走って教室を出る。
紗夜ちゃんの「また明日」の声に曖昧に頷いて、私は走った。
……感じ悪かったかな。
心の中で反省しながらも、私の足はもう、まっすぐ神社に向かって進んでいた。
「藍っ……!」
神社のベンチに座る藍の前で、私は崩れ落ちた。
膝のピリピリした痛みが走るけど、そんなことどうでもよかった。
「どうしたの?そんなに苦しそうな顔して。嫌なことでもあった?」
髪を耳にかけながら、私の顔を覗き込む。
その顔を見て、私は泣いていた。
頬を伝う涙が痒くて、手の甲で雑に涙を拭う。
「ごめん、ごめんね。ごめんっ……」
これは嫌なことを思い出した苦しみの涙じゃない。
世界一大切な親友を一瞬でも忘れてしまったことの申し訳なさが溢れてしまった。
「なんでそんなに謝るの?」
私と同じくらい苦しそうに、下手な作り笑顔を浮かべている。
なんで、そんなに苦しそうなの……?
聞かれたことに答えずにそれを聞けるほど、私はしぶとくなかった。
「私、酷いことした。記憶の中から、藍が消えた瞬間があったの」
後ろ姿がぼんやり浮かぶ。
それが誰なのか、その正体がこんなに大切な人だということを思い出せなかったなんて。
私はおかしいのかもしれない。
「……大丈夫だよ。ほら、環境の変化とかがあると、何かをふと忘れちゃう時もあるだろうし」
全然大丈夫じゃなさそうな顔を向けながら、彼女は何度も「大丈夫」と、「気にしないで」と、まつ毛の水滴をキラキラと輝かせながら微笑んだ。
「藍も、泣いてるじゃん」
自分の止まらない涙を拭きながら、藍を指さした。
彼女は驚いて、その涙を綺麗な指で拭った。
「雛乃が大袈裟に泣くから、移っちゃったじゃん」
もー、と笑いながら鼻をすする。
「ありがとう。そんなに私のこと思ってくれて」
藍がそう、さっきまでの苦しそうな顔から一変して清々しいほどの綺麗な笑顔を向けてくれる。
それを見て、私もつい、笑った。
「それより、何かいいことでもあったんじゃないの?」
「そうなの!聞いてくれる……?」
「当たり前でしょ?」
私たちは笑いあって、ベンチに隣り合わせに座った。
左隣りに藍がいて、それがいつもの自然なことで。
今日あった嫌なことを吐き出すのが、この場所だったのに。
「山下くんと連絡先交換したの。それでね、紗夜ちゃんと山下くんと三人で遊ぶ約束もしたんだ」
私は今、嬉しかったことを話してる。
それがいつもと違うことがくすぐったい。
初恋を告白した日は藍の熱量がすごかったから、それどころじゃなかったけど。
今はこうして話していることに、自分の成長を感じている。
「やったね。そっか、いい感じでよかったよ」
「うん。でも私、これからどうしたらいいかわからないの。紗夜ちゃんはボディタッチをしてみたら?って言ってくれたんだけど……」
「あー……。それは、ちょっと雛乃にはハードル高いよね」
きちんとわかってくれている藍に、こくりと頷く。
わかってる。ずっと私は過去に囚われて生きているってことは。
「やってみたほうがいいのかな」
「どっちでもいいと思うよ。まぁ仲良いと普通に手とか繋ぐし。山下くんの前に紗夜ちゃんがどう思うかやってみるのもありじゃない?」
そこは、藍がやってくれるんじゃないんだ。
そう内心思いつつ、でも紗夜ちゃんなら受け入れてくれる気もしていた。
紗夜ちゃんは、自分から私の手を取ってそのぬくもりを分けてくれている。
それならきっと、私が手を繋いでも嫌がらないよね……?
