育祭では応援席からかわいく声援送って、文化祭ではひっぱりだこで――。


雨衣は可愛いから。
みんなに愛されて、雨衣の好きな『キラキラした青春』を過ごせるんだろうな。
私とは違って。
私はその横で、静かに笑ってるだけなんだろうか。
隣で、黙って、羨ましさを飲み込んで――。
それって、すごく……惨めだ。


だから。
だからこそ、思ってはいけないことを思ってしまう。
そんな自分に同調するように、雨が降り続く。


傘に当たる雨粒の音が、体の芯まで響いてくる。
まるで、この雨そのものが、私の心にまとわりついているようだった。
重たくて、苦しくて、呼吸まで鈍くなる。
……やだ、こんな道端で泣くわけにいかない。
吐きそう。なにか……気を紛らわせるもの……。


ポケットに手を差し入れて飴玉でも探そうとした瞬間、指先がスマホの感触をとらえた。
スマホ……そういえば、今日は雨だから配信してるの、かな。


ふと気になって立ち止まり、アプリを開いた。
……やってる。
生憎リスナーはまだゼロらしい。
やってる、よね?


急いでイヤホンを耳に差し込み、再生ボタンをタップした。
雨と一緒に、あの声がまた届くような気がして――。