だるい身体にムチを打つようにして翌朝、登校していると「おはよう」と声をかけられた。
振り返ると自転車でやってきた早見 悠斗だった。
悠斗は私の彼氏で、去年同じクラスだった男の子だ。
彼は私のカバンをひょいと持ち上げると、自転車の前カゴに乗せてくれて、並んで歩く。
「おはよう、ありがとう。今日は早いね、いつもギリギリなのに」
「うん、まーね。葵がこの時間に登校してるって友達から聞いたから合わせてみた。どう?」
「……どうって言われても。あ、後ろ寝癖ついてるよ」
「え? うそ!?」
私がクスッと微笑んで、悠斗の頭を撫でつけると擽ったそうに目を細めて「急いだからかなあ、直したつもりだったんだけど」と穏やかに言う。
「無理しなくてもいいのに。帰りは一緒に帰れるんだし」
「何言ってんのさ。帰りも一緒、行きも一緒がいいんじゃん」
悠斗がなんでそんなこと言うんだよ、と言いたげな顔をしている。
そういうものなのか、と私は心の中だけで呟いた。
いつも一緒がいい、できるだけ一緒にいたい、そういう気持ちが分からない訳では無い。けれど理解するのと、実感しているのでは天と地程の差がある。
悠斗は私のこういった冷めたところが気に食わないのだろうな。まだそう言われてはいないけれど、言われるのも時間の問題だろう。
あっさりしていて自立していると言えば聞こえはいいが、はっきり言ってしまえば愛情深くないということ。
「あれ? 膝どうしたの?」
悠斗が覗き込む。
「え、ああ。昨日転んじゃって」
「え!? 何したらそんなことに……めっちゃ痛そうだよ、後ろ乗ってく?」
「いいよ、もうすぐだし。一緒に歩こ」
私はじくじくと痛む足を動かして、悠斗に遅れをとらないようにする。昨日の出来事を話す気にはなれなかった。そんな重い話をして、朝から気まづくなるのも嫌だし。知られたくない、というのが本音。
痛い時に、痛いと言えない。
昔からそうだった。心配されるのが苦手で、平気なふりばかりが上手くなった。
昨日の事だけじゃなく、悠斗には言っていないことが沢山ある。
悠斗だけじゃない、お母さんにも、友人にも……私の体は嘘と誤魔化しで出来ているに違いない。
学校に着くと悠斗からカバンを受け取り、彼は駐輪場へと、私は先に下駄箱へと向かった。
自転車を置きに行ったにしては、遅いなと思いながら彼を待っていると、遠くで女の子を支えて歩いてくる悠斗の姿が見えた。
逢い引きにしてはシリアスすぎる2人の表情を私は不思議に思う。
「どうしたの?」
2人のもとへ行ってみると、女の子は制服を砂まみれにして足を引きずり悠斗に支えられながら歩いていた。
「ちょっといざこざがあったみたいで」
悠斗が言葉を濁して言う。
それを聞いてすぐに思い当たった。最近、どこかのクラスでいじめがあるといった話を聞いた気がする。
多分この子がそうなのだろう。彼女は俯いているばかりで、こちらを見ようともしない。
線が細くて、柔い、頼りない女の子。
確かにいじめの標的にされそうだな、と思った。
「俺、この子を保健室まで連れていくから、葵は先行ってて。ごめんね、また後で」
「うん、わかった」
2人は寄り添い会うようにして、保健室の方向へと向かっていく。時折、悠斗が女の子を気遣って覗き込むような仕草をしている。
私もあんなふうに……。
「私もあんな風に、か弱い女の子になれたらなぁってか?」
その関西特有のイントネーションは、昨日聞いたものと同じだったのと、自分の心中を代弁されたことで、キュッと心臓を掴まれた感覚がした。
振り返ると、昨日の救世主が立っていた。

