祈りの届く距離








悠斗のあの言葉が頭から離れずに、寝られなかった。
「そんなことない」とすぐに否定したけれど、彼はあんまりいい顔をしなかった。

それどころか「葵は強いよね」と言葉を残して帰った。


その言葉の意味とか、なんて答えるのか正解だったのかとか、悶々と色んなことを考えて、気づけば朝になっていた。


昨晩からしつこく振り続ける雨にうんざりしながら、授業を受ける。


朝、悠斗とは会わなかった。というか、避けられているんだと思う。いつもギリギリに登校するとはいっても、私の教室に必ず寄ってから自分の教室に向かうので、これは意図的に避けられている。


私たちは別れるんだろうか?


そう切り出されたら、私は嫌だと言えるだろうか。
私のことだから、分かったと首を縦に振るに違いない。





昼休みになって購買に行くと、悠斗とあの女の子がサンドイッチを手に持って会計に並んでいる。悠斗が屈んで女の子に耳を傾け、何やらクスクスと笑って楽しそうだ。

昨日あんなに顔を歪めていた人が、他の人の前ではあんなふうに笑っているなんて、複雑だ。見てはいけないものを見たような気持ちになった。


結局、お昼を買う予定だったけれど引き返して自販機でいちごミルクを買った。中庭を通り抜け、裏手へとまわる。


そこには木のベンチがひとつだけ置かれているだけで、誰もいない。軒下にあるベンチはかろうじて雨をしのげそうだった。


「もういっその事はやく、別れるって言ってくれたら楽なのに……」


背もたれに体重をあずけ、私は大きくため息を吐いた。甘すぎるくらいのいちごミルクを流し込んで、空腹を紛らわす。

ここはオアシスだ。友達もろくにいない、相談する相手もいない、めんどくさい。もう何もしたくない、そんな時に私はここに来る。


木のベンチは所々ささくれて、気をつけないとスカートを引っ掛けてしまう。けれど、そんなところも気に入っている。


私にはどうしたらいいのか、どれが正解なのか分からなかった。
彼氏が他の女の子と仲良くしているところに出くわしても、見て見ぬふりをしてしまうくらいに、私は自分の気持ちを隠そうとしてしまうし。


私は自分のことがよく分からない。
自分のことだけじゃなく、人のことも。


例えば仲良しこよしでトイレに連れ立ったり、グループで行動したりする理由とかも、行き過ぎた協調性や共感とか、なんでそんなにみんな必死になってるんだろう。


その習性が最悪の形をとると『いじめ』に発展してしまうことだってある。


ひとりを貶めることで、ただの仲良しこよしから、抜け出せない共犯関係へと変化するのだろう。


なんて愚かなシステムなんだと私は思うけれどそんなふうに誰かの同意を得られないと生きていられないなんて、そんなの息苦しいだけじゃないのか。


まず前提として、あのいじめられているあの女の子が悪いわけじゃないし、ましてや助けた悠斗が悪いわけもないけれど、モヤモヤが付きまとう。


こういう考え方が、可愛げがないことは分かってる。
一体こんなことで、この先の人生やっていけるのか不安だ。


この雨だって、いつ止むのか分からないのに。


もう止まないんじゃないかと思うくらい、延々と降り続ける黒い雨雲の下で目を瞑っていると「おいおい、ここで寝るとか、かなりチャレンジャーやな」と声がした。