あなたの手に触れたくて

……懐かしくて、嫌な気分になる夢を見た。
なんてタイミングが悪いんだろう。
パシャっと顔を洗っても、シャキッと目が覚めない。
ぼーっと鏡を見つめながら、現実を忠実に再現した記憶を思い出す。
呑気に私に手を振る藍は、こうして思い返してみると少し違和感があった。
雨が降っているのにどこも濡れていない。
傘も持っていないのに、どうしてだろう。
こんなところが気になったのは初めてだ。
昨日、藍の様子がおかしかったから記憶が書き換えられたのかと思ったけど、初めて会ったときのあのサラサラな髪は印象的で。
自分の髪が雫が滴るほど濡れていたことも確実に覚えている。
『ねぇ、今日ひま?』
ピコン、とスマホの通知音が聞こえる。
紗夜ちゃんからのメッセージに、浮かんだ謎は頭から抜けていった。
別に、傘をどこかに置いていただけかもしれないし、そこまで不思議な事じゃないよね。
『うん。ひま』
『ほんと?じゃあ三人で遊びに行こうよ!』
文面からテンションが高いのが伝わってくる。
誰かと遊びに行くのは、そういえば初めてかもしれない。
藍とは、神社に併設されている公園で遊ぶくらいで、最近は座って話すことがメインだから。
『行きたい!』
こうしてメッセージのやり取りをするのも新鮮で、ワクワクしてしまう。
……きっと大丈夫。
その言葉が耳の奥に残っている。
だって紗夜ちゃんだもん。手を振り払ったりなんか、しないよね。
ワクワクする中に不安を隠して、クローゼットの洋服を引っ張り出した。
三人ってことは、山下くんも来るってことだよね。
どんな服を着ていこう。
好きな人に会うとき、鏡の前でファッションショーをするなんてドラマの中の話だと思っていたのに。
私は今、そのドラマの中みたいなことをしている。
『駅前の時計台に十時集合ね。いっちゃんも連れてく』
ちょうど桃色のワンピースを着たところで、再びメッセージが来た。
今が九時だから、あと少ししたら出ないと。
興味本位だけで集めたメイク道具で軽く顔色を明るく見せて、髪型は高めの玉ねぎポニー。
……まだいけるよね、玉ねぎポニー。
このころころ流行が変わっていく世の中の今の流行りを頭の中で考えながらも、もう違う髪型にする時間はなくてベージュのショルダーバッグを掴んで家を出た。
「おまたせ!」
集合場所に行くと、まだ紗夜ちゃんしか来ていなかった。
「おはよう!今日もかわいいね!」
ミーハーな反応をしてくれるから照れくさい。
おくれ毛の巻をなぞるように、くるくると指でいじってしまう。
かわいいって、こんなに嬉しい言葉なんだ。
「紗夜ちゃんも、かわいい」
バルーン袖のキラキラしたボタンがかわいいブラウスに、バルーンスカートが特徴的なネイビーのジャンバースカート。
黒髪ボブも相まって、まるで童話の世界のお姫様みたい。
「嬉しい!ありがとう」
にこっと向けられる笑顔に、ついときめいてしまう。
「そういえば、山下くんは?」
「朝電話したら、準備するから先行けって」
そうなんだ。
まだ来ていなくて安心したような、早く会いたいような。
いい意味で複雑な気持ちが私の中を走り回る。
「ねぇ、昨日はごめんね」
「ん?なにが?」
本当になんのことかわかっていなさそうなケロッとした顔で私の目を見る。
「帰るとき、素っ気なかったなって」
「あぁ!急いでたんでしょ?そういうこともあるよ」
「ありがとう」
つい、安心して下ろした手が触れた。
ふわっとした温もりが触れたところから伝わってくる。
このまま手を繋いでもいい?
私も友達と仲良く手を繋いで歩いてみたい。
ドキドキしながら、紗夜ちゃんの人差し指をそっと握った。
「ひなちゃんから手繋いでくれたの初めてだね」
嬉しそうに笑う紗夜ちゃんが私の手をぎゅっと握った。
「あーあ、いっちゃん呼んだの間違えたな」
「なんて?」
ぼそっとつぶやいた紗夜ちゃんに向けた声が私の後ろから聞こえた。
「わぁっ」
思わず肩が震える。
振り向くとそこにはいつもより輝いている山下くんが立っていた。
白のロンTに、ブルーグレーのシャツを羽織っている。
「ねぇ、遅いよ?いっちゃんの代わりに私の彼氏呼ぼうかと思ったくらい」
「おい。ちゃんと時間通りだよ」
時計台を指さしながら、私を挟んで言い合いが始まる。
二人のテンポは早くて、トントンと話が進んでいく。
「お前の彼氏が来たら雛乃が困るだろ?」
「えっ」
「今日はちゃんと目的があるんだから。行くよ」
繋いだままの手はそのまま、紗夜ちゃんに手を引かれて電車に乗った。
私を挟んで右隣りに紗夜ちゃんが、左隣りに山下くんが座っている。
緊張するけど、きっと私のことを思ってくれての配席だから何も言えない。
「今日は楽しもうね」
いたずらにそう笑う紗夜ちゃんに、頷くことしかできなかった。