昼休みの部室に、結局みんなが集合する。
「みなさんそれぞれの『部活のご相談』、承ります!」
 僕はそう宣言したつもり、だったのに……。

「玉子焼き、きょうも美味しいね〜」
「ありがとう、母に伝えておくわ」
月子(つきこ)ちゃん、わたしも……、もらっていいの?」
都木(とき)先輩、どうぞ」
「きょうからは、春香(はるか)先輩経由でなくて自分でもらうようにします」
「あら、高嶺(たかね)さんも進化したのね」
 あ、あの……。
 誰も『相談』、ないんですか?

海原(うなはら)くんは、もう少し配慮があるのかと思っていたわ」
「ないみたいだねぇ〜」
「なんか、ないみたいだね」
「コイツに、そんなものはありませんよ!」
 ぜ、全然わからないけれど……。な、なにを僕は、間違えたのでしょうか……。

 結局『相談』の中身がわからないままに、お昼休みが終了する。
「次は、放課後だねー」
 中央廊下から階段を降り一年一組へと続く廊下を歩きながら、高嶺がのんびりと口にする。
 僕は不満、というより孤独だけれど。
 きっとお前は、満腹なんだろう……。


 教室へ戻ると、お節介マンの山川(やまかわ)が待ってましたとばかりに近づいてくる。
「なぁなぁ俺の新情報。おふたりさん、聞いてみたくない?」
 高嶺が、露骨に嫌そうな顔をして。
「アンタ、聞いといて」
「いや、お前聞いといてくれ」
「嫌よ、めんどくさい」
「どうせロクな話しじゃないから、聞いてやってくれ」
「頼まれたって、人生無駄にしたくないから、嫌です〜」
「あ、あの……」
「なによ、まだいたの山川?」
 高嶺が、山川にトドメを刺してくれてメデタシ、と思ったのに。

「もういいっス……。せっかく『機器部』の情報だったのに……」
「な〜んだ、そんなのかぁ〜。……って山川! 先にいいなよ!」
 アイツはそういって、トドメを刺した相手を生き返らせるみたいに、今度は山川に詰め寄る。あ、もちろん実際には距離を取るために僕の背中越しに、だけれど。
 仕方ない、情報屋山川に付き合うか……。


「え〜、おふたりのおられる『機器部』はですねぇ〜」
「山川さぁ。なんんかページの無駄だからセリフ書きは省略させて」
「えっ……」
 山川の出番は短くていい、そう高嶺がいってくれたので。ざっと文章で表現しておこう。

 元々、というより予想どおり。
 僕たちの部活は少なくとも都木先輩の代が入学したときはまだ、放送部と呼ばれていた。
 あの『機器室』の正体は、小学校や中学校のそれと同じく。どう見ても『放送室』そのものなのだから当然だろう。
 問題はそれにも関わらず先輩たちが『機器室』だといい続けることだ。
 恐らく、その鍵となるのは放送部の人間関係で。
 仕入れた情報によれば、またどんな理由かまではわからないものの、都木先輩は一年生の途中で部長となった。
 そして驚くことに、それからの部員は先輩『たったひとり』だったらしい。
 都木先輩が二年になると、あとのふたりが入部する。
 しかしその直後に都木先輩が辞めてしまい、今度は三藤(みふじ)先輩が一年生で部長、春香先輩が副部長となった。


「……でこのころには既に、『機器部』と呼ばれるようになっていたんだとよ」
 よかったな山川。最後だけはセリフとして残せたな。

「そんだけ?」
「そんだけって、高嶺さん?」
「そっか。……にしても、色々あったんだな」
「……って。カイハラお前まで! そんなんでいいのか?」

 いいもなにもないだろう、といいかけると。アイツが口を挟んでくる。
「コイツは、海原(うなはら)!」
 あ、いつも訂正、ありがとう。

「別に、先輩たちがいわないなら。それでいいんだ」
「え、そうなんスか師匠?」
「あのね、だいたい女の子なんてものには秘密が多いもんだから」
「そ、そうなのか……。なんかふたりして……。俺の友達ってやっぱ、いい奴なんだな!」
 勝手に友達認定されていることがわかって、高嶺がふたり分まとめてやってくれているくらい、思いっきり嫌そうな顔をする。
 ところが山川には通用しないらしく。目ヤニの残った両目から、ジワリと泥水、じゃなくて涙を流し出す。
「うえっ……」
 高嶺、ちょっとは黙ってやれよ……って。
 うえっ……。お願いだから鼻水まで出すのは、やめてくれ……。

 そのあとは、高嶺が。
「ティッシュだと思って使いなよ」
「ありがとう! やっぱ高嶺さんはやさしいよ!」
 牛の骨でもつまめそうな特大のピンセットを使って。山川に、短冊みたいに切ってある特売のチラシを渡している。
藤峰(ふじみね)先生の忘れ物って、たまに役に立つよね」
「なんか、微妙に変なものばっかりだけど。どこにあったんだ?」
「全部、アンタの机の中に入れてあったけど?」
 ……なんだか、色々とツッコミを入れたいけれど。
 ここは耐えよう。なんとか、平常心で乗り切らねば。
「で、どうだ? 俺の情報は役に立ちそうか?」
 山川は感動したのかと思えば、意外と現金な奴らしい。
 いや、むしろ情報屋ってこんな感じなのかもしれない。前にも思ったが、やっぱりスパイ小説ならすぐに消されるタイプだよな、こいつ。

「まったく頼んだ覚えはないが、わずかながら謎が解けた部分もあるから、聞いて損したとまでは思わないでおく」
「お、おう! まぁ、いいってことよ」
 ほめたつもりはないから、そんな得意げな顔をしなくてもいいんだぞ、山川。
「山川、たまには感謝しとくね」
 何度もいうが、高嶺はおとなしくしていればそれなりにかわいい。
 その証拠に、まだまだ免疫の足りない山川は。
 スカートの裾を両手で軽く持ち上げ、わざとらしくクネクネしている高嶺を見ると。髪の毛をボリボリしながら、顔を少し赤くして照れている。

 あまりにも単純だが、山川はいいヤツだ。
 そしてやはり高嶺は、恐ろしい女だ。
 僕からするとその仕草は……。
 スカートについた羽虫とかホコリをはらっているだけにしか、見えないぞ。


 ご機嫌になった山川が、トイレに行ったあと。
 真顔になった高嶺が、こちらを大きな目でみつめてくる。
 そうだよな、同じことを思ったよな。
「なぁ高嶺。先輩たちが話すまでは、聞かないでおこう」
 僕の提案に、高嶺は無言で力強く頷き、こう続ける。
「当たり前でしょ。大事な先輩たちなんだから」

 なんだかんだいっても、高嶺のこういう素直さは昔から変わらない。
 僕たちふたり共、あの先輩たちが大切なんだ。

 そう思ったとき、僕は自分が部長としてやるべきことができたと思った。

 この先は、誰ひとり途中で欠けたりしないで過ごしたい。


 『機器部』は、僕が守るんだ。