「そんなに心配しなくても、きっと大丈夫だよ」
そうだよね。
藍が言うなら、きっと、絶対大丈夫だ。
「雛乃がしんどくなるなら、ムリしないでいいからね」
「うん。ありがとう」
嫌な気持ちを全部包み込んで、優しい気持ちに変えてくれる藍が、同じ学校ならよかったのに。
「じゃあそろそろ帰ろうか」
立ち上がって、腕を上げて身体をめいっぱい伸ばして振り向いた。
「待って。会えない日が増えたから、連絡先交換しようよ」
今日、山下くんと連絡先を交換したときに気がついた。
「……あー……」
「今日までなんで気づかなかったんだろう。山下くんがね、お母さんとお父さんと、紗夜ちゃんの連絡先しか入ってないの見てびっくりしてたの」
彼が「友達ふえた」と嬉しそうにトーク画面を見せてくれるから、真似して私も画面を見せたのだ。
でも私が見せたのはトーク画面だと思っていたのに、友達一覧の画面だった。
あの驚いていながらもそれをなんとも思っていないような、優しい笑顔が頭に浮かぶ。
藍のおかげで心に余裕ができたのか、山下くんのあの笑顔を思い出すと顔が緩む。
「そうなんだ」
藍は私から顔を背けて暗い声でそう言った。
「ごめんね」
涙目でこちらを見る。
なんで泣きそうなの?なんで?
「え、……なんで?」
なにか優しい言葉をかけることができたらよかったのに、私は頭で思ったことをそのまま口に出すことしかできない。
「私、スマホ持ってないんだ」
「そっか。ねぇ、こんなことで泣かないでいいんだよ」
綺麗な一筋の涙を流しながら、藍は何度もごめんとつぶやいた。
「全然大丈夫だから。約束していれば、こうして会えるわけだし。今までだって、連絡先知らなかったけどちゃんと会えてたし。変わらないよ、これからも」
ね、と励まそうと試みるけど、藍は悲しそうに首を振った。
「ごめんね、ほんと。今日は帰るね」
「わかった」
私は渋々、藍の後ろ姿を見送った。
きっと大丈夫だと、心の中で何度も何度も繰り返しながら。
紗夜ちゃんの「また明日」の声に曖昧に頷いて、私は走った。
……感じ悪かったかな。
心の中で反省しながらも、私の足はもう、まっすぐ神社に向かって進んでいた。
「藍っ……!」
神社のベンチに座る藍の前で、私は崩れ落ちた。
膝のピリピリした痛みが走るけど、そんなことどうでもよかった。
「どうしたの?そんなに苦しそうな顔して。嫌なことでもあった?」
髪を耳にかけながら、私の顔を覗き込む。
その顔を見て、私は泣いていた。
頬を伝う涙が痒くて、手の甲で雑に涙を拭う。
「ごめん、ごめんね。ごめんっ……」
これは嫌なことを思い出した苦しみの涙じゃない。
世界一大切な親友を一瞬でも忘れてしまったことの申し訳なさが溢れてしまった。
「なんでそんなに謝るの?」
私と同じくらい苦しそうに、下手な作り笑顔を浮かべている。
なんで、そんなに苦しそうなの……?
