祈りの届く距離




昨日は色々ありすぎたせいで、特徴的な関西弁の印象だけが残っていたが、改めて見てみると史郎は口さえ開かなければとても好青年で、まるで俳優のような顔立ちをしている。


そのせいもあってか、それとも転校生だからなのか、教室までの道中は、生徒達からの視線が痛かった。


「シロって目立つんだね」

「え? 何が?」

「いや、なんかすっごく周りの視線が痛いから」


史郎は私の言葉でやっと気づいた様子で「あぁー」と苦笑いを浮かべた。


「なんかさ、俺ってさ、都会やと目立つんよなー。ほら、関西弁が濃いめやし。前に容姿と言動が合ってないとか、めっちゃ失礼なこと言ってくる人もおったで」


私が言いたかったのはそういうことではないのだけれど、まあ確かにその関西弁は印象に残りやすい。


「結局、肝心なんは中身やんなー。豚まんの中身がちょっとしか詰まってへんかったら、めっちゃがっかりやん」

「でも、美味しそうって思われるのも大事じゃない?」

「めっちゃ美味しそうやけど、いまいちな豚まんか、ちょっと皮が破れたりしてるけどめっちゃ美味しい豚まんやったら、俺は後者選ぶで」

「なんで豚まん?」

「好きやから」


そんなことを話しているうちに教室に着く。
ゆっくりゆっくり喋りながら歩いていたおかげで、もう予鈴が鳴るギリギリの時刻になっていた。


「ここが、私たちの教室」


そう言ったが、史郎はなかなか教室に入ろうとしない。


「……そうか、ありがとう。あ、俺、職員室に教科書取りに行かなあかんねんやった」

「え? そのカバンは?」

「あ、これ? 中身すっからかん。やから、ちょっと遅れるわー。じゃあまた後でー」


「え、ちょっと!」と手を伸ばしたが、予鈴が鳴る。


史郎は手をひらひらとさせ、のんびり職員室の方向へ向かって歩いていく。


ここから職員室までの行き方知ってるのかな、そう思って追いかけよとしたが、史郎がちゃんと職員室に一番近い階段を降りていったのを見て、私は大人しく教室へと入った。


朝のホームルーム。先生は遅れてやってきた。
「今日から転校生が」との文言とともに、不貞腐れた横溝 史郎が教室へと入ってくる。


史郎が挨拶すると周りから「関西から来たのかな」とこそこそ小声が聞こえてきた。


史郎は私の席から少し離れた窓際の席に座るように言われた。


花道を通るように、皆からの視線を一身に集めて席へと向かう。その途中でキョロキョロと辺りを見渡した史郎と目が合った。参観日にお母さんを見つけた子供のような反応を示され、私は反射的に俯いてしまった。


席に着いた史郎を盗み見ると、また愛想のない顔で史郎はまっすぐ黒板を見つめていた。
朝の調子の良さは一体どこへ行ったんだろうか。


休憩時間になると、あっという間に女の子達が史郎を囲んで質問攻めにした。


どこから来たの? とか、高校2年の6月という中途半端な時期に転校してきたこともあって、なんでこの時期に? と聞いている子もいる。


しかし、史郎の関西弁は聞こえてこなかった。