「……あれ藤峰(ふじみね)先生、海原(うなはら)は?」
「さっき美也(みや)と、追加の飲み物買いにいってくれたわよー」
「あと、三藤(みふじ)先輩は?」
「飲みたいものを伝え忘れたって、走っていったわ」
「そっか、先生。ありがとう」

「……あれ、由衣(ゆい)ちゃんどうしたの? あ、高尾(たかお)先生。(すばる)君とほかのふたりは?」
「三人とも、飲み物の買い出しにいったわよ」
「そっかぁ。先生、ありがとう」

「ねぇ藤峰先生。美也ちゃんと月子(つきこ)。それに海原君は?」
 ……たまりかねて、響子(きょうこ)とわたしは笑いだす。
 先に聞いた、ふたりを含め。
 不思議そうな顔をして、三人がわたしたちを見る。
「ごめんごめん、だってね、みんなおんなじこと聞くからおかしくって……」
「でも、佳織(かおり)。微妙に違ったわよ?」
「うーん、それもそうだねぇ……」



 ……高嶺(たかね)由衣(ゆい)赤根(あかね)玲香(れいか)春香(はるか)陽子(ようこ)の三人が再び波打ち際に戻っていくと。
 高尾響子とわたしは、顔を見合わせながら少し真顔になる。
「ねぇ響子。実際のところ、毎朝どうなのよ?」
「佳織のほうこそ。学校でどうなの?」
「なんか、参戦する人数増えてない?」
「わたしも、増えてる気がするの」
「こりゃぁ、困りましたなぁ〜」
「ま、見守っていくしかないよねぇ……」
 ふたりとも、思うところは色々ある。
 ただ、結局出る答えは。
 まったく予想がつかず難しいよね、なのだけれど……。

 それから、しばらくすると。
 遠目に海原昴と、ほかのふたりが戻ってくるのが見える。

「……大人の分は、保冷バッグに入れておきますよ」
 さすが美也は、気が利くねぇ……って。
 えっ……?
「藤峰先生、どうかしました?」
「……な、なんでもないよ。あ、ありがと」

 月子ちゃんはひとりで、波打ち際で飲み物を配っている。
 きっとあの子は、美也の涙の乾いた痕に気がついて。

 ……ほかのみんなに、気づかれないようにしてあげたのだろう。



 ……おやつの時間を、過ぎた頃になると。
 海辺に吹く風が、少し冷たくなってきた。
「寒くなる前に、戻りましょうか?」
 僕の提案に、みんなが名残惜しそうに店じまいをはじめる。
「またきたいね」
 誰かがいうと、別の誰かが答えていく。
「明日でもオッケー!」
「明後日も、その先もずっとここでもいいかも!」
「日焼けするわよ……」
「それでも、みんなといられるならそれでいいよ!」

 ふと、藤峰先生と目が合って。
「そうだ。帰る前に、もう一度写真を撮りましょう!」
 僕が提案すると、先生が親指を立ててから。
 無駄に、右目でウインクしてきた。

「それなら海原君。せっかくだからセンターに立たない?で、あとの場所は……」
「じゃんけん一択ですよ、都木先輩」
 三藤先輩が、なぜか一歩も譲らない、というオーラを出しながら提案する。
 ……さらに、不思議だったのは。
 いつもなら、じゃぁわたしは端のほうでいいや!
 そう笑って答えそうな、都木先輩が。
「負けないからね!」
 そういって、真っ向から勝負に挑んだことだ。

「じゃぁさ。これが昴くんでしょ〜」
 玲香ちゃんが砂の上に、僕に見立てた石を置き。
 それを囲むように、小枝で番号をふっていく。
「勝った人から、並ぶからね」
 ルールが決まると、なぜか先生たちも譲らず。
 本気のじゃんけん大会が、始まった。


 誰かが、三枚撮るといい出して。
 結局『大会』を、三回も行う羽目になった。
 ……よくわからないけれど、みんなが『一番』を目指していて。
 雄叫びと、悲鳴と、笑い声が。
 太陽がゆっくりと傾きかける頃まで。
 ずっとずっと、浜辺に響き続けた。


「みんな、乗りましたね」
 ……帰りのバスに、僕が最後に乗車すると。
 みんなから少し離れた座席に座った、僕の隣に。
「お邪魔するね!」
 意表をついて、春香先輩がやってきた。
 だが、これが先輩のキャラのなせる技なのか、誰も文句をいわない。
「ちょっと汗かいてて、ごめんね〜」
 そういいながらハンカチでパタパタと仰ぐ春香先輩が、こちらを向いて笑っている。
 ふと思ったのだが、春香先輩の隣に座るのって実は……。
 これが初めてかもしれない。

「海原君、前にも少し伝えたけれど。改めて、ありがとう」
 先輩はやさしい声で、そう告げる。
 僕が少し、意外そうな顔をしたからか。
「ほら、わたしたちって変な始まりかたしたでしょ?」
 春香先輩とは……、確かに妙な出会いだったと思い出す。
「だから、ごめんっていうか。そんなことも含めてありがとうって伝えたかったの」
「い、いえこちらこそ。これからもよろしくお願いします」
「うん。あ、あとね……」

 他にも、なにかいいかけた先輩の顔が。
 夕陽に照らされて、少し赤く染まってから。

 ……あれ?
 しばらく待っても。
 特になにも、言葉が続いてこない。

 ……ふと、僕の左肩に、ゆっくりと重みが増してきて。
 やや潮が混ざったやさしいブーケの香りを、近くに感じて。
 えっ?
 念のため、そのままの体制で。どうにか横顔をのぞいてみると。
 え、ええっ……。

 みんなの『おもり役』で、疲れてしまったのだろうか?
 なんと春香先輩は。
 いつのまにか……、寝てしまっていた。


 偶然こちらに頭の傾いた先輩を、僕は起こさないように注意しながら。
 つい気になって、うしろのほうを見る。

 藤峰先生と高尾先生は仲良く寄り添いながら、最後列で寝ているらしい。
 ひとつ前の列で、玲香ちゃんと高嶺も。
 まるで座った瞬間に寝ました、みたいな感じになっている。
 そして都木先輩と三藤先輩は、別々の座席に座っていて……。やっぱり、頭が下がっている。
 きっと、春香先輩は本来。
 あのどちらかの席に座って、休憩するはずだったのだろう。

「わざわざ、お疲れのところすいません」
 そんなに僕に気をつかってくれなくてもよかったのに。
 眠っている春香先輩に、そんな声をかけながら。
 まさか、本当はこのうちの何人かが『狸寝入り』だったなんて。
 ……当時の僕には、知る由もなかった。


 駅に戻ると、さすがに本来の目的だったはずの。
 備品を買いにいく時間は残っていない。

「まぁ、買い物はいつでもできるもんね!」
 誰かがいったのだけれど。
 このときばかりは、みんな同じことを考えただろう。


 そのあとはみんな、きょうの思い出を胸に家路についた。


 ……伝えられた思いも、口にできなかった想いもあるけれど。


 僕たちがそろった一日は、こうして。
 さまざまな余韻を残しながら。
 静かに、幕を下ろした。