祈りの届く距離


「びっ、びっくりした。急に後ろから話しかけないでよ」

「あれ、彼氏?」

「そ、そうだけど」

「他の女に取られてるやん。いいの?」

「いや、あれは救護だから」

「ふーん」

聞いてきたくせに、気のない返事だ。
あの時は救世主かもしれないなんて思っていたけれど、本当は私をじわじわと刺してくる敵なのだろうか。


「で、葵やっけ? 痛いんやろその足、俺が肩貸したろか?」

「いいよ、大丈夫だって」

「いやいや、後ろから見てたけど歩き方ヤバイで」

「ヤバいって、失礼な」

「昨日膝だけや無かったんやろ。おかん受け止めた時、足捻ったんちゃう? なんとなーく道路から見えてた」


図星すぎて黙っていると、笑われた。


「な、なんで笑うかな」

「あんなぁ、葵。昨日めちゃくちゃ酷い顔して泣いとった奴が、今更平気なフリすんの無理あると思うねんけど」

「泣いてないもん」

「いや、めっちゃ泣いてた。目からポロポロ涙出とったし。痛いし、怖かったんやろ? だからおかんが慌てて救急箱取りに行ったんやん」

私、昨日、泣いてたの?
無自覚に、無意識に涙って出るものだっけ?

「まあ、どっちでもいいけど。
……そうそう。俺、横溝 史郎(よこみぞ しろう)です。さっき先生から聞いたんやけど、俺、葵と同じクラスらしいで」


適当な自己紹介と共に、私の肩に肘を置いてありえないくらい体重をかけてる彼に、さすがの私も「痛い痛い痛い。横溝くん、やっぱり痛い」と白旗をあげる。


「そうやろ? 観念したんやったらええわ。俺のことは史郎でいいよ。こっちも勝手に葵とか言うてるし。まあ名字知らんかっただけやけど」

「……シロ」

「はぁ? 犬みたいに呼ぶなや。史郎や。いいから教室連れてって、転校初日で緊張してんねん俺」


どう見ても緊張していない口調の史郎に怪訝な目を向けながらも「じゃあ、行くよ。シロ」「だから、犬ちゃうっつーねん」と、うだうだ言いながら教室まで一緒に行くことにした。