迎えた、土曜日の放課後。
 藤峰(ふじみね)先生に指定された、待ち合わせ場所は……。
 なぜか、学校の最寄り駅の改札だった。

「お待たせー!」
「先生、その服すっごくかわいい〜」
 都木(とき)先輩と高嶺(たかね)が同時に大きな声でいうものだから、一瞬周囲の人々も振り返る。
 いや、そもそもこのふたりと。
 三藤(みふじ)月子(つきこ)春香(はるか)陽子(ようこ)を加えた制服四人組が駅前に揃っていただけでも、少なからぬ注目を浴びていたのに。
 もうひとりが加わると、より華やかさが増している。

 藤峰先生は二時間目の授業で見かけた白い服から、青いものに着替えていた。
 何気なく視線で追っていたのに気がついたらしく、三藤先輩が僕のブレザーの裾を少し引っ張る。
海原(うなはら)くん、先生のどこが気になるのかしら?」
「いえ、授業のときと服の色と形が変わったなぁ、って」
「なるほど、意外と見てるのね……」
 珍しく素直に、三藤先輩が納得したらしい。
「で、ブルーストライプのシャツワンピース、海原くんは好きかしら?」
 三藤先輩が僕に聞く。なるほど、服には色々な呼びかたがあるらしい。
 まぁ、今度わたしも探してみようかしら……、という先輩の心の声までは、聞こえなかったのだけれど。


 それにしても、藤峰先生の持っているあの大きな紙袋はいったいなんなんだ?
 よく見ると、それらはデパートの隣にあるパン屋の袋で……。
 えっ、じゃぁその格好で。もしかしてパン買ってきたの、先生?
「あら、ジェントルマンってステキよー」
 紙袋を受け取りに行った僕に、いつもの接近ウインクが飛んでくる。
 まぁ、ほら。
 そのきれいめな服に、パン屋の紙袋三つはないだろう……と。
 そう思って手を差し出しただけなんですけど、ね。ま、ここはありがたく感謝されておこう。

「きょうの海原君。いつもと違って随分親切なんだね?」
 春香先輩が、なんだか含みのあるいいかたをする。
「ゴマスリでもしてるんじゃないの?」
「そ、そんなんじゃないからさ!」
 高嶺が目を細めながら僕に突っかかる。
「まぁまぁふたりとも。なんかいいよね、やさしい海原君って」
 都木先輩が、ニコリとして僕を助けてくれると同時に。
「まさか先生に『だけ』じゃないよね?」
 妙な圧力をかけてくる……。



 ……それからわたしたちは、列車に乗ると。
 海原くんやわたしたちが普段、登下校の乗り換えに使う駅にやってきた。
「ここで降りるんですか?」
「そうよ、月子ちゃん。このあと坂のぼったら着くからヨロシク!」
 藤峰先生は、相変わらず上機嫌だ。

 海原くんが気づくくらいの、鮮やかな私服姿に変身した先生は。きょうはとっても、かわいらしい。
 駅前の改札を抜けると、高嶺さんが。
「そろそろセールかぁ〜」
 柱の広告を見ながらつぶやいている。
「高嶺さんは、この駅で降りて買い物にきたりするの?」
「週末とかたまにですけど。かわいい服、以外と売ってますよ?」
 わたしにしては珍しく、女子高生みたいな会話をしたわね、と思ったら。
「え、もしかして三藤先輩。オシャレとかに興味とか持っちゃったんですか?」
 やっぱり……、聞かないほうがよかったかしら。

 ただ高嶺さんも、少しは同じようなことを考えていたようで。
「藤峰先生って、なに着ても似合いそうでいいですよねぇ〜」
「そうね」
「あともうひとり、最近おしゃれな人を見た気がするんだけどなぁ……。覚えてません?」
 おまけにまさか、もうひとつ同じことを考えていたなんて。
「ただ、思い出せないんですよねぇ〜」
 高嶺さんはそんなことをいいながら、ちょっとセールの日程だけチェックしてきますと走っていく。

 代わりに、最後尾をのんびり歩いていた陽子がやってきて。
「どうしたの、月子? 考えごと?」
「なんだか、キレイな人を思い出せなくて……」
「あの辺にいるけど、別の人?」
 陽子の視線の先には、海原くんにちょっかいを出している藤峰先生と。あとひとり都木先輩がいて。
「あの『ふたり』じゃないわ」
 わたしは思わず、そう陽子に答えてしまった。



 ……駅前のコンビニで、飲みものなどを買った僕たちは。
 見た目よりも、以外と急な坂道を登っている。
「藤峰先生、五人の割に量がやたらと多くないですか?」
 食べものに関して、センサーが反応した高嶺が質問する。
「まぁまぁ。海原君がいっぱい持ってくれているから、男手って助かるよねー」
 都木先輩が、三藤先輩のカバンを持ちながら明るくいう。

 本当は、都木先輩が僕のカバンを持つといってくれたのだけど。
「それは遠慮しておきます」
 なぜか三藤先輩がかたくなに拒否し、自分のカバンを都木先輩に渡すと。
 三藤先輩は僕のカバンと、パンの紙袋をひとつ受け持った。
 ちなみにふたつ目の紙袋は、春香先輩が担当して。最後のパンの紙袋を高嶺がウキウキしながら運んでいる。
 で、結果残りの重たい飲みもの一式は、僕がひとりで両手一杯に運んでいる。

「あともう少しよ。いやーまったくー。この坂はいつきてもキツイねぇ〜」
 青い空に、先生の私服がよく映える。
 くわえて学校で見るのとはまた違う先生の笑顔が、緑が息吹き始めた周囲の木々に、よく溶け込んでいる。


 ふと、藤峰先生とは別の笑顔が僕の脳裏をよぎった。
 ……でも、いったい誰だろう?
 うーん、確か最近の出来事のはず、なんだけど……。

 僕は思わず高嶺をみる。するとさすが野生の勘、アイツもなにかを感じたようだ。
 互いに口をひらこうとした、そのとき。

「海原くん、高嶺さん……」

 珍しく三藤先輩が、ふたりを同時に呼ぶ。

 どうやら先輩の表情から、ここには。
 『僕たち三人』になにか共通するモノがあるようで。


 でも、それっていったい……


佳織(かおり)ー、ひさしぶりーーーー。みんな、『坂の上』にようこそーーーーー!」

 この坂の上には、高校があって。


 そして校門の前では、あろうことか。


 あの、朝の『謎の女性』が。
 僕たちに向かって、大きく手を振っていた。