聞かれたことに答えずにそれを聞けるほど、私はしぶとくなかった。
「私、酷いことした。記憶の中から、藍が消えた瞬間があったの」
後ろ姿がぼんやり浮かぶ。
それが誰なのか、その正体がこんなに大切な人だということを思い出せなかったなんて。
私はおかしいのかもしれない。
「……大丈夫だよ。ほら、環境の変化とかがあると、何かをふと忘れちゃう時もあるだろうし」
全然大丈夫じゃなさそうな顔を向けながら、彼女は何度も「大丈夫」と、「気にしないで」と、まつ毛の水滴をキラキラと輝かせながら微笑んだ。
「藍も、泣いてるじゃん」
自分の止まらない涙を拭きながら、藍を指さした。
彼女は驚いて、その涙を綺麗な指で拭った。
「雛乃が大袈裟に泣くから、移っちゃったじゃん」
もー、と笑いながら鼻をすする。
「ありがとう。そんなに私のこと思ってくれて」
藍がそう、さっきまでの苦しそうな顔から一変して清々しいほどの綺麗な笑顔を向けてくれる。
それを見て、私もつい、笑った。
「それより、何かいいことでもあったんじゃないの?」
「そうなの!聞いてくれる……?」
「当たり前でしょ?」
私たちは笑いあって、ベンチに隣り合わせに座った。
左隣りに藍がいて、それがいつもの自然なことで。
今日あった嫌なことを吐き出すのが、この場所だったのに。
「山下くんと連絡先交換したの。それでね、紗夜ちゃんと山下くんと三人で遊ぶ約束もしたんだ」
私は今、嬉しかったことを話してる。
それがいつもと違うことがくすぐったい。
初恋を告白した日は藍の熱量がすごかったから、それどころじゃなかったけど。
今はこうして話していることに、自分の成長を感じている。
「やったね。そっか、いい感じでよかったよ」
「うん。でも私、これからどうしたらいいかわからないの。紗夜ちゃんはボディタッチをしてみたら?って言ってくれたんだけど……」
「あー……。それは、ちょっと雛乃にはハードル高いよね」
きちんとわかってくれている藍に、こくりと頷く。
わかってる。ずっと私は過去に囚われて生きているってことは。
「やってみたほうがいいのかな」
「どっちでもいいと思うよ。まぁ仲良いと普通に手とか繋ぐし。山下くんの前に紗夜ちゃんがどう思うかやってみるのもありじゃない?」
そこは、藍がやってくれるんじゃないんだ。
そう内心思いつつ、でも紗夜ちゃんなら受け入れてくれる気もしていた。
紗夜ちゃんは、自分から私の手を取ってそのぬくもりを分けてくれている。
それならきっと、私が手を繋いでも嫌がらないよね……?
「そんなに心配しなくても、きっと大丈夫だよ」
そうだよね。
藍が言うなら、きっと、絶対大丈夫だ。
「雛乃がしんどくなるなら、ムリしないでいいからね」
「うん。ありがとう」
嫌な気持ちを全部包み込んで、優しい気持ちに変えてくれる藍が、同じ学校ならよかったのに。
「じゃあそろそろ帰ろうか」
立ち上がって、腕を上げて身体をめいっぱい伸ばして振り向いた。
「待って。会えない日が増えたから、連絡先交換しようよ」
今日、山下くんと連絡先を交換したときに気がついた。
「……あー……」
「今日までなんで気づかなかったんだろう。山下くんがね、お母さんとお父さんと、紗夜ちゃんの連絡先しか入ってないの見てびっくりしてたの」
彼が「友達ふえた」と嬉しそうにトーク画面を見せてくれるから、真似して私も画面を見せたのだ。
でも私が見せたのはトーク画面だと思っていたのに、友達一覧の画面だった。
あの驚いていながらもそれをなんとも思っていないような、優しい笑顔が頭に浮かぶ。
藍のおかげで心に余裕ができたのか、山下くんのあの笑顔を思い出すと顔が緩む。
「そうなんだ」
藍は私から顔を背けて暗い声でそう言った。
「ごめんね」
涙目でこちらを見る。
なんで泣きそうなの?なんで?
「え、……なんで?」
なにか優しい言葉をかけることができたらよかったのに、私は頭で思ったことをそのまま口に出すことしかできない。
「私、スマホ持ってないんだ」
「そっか。ねぇ、こんなことで泣かないでいいんだよ」
綺麗な一筋の涙を流しながら、藍は何度もごめんとつぶやいた。
「全然大丈夫だから。約束していれば、こうして会えるわけだし。今までだって、連絡先知らなかったけどちゃんと会えてたし。変わらないよ、これからも」
ね、と励まそうと試みるけど、藍は悲しそうに首を振った。
「ごめんね、ほんと。今日は帰るね」
「わかった」
私は渋々、藍の後ろ姿を見送った。
きっと大丈夫だと、心の中で何度も何度も繰り返しながら